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園丁の王  作者: 井出有紀
9/15

第一章 4-3

4-3


 グラーブは喪に服することもなく、何事もなかったかのように葬式の翌日から王宮の造営現場へ出た。

 周囲の者は、造園家の扱いに明らかに困っていた。悔やみの言葉を述べようにも当人は、娘は眠っているだけだ、と繰り返すのみである。あっという間に「狂える庭師」だの「静かなる狂人」だのという、新たな仇名がグラーブ・ヴァンブラに与えられた。

 親方や職人たちは腫れ物に触るようにグラーブ・ヴァンブラに接した。が、それも数日間だった。この世を去った愛娘に言及しない限り、多少気がおかしくなっていようが狂っていようが、仕事には差し支えない。

 数日後、プルシナを跳ねた馬車が突き止められた。とある下級貴族が所有するものであった。グラーブは貴族ではないが、王の賓客として処遇されている。轢き逃げしたということもあり、御者は長い懲役刑を課せられ、貴族は多額の慰謝料及び賠償金の支払いを命じられた。

 が、グラーブ・ヴァンブラは頑として金を受け取ろうとしなかった。そればかりか御者の減刑まで申し出た。娘は眠っているだけなので処罰は不要だ、と彼は暗い顔で言った。

 当惑顔の裁判所の遣いを返してから、さすがにオルソが口を挟んだ。

「そこまでやることないだろう。本当にお嬢ちゃんは死んじまったんだぞ。相応の報いがあって当然だ」

 グラーブは一層暗鬱な表情になり、首を振った。

「それしきの金を受け取っても、あの子がたったそれだけの価値しかないのかと思うと空しくなるだけだ。御者にしたところで、主人の命令に従って逃げたに過ぎない。牢へ放り込んだところで彼の家族が路頭に迷うだけだろう。それが一体、何だというのかね」

 投げやりとも無気力とも感じられる言葉に、オルソの方が頭へ血を昇らせた。

「怒りでも憎しみでもいいから、あんたには感情ってものがないのか?」

「では、私の代わりに、プルシナのために怒ってくれ」

 グラーブとは本気とも冗談ともつかないことを言った。冗談など口にしない男である。本気で言っているとしか考えられなかった。実は心が半分死んでいたのは娘ではなく、父親なのかもしれない。ただ冷静なのではない。怒りや憎悪といった激しい感情までもが、氷の女王に凍らされ、打ち砕かれてしまったかのようだった。

 ヴァンブラ家の事情をよそに、冬の間も宮苑の造営は着々と進行した。オルソが弟子入りして一年、春の息吹が感じられる時季になって先勝記念碑と宮苑は完成した。

 整然とした刺繍花壇パルテールと刈り込まれた芝、左右対称に交差する軸線ヴィスタにより構成された幾何学模様が、何段もの広い露壇テラスに渡り描かれている。主庭園である。自分の頭は混沌としていると言った男が設計したとは思えない、端整な大空間である。

 東西と南北に走る主軸線の交点、すなわち中心には、件の赤大理石の太陽とそれを支える白亜の女神たちの彫像が立ち、抱えられた水瓶からは滔々と水が流れ出している。その円周からも幾重にも飛沫が立ち上がって華麗な彫刻を取り巻き、大噴水を形作っていた。その先に横たわるのは運河と王宮である。

 記念碑側から見下ろす庭園は、あまねくゆき渡る「秩序」である。

 一方、王宮側からは、記念碑へ向かって登り斜面の庭園を鑑賞することになる。目にするものは同じだが、視線は強烈な南北の主軸線に導かれ、壮麗かつ巨大な建築物へ引き寄せられる。そこにあるのは「王の威厳」である。

 主庭園を囲むようにある幾つもの整えられた林は、小庭園をも同時にその中に含んでいる。小庭園は、まっすぐ伸びた軸線によって各々結ばれている。主たる東の庭園にはおそろしく苦心して建造された水劇場、西には野外劇場がある。

 格式高いというのか大仰というのか、どう判断すれば良いのか分からない完成式典にオルソも参列させられた。

「よくやってくれた」

 記念碑から下界を見下ろし、レオーネ王は満足げに言った。新しい宮苑の主軸が導く先には運河と王宮が、その向こうには以前からある大庭園が、そしてさらに遠方には国民の暮らす街並が広がっている。

 グラーブとガットの二人は、感心することしきりの若い王と簡単な質疑応答をした。その後、恐れながら、と造園家は陰気に申し出た。

「お願いがございます」

「申してみよ」

 おそろしく機嫌良く王は促した。お珍しい、と賓客の世話役たるサンティーニが、オルソの隣で呟いた。

「もし私を僅かにも哀れと思し召しであれば、我が娘の眠る墓地へ王の御慈悲をなにとぞ賜りたく」

「おお」

 青年王は、グラーブが四ヶ月前に娘を交通事故で亡くしたことを覚えていた。

「娘御は気の毒であったな」

「いえ、今は眠りにあるだけでございます」

「……そうであった」

 いささか鼻白んだ様子で王は同意し、造園家の大柄な弟子を見た。本当に狂っているのか、という言外の問いに、オルソは残念ながらと頷いて見せた。

「どうせよと?」

「特に何も」

 とグラーブ。

「ただ、娘の安らかな眠りを妨げる輩が出る恐れもございますので、そのような者にあっては断じてお許しになりませぬよう、お願い申し上げる所存です。墓地へ移す際も、娘を生きたまま解剖しようなどという残忍な男が参りまして」

 司法解剖に来た医師である。

「分かった」

 気性が激しくグラーブと気も合わなかったが、元来は悪い性格でもない。若い王は哀れな狂人を労わるべく、力強く頷いて保証した。

「この先、誰にも娘御の眠りを妨げる者はいない。後日その旨、役所と教会へ必ず下知しよう」

「誠にありがたく存じ上げます」

 娘を亡くした造園家によほど同情したのか、それとも狂人から逃げ出すためか、王は早速書面をしたためると言い残し、取り巻きを連れて記念碑を去った。

 陰気な男の機転にオルソは舌を巻いた。よりによって国王経由で、プルシナの墓を誰にも掘り起こさせないように念を押したのである。

「改めて考えても、よく三年で完成まで漕ぎ着けたものだな。やはりガット殿とグラーブ殿を招いたのは正解だった」

 サンティーニが庭園を見下ろして言った。

 国王を含めたこの三者の調整がいかに難渋な作業であるかは、オルソにも充分推測できた。

「あんたも大変だったな」

 しみじみとオルソは応え、労わるように貴族の肩を叩いた。平民が身分の高い者に対して許される行為ではないが、サンティーニは全く気に留めなかった。自分もこの青年も、国王と造園家と建築家の我の強さについては嫌というほど思い知らされた、いわば仲間である。

「ああ、ようやくこれで私も肩の荷が降りた」

 相変わらず疲れ切っているが、その表情は晴れ晴れとしていた。

「おい、グラーブ殿は?」

 ガットが二人へ割り込んだ。

「明日から王様たちを案内しなけりゃならん。打ち合わせをしようと思っていたのだが」

 王様たちというのは、先程の式典に列席していた王及び王族である。明日から三日間、彼らの前に立ち苑内を案内することになっている。詳しく解説するとなると、それぐらいの日数が必要なのだった。

「あんたと一緒だったんじゃないのか?」

 オルソの言葉にガットは、またか、と苦笑した。

「娘さんが亡くなってから、時々姿をくらませるようになった。狂人の奇行で片付けられているが、本当はグラーブ殿は正気なのだろう?」

 オルソは返事に困り、探してくると言ってその場を離れた。執務室にいるからな、と建築家のよく通る声が追いかけてきた。

 居場所の見当はついていた。

 オルソの好かない、あの河神の小庭園である。

 思った通り、隻腕の黒い影がこちらに背を向け立っている。弟子は好かないが、師匠はなぜかこの庭へよく訪れる。

「オルソか」

 背を向けたまま、グラーブは背後に立った者の名を言い当てた。半年前と全く変わらぬ光景である。

 ただひとつ、愛らしい少女の姿がないことを除いて。

「ガットが明日の打ち合わせをしたいそうだ」

「王族の御案内か?」

「ああ」

「代理として君が行きたまえ」

「何?」

 オルソは唖然として聞き返した。

「いくら何でも俺じゃまずいだろう? 相手は王様だぞ」

「苑内構造は全て君の頭の中に入っている。もし困ってもガット殿が助けてくれる」

「いや、実際の説明はともかくとして、あんたとガットが総責任者だろうが」

 それにそんな堅苦しいことなんか俺は嫌だ、とオルソは付け加えた。それでもグラーブは譲らなかった。

「狂人が王のお相手を務めるなど、不敬にも程がある。君がやりたまえ」

 オルソは舌打ちをした。プルシナの墓の保証が取りつけられれば、グラーブにとって王は用済みである。建前に乗じ、師匠が面倒な社交を自分に押し付けようとしているのは明らかだった。

「完成した庭園の案内も仕事のうちだろう」

「私がしなければならないというものでもない。狂った陰気な男が人前に出るより、君のような健全で見栄えのする人物が案内に立った方が、王族に与える印象も良い」

 それからしばらく押し問答をした末、とうとうオルソは諦めた。この類の言い争いをして、今まで彼が勝った試しがない。

「分かった……で、あんたはいいのか?」

 不思議そうな面持ちでグラーブは振り向いた。

「何がだね」

「この国を出れば、簡単にお嬢ちゃんの墓参りはできない」

「次の仕事がある」

 ナルドという国の富豪から、天才造園家にお呼びがかかっている。宮苑の次の仕事場は、プルシナが亡くなる以前に既に決まっていた。ここからさらに一つ国を隔てた地である。オルソの言う通り、気軽に移動できる距離ではない。

「それに、墓の中にあるのは、ただの人形に過ぎない」

 喉元までせり上がってきた「形見の一つや二つ取ってあるんだろうな」という言葉を、オルソは何とか飲み下した。最近何かというと、師匠に対して陳腐な発言ばかりをしそうになる。

「君こそ良いのかね」

 反対にグラーブが訊き返した。

「何が」

「せっかく帰郷したのに、また国外へ出ることになる。今の君なら、働き場に困ることはない」

 カステロ未亡人の中庭の他に、さらに一件オルソは師匠の代わりに依頼を引き受けていた。そこでの評判も、さほど悪くない。さすがに即独立は難しいが、植木職人なり設計家の補佐を務めるぐらいなら、確かに行き先には困らないだろう。

「帰っては来たが、別にどうってこともなかったからな」

 オルソは答えた。十二まで育った場所はなくなっており、結局、そこにいた者たちの消息は知れないままである。顔見知りだった近所の人々は、ずっと昔に飛び出した孤児のことなどすっかり忘れていた。もっと根気良く探せば、オルソを覚えている人間がいるのかもしれない。が、この陰気で風変わりな造園家の下で働くうちに、故郷にこだわる必要も感じなくなっていた。

「代わりの弟子が見つかるまでは、ついて回ることにする」

 束の間の沈黙の後、黒い影が振り返った。グラーブは、いつぞやと同じようにオルソを左手で招いた。

 プルシナはいない。

 何か思ったことなどありもしない。

 オルソはごく自然に痩身の右隣へ立った。が、物理的に弟子の体格がいくら恵まれていようと、あの少女がいた間隙が埋められることはない。

 陰気な白皙が僅かに意外そうな色を浮かべ、弟子を見上げた。が、彼は思い直したように口を開いた。

「以前、この庭の印象を尋ねた」

「ああ」

「今でも熟練したとは言えないが、ここを造ったとき、私はさらに未熟だった。完成する前に自分でも失敗作だと分かったが、もう期限が迫っていた」

 普段は最低限しか喋らない。が、一旦語り出せばグラーブは淀みなく話し続ける。その暗い口調は、不思議なことに決まって聞き手を語り手の世界へ引き込んだ。

「職人たちは何も感じていないようだった。やむなく仕上げて先王にご覧いただいたが、お褒めの言葉をいただいた。現レオーネ王もしかり、弟子を募集したときに集まってきた者たちも、ガット殿も特に何も言わない。最初は遠慮しているのかと考えたが、本当に彼らは何も感じないらしい。君だけだ」

 黙って聞いていたオルソは、口を開いた。

「穴、か?」

 黒髪の頭が一度だけ頷いた。それを見て、弟子は考えながら再び口を開いた。

「……『箱庭』へ最初に行ったとき、あんたの聖堂に入っただろう。地下墓室へ行こうとしたんだが、これと同じような、もっと嫌な感じがしてやめた」

「行かなくて賢明だった」

「入ったら、どうなってた?」

「分からん。他人が入れば、別にどうということもないのかもしれない」

「あんたは入ったんだろう」

 短い沈黙の後、グラーブは答えた。

「居心地が良いとは言えない」

 おそらく、非常に控えめな表現に違いない。オルソは警戒しながら尋ねた。

「俺に、何を期待してるんだ?」

 いつまで経っても師匠は答えなかった。

 弟子は隣で空を仰いだ。


 三日間、オルソはガットと共に、王族を先導して宮苑を歩き回った。どちらかというと、王族と共にガットに先導されたという方が現実に近い。

 冷や汗をかきつつ三日間を過ごしたオルソに、ガットは笑いかけた。

「まあ、十点満点とするなら六点だな。ぎりぎり及第というところだ」

「慰めないでくれ。余計疲れる」

「そう卑下するものでもないぞ。なに、相手が誰でもそうは変わらんさ、すぐに慣れる。グラーブ殿は社交だの人脈を築くだのということに、全く興味のない人だからな。狂人を理由にして、これからはおまえさんを代理に立てるつもりなんだろう。

「なんてこった」

 酒場でガットに二、三杯奢られ、オルソは店を出た。ひょっとしたら四、五杯飲んでいたかもしれない。彼は自分と反対側へ立ち去ろうとする建築家を呼んだ。

「明日発つんだろう、寄ってかなくていいのか? あんな陰気面見ても気が滅入るだけとは思うが」

 オルソの言葉に声をあげて笑ってから、ガットは笑顔を穏やかなものに変え、

「ああいう人だからな」

 とだけ答えた。おまえさんも達者でなと言い残し、彼は体型に似合わない軽やかな足取りでオルソの視界から消えた。

 持ち出す荷物は意外に少なかった。

「ナルドに家具付きの住居を確保してある。現地で入手できないものだけ持って行けばいい」

 グラーブは相変わらず陰気に指示した。その職業に関わらず、師匠はおそろしく身軽だった。身の回りの物は言うに及ばず、必要な仕事道具にしてもそうである。使い込まれた剪定鋏、木鋏、鋸、接ぎ木用ナイフ、小型の手鍬。書籍が数冊、設計に必要な機材と文具一式、それからプルシナが使っていた組み立て式の製図台。これは高さをペダルで調節できるようになっており、大人でも使用できる。最後に、「箱庭」へ通じる革の敷物。

 グラーブが実際に携わる主な職務は、設計と作業の管理監督である。これだけで充分なのだろう。

 オルソは職人に混じって自らも身体を動かしているので、作業に必要な道具がグラーブよりも多い。その代わりほとんど本は読まない。師匠や周りにいる職人に訊けば事足りていたからだ。

 従って彼は書籍など荷物に一冊たりとも含まなかったのだが、光のない黒い瞳がそれを見咎めた。

 グラーブはオルソの前に、三十冊余の分厚い専門書を置いた。おそろしく高度な内容のものも含まれている。

 弟子はそのうちの一冊を取り、最初の数行を読んで師匠に言った。

「俺には全然分からん。持ってくだけ無駄じゃないか?」

「必ず必要になる」

 弟子の意見を師匠は受け入れなかった。

「私の遺産だと思って持って行きたまえ」

 青白い顔でこう言われると冗談に聞こえない。オルソの荷物はさらに師匠のそれよりかさばることになった。

 オルソと下男が馬車に荷物を積み込む間、グラーブはカーニャに幾ばくかの金額を切った小切手を手渡した。

「今までお世話になりました」

 グラーブは丁寧に感謝の念を述べ、最後にお願いがあるのですが、と切り出した。

「プルシナがいつ眠りから覚めても良いように、毎年一着ずつ、あの子の成長に合わせた衣服を用意してやってください」

「旦那様……」

 幾分寂しそうな面持ちだったカーニャの目から、ついに涙が溢れ出した。目頭を押さえ、初老の女は幾度も頷いた。

「承知いたしました。私、決してお嬢様にご不自由がないように心に銘じます。お目覚めしたら、必ずお知らせしますから」

「よろしくお願いします」

 通常の挨拶では、男性は女性の手を取り接吻する。が、グラーブは決して人に触れようとしなかった。片腕ながら優雅な異国風の身振りと共に別れを告げ、陰鬱な男は馬車に乗り込んだ。カーニャは、積み込みを終え御者台に落ち着いたオルソへ歩み寄った。

「オルソ様、旦那様をよろしくお願いいたしますよ。私がこんなことを言っても良いのかとも存じますが、傍からご様子を見ていても、あまりにお気の毒で」

 グラーブは、聡明な女性の目を最後まで騙し通した。普段気丈なカーニャが悲しみを露わにするのを見て、さすがのオルソも少し良心が咎めた。

「お嬢ちゃんのこと以外はまともなんだ、そんなに気にしなくてもいい。大体、本人が悲しんでいないんだから」

「それがなおさらご不憫なんです」

 こんなに頂けません、と言ってカーニャは律儀にも小切手をオルソへ返そうとした。オルソは首を振った。

「餞別だと思って取っておけばいい。実際あんたたちには、グラーブも俺も世話になった」

 お餞別もお給金も別にきちんと頂いております、と言ってからカーニャは、では、と提案した。

「お墓のお世話に必要な分を差し引いて、残りは教会へ寄付いたします」

「それで気が済むならそうしてくれ」

 心底頭が下がる思いでオルソは答えた。口先だけでないのは、今まで接してきた態度で証明済みである。自分だったら懐にしまい込んで、飲み代にでも使ってしまうだろう。

 オルソは馬に鞭を当てた。

 お元気で、と後ろからカーニャの声が聞こえたような気がしたが、石畳を走る蹄と車輪の音にかき消された。

 オルソはしばらく、人の多い街中で安全に馬車を操ることに専念していたが、郊外の街道へ出てから背後の覗き窓を開けて大声で言った。

「やり過ぎだ」

 グラーブは窓から外を眺め思索に耽っていたようだが、視線を前方へ向けた。

「何がだね」

「あそこまで臭い演技をすることもないだろうが」

「後で疑われては困る」

 グラーブの言葉は正しい。魔術師よりも、狂った造園家の方が生きやすい世の中である。

「良心ってものが、あんたにはないのか?」

「シニョーラ・カーニャには不要な感情を生じさせ、申し訳ないと思っている」

 一応、済まないとは思っているらしい。

 それは分かったが、振り返る度に陰気な顔が視界に入るのも何やら腹立たしい。

 オルソはぴしゃりと窓を閉めた。

 街道の両側には、新緑の敷き詰められた丘陵が幾つも横たわっている。草地ばかりの緩やかな丘陵に、ぽつりぽつりと野生の丈高い糸杉やオリーブの木が生えている。

 春の野を、馬車はのんびりと進んだ。



「園丁の王」第一章 了


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