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園丁の王  作者: 井出有紀
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第二章 5-2

5-2


 注文してあった刈り込み鋏を受け取りに行った日、オルソは鍛冶屋に尋ねられた。

「なあ、若いの。お師匠さんぐらい偉い人だと恐れ多くて頼めねえけどよ、あんただったらうちみたいなボロ家の木の手入れでもしてくれるかね」

 二人はカンパネッラという小さな町に滞在していた。暦は春だが、気温と日差しは初夏である。オルソの母国より南にあり、冬に霜が降りることもあまりない。

 長らく大都市で商いをしていた商人が、引退して故郷に戻ってくる。町では名士である。その老人から依頼された隠居屋敷の庭造りが、今回の依頼内容だった。

 老人の帰郷日までにはまだ間がある。安息日まで潰して働かねばならない状況でもない。

「多分構わないと思うが。木だけ見てってもいいか?」

「こっちだよ」

 鍛冶屋の女房が案内した。

 間違っても庭園ではない。それこそ猫の額ほどの広さしかない庭である。いや、むしろ菜園といった方が正しい。何列か畑の畝が耕され、自家用の野菜や薬草を育てている。余った分は市場へ持ち出し、あるいは隣人の作物と交換するのだろう。

 女房は、庭の東南の隅に生えている、面積に不釣り合いに高く伸びた木を指した。

「夏になると葉っぱが茂りすぎてね。畑にお日様が当たらなくて困ってるのよ」

「楡か。この辺りじゃ珍しいな」

「何代か前のご先祖が移住したときに苗木を持ってきたとかなんとか亭主は言ってるわ。本当かどうかは知らないけど、根元から切っちまうのもなんだか気が咎めてねえ」

 楡は種類によっては高さ三十メトロ以上にも育つ、大型の落葉樹である。が、ここに生えている木はせいぜい五メトロ、女房の口振りからすると昔から生えているようだが、それにしては小振りである。

 オルソは幹のすぐ傍まで行って、楡を眺め上げた。若葉はまだ少ないが、日差しに半分透けた新緑は眩しいほどに明るい。枝も縦横に広がっている。樹勢は強い。通常はもう少し北方で見られる種類だが、成長を自ら止めることによりこの暖かい気候に順応したのかもしれない。あと一ヶ月も経てばこんもりと緑が生い茂り、心地良い日陰を提供してくれるだろう。が、作物の生育には確かに邪魔である。

「冬の間に切った方がいい。今の時期に派手にやると、全部枯れるかもしれんな」

 大枝を切り落とす作業を枝おろしという。樹木にとっても負担にかかる大手術なので、落葉樹の場合は休眠期である冬に行うのが定石である。春先にもできるが、やはり萌芽前が好ましい。

「じゃあ冬まで待てってことかい」

「風通しを良くするぐらいならできるが」

「それでいいよ。あたしらじゃ、どの枝を切ればいいのか全然わかんなくてさ。村の親方にも頼んでるんだけど、馴染みのない木だから勝手が違うって、手を付けたがらなくてね」

 幸い幹の下方から大枝は生えていない。上方に広がる枝を整理すれば、なんとかなりそうである。

 オルソは帰宅してグラーブにその旨を伝えた。予想通り「好きにしたまえ」という返事が返ってきたので、その日から彼は道具一式を担いで鍛冶屋へ通い始めた。

 楡の幹に、借りてきた長い梯子を立てかけ、さらに支柱として丸太を渡して縛りつけ、しっかりと固定した。

 そして梯子から主要な枝に足場を移し、オルソは腰に差していた大小の片刃の鋸を使い分け、絡み合ったまま伸びてしまったり密生している枝を、根元から落とし始めた。

 大柄な体躯に似合わない軽い身のこなしで樹上を移動するオルソを鍛冶屋の女房は感心して眺め、下から叫んだ。

「なんか手伝うことある?」

「特にない。あまり近づかない方がいいぞ。切り落とす枝が当たる」

 本当に何年も、誰も手をつけていない。楡は思うがままに枝を張り巡らせていた。単独作業なので、間引きだけでも時間がかかる。数日に渡ってオルソは鍛冶屋へ通うことになった。

 グラーブに与えられる仕事に比べれば割は悪いが、オルソはむしろ気持ち良く作業を進めた。このところ頭を使って図面を引くか、やはり頭を使って複数の職人に指示を出す監督もどきの仕事ばかりしている。改めて考えてみれば、高所に登って一人気軽に木の手入れだけをする仕事は久し振りである。

 二日目から、ついででも良かったらと女房に言われ、オルソは鍛冶屋と見習いをしている二人の息子と食卓を囲み、昼食にありつくことになった。

「ねえ、あんたのお師匠さんってねえ」

 鍛冶屋一家の一員のような顔で昼食をかきこむオルソに、女房が遠慮がちに話しかけた。

「一人娘のお嬢さん亡くして気が狂っちまったってのは本当かい?」

「やめねえか」

 渋い顔で鍛冶屋がたしなめた。

「おめえはなんだって、いっつもそんな余計なことを言うんだ」

「あら、だって皆そう言ってるじゃないの。本当かどうか気になるって」

 二人の息子はまだ少年である。黙って食事を続けているが、興味津々で耳をそばだてているのは見た目にも明らかだった。

「普通に話す分にはまともだ」

 オルソは何食わぬ顔で答えた。どこへ行っても訊かれることである。

「ただ、死んだってことがどうしても理解できなくて、そのうち大人になった娘が墓から出てくると思ってる」

「まあ、気の毒に。いくら有名になって稼いでも、それじゃ報われないねえ」

「そうだな」

 オルソは適当に相槌を打った。プルシナが生きていたとしても、金銭や知名度でグラーブの「何か」が救われるとは、オルソには思えない。

「それであんな暗い顔つきになっちまったのかい?」

「いや……あれは元からだ」

 オルソの声が微かに震えた。

「おめえ、やめろって言ってるだろうが」

 鍛冶屋が声を荒げて割り込んだ。

 オルソは笑いをかみ殺しただけなのだが、鍛冶屋は嘆きと勘違いしたようだった。

「だけどさ、おまえさん」

 女房は夫に抗議した。

「あたしゃ、思うんだよ。何があったらあそこまで暗くなっちまうもんかって。よっぽどのことがあったんだよ。可哀相に」

「それでおめえが何かできるんでもあるまいが。余所様のことをあんまり根掘り葉掘りほじくり返すもんじゃねえ」

 女房を叱りつけてから、鍛冶屋は済まねえなと若い庭師に詫びた。オルソは首を振った。

「謝るようなことじゃないさ」

 狂人になると宣言したのはグラーブ自身である。

 間引きを終えてから、オルソは今度は伸び過ぎた枝を途中から切り縮め、樹形を整えた。仕上げにも時間がかかった。低木の刈り込みのようにはいかない。それなりに木の丈もあるので、場所を変える都度、足場を組み替えなければならない。それでも届かないところは、鋸や鋏を専用の長い棒に固定して、遠隔で道具を操り枝を切ることになる。

「おや、すっきりしたじゃないの」

 女房が両手を腰にあて、庭全体を見渡せる場所から剪定を終えた楡の木を眺めた。

「落とせるだけ落とした。今はいいが、もう少し経つともっと葉が出てくるから、結局畑の邪魔にはなるな」

「去年に比べればずっといいよ。まあ、毎年陰になる場所なんて決まってるから、お天道様があんまり当たらなくても大丈夫なものを植えてるし。あんたのおかげで、一日中陰ってこともなくなったからね」

 作業を終えたオルソが借家へ戻り、井戸端で鋏の刃を研いでいると、身の回りの世話を任せてある女が心配げな面持ちで近づいてきた。カーニャ同様、通いの召し使いである。ただし、あの威厳に満ちた初老の女性より二回りほど若い。

「お帰りなさいませ。旦那様のことなんですが」

 オルソは手を休めて女を見上げた。

「グラーブがどうかしたのか?」

「お加減が悪いからとお昼前に戻っていらして。あの、客間の暖炉の火を熾すようにとおっしゃいましたのでそのようにいたしましたが……」

 それで宜しかったのですか、と言いたげに彼女は口を噤んだ。初夏といっても良いこの時季に、昼間から暖炉の火をつけろと言われたのだ。しかも発言者が「静かなる狂人」グラーブ・ヴァンブラであるだけに、オルソと同じ年代の女は、仮の主人の指示にひどく当惑していた。

「居間でガンガン火を焚かれないだけマシだ」

 憎まれ口を叩きながらも、あのなんともいえない不吉な予感がオルソに訪れた。もう何度目か分からない。

「暖炉の前に張りついて、火の前から動かないんだろう」

「はい。お医者様はいらないとおっしゃいましたので、お呼びしておりません」

「それでいい。狂ってるのとは関係ない。身体が芯から冷え切るだけの持病だ。今日中は食欲もないから、夕飯は俺の分だけ頼む。飲み物だけ切らさないようにしてやってくれ」

「泊り込みいたしませんで宜しいのでしょうか?」

「そんなくそ暑い部屋で夜通し看病したら、あんたの方が倒れるだろうが」

「恐れ入ります」

 本当に恐縮した様子で一礼し、女は屋敷の中へ消えた。道具の手入れを終え、オルソは客間の扉を開けた。むっとした熱い空気が押し寄せる。

「オルソか?」

 振り返りもせずに背もたれの向こうからグラーブが言った。彼は例によって冬に着用するコートにくるまり、幅広の肘かけ椅子の中に収まっていた。

「午前中に戻ったって? 日暮れまでまだ少し時間がある。何かしてくることはあるか」

「いや」

 頭が微かに動いた。首を振ったらしい。

「特に急いでいない。手が掛かる箇所は明日へ回した。鍛冶屋の楡は、そろそろ終わったかね」

「今日終わった」

「そうか」

 いつものやり取りが終わった。あの不快感を抱えたままオルソは扉を閉めた。


 それではお願いいたします、と頭を下げ女が屋敷を出てから、オルソは再び熱気のこもった部屋へ足を踏み入れた。持ってきたブランデーをテーブルに置くと自分もそこへ腰を降ろす。いつものようにすぐには立ち去らず、彼は汗一つない青白い貌を見下ろした。

 閉ざされていた瞼が開いた。光のない、黒い瞳が弟子を見上げた。

「なんだね」

 コート下の痩身はさらに細くなり凍えているが、陰気かつ沈着な表情も声も、全く普段と変わりない。

「最初に寒がってるあんたを見たときに、少し嫌な感じがした。ひょっとしたら明日になれば死んでるんじゃないかってな。だが本当に単なる持病で、次の日には何食わぬ顔で歩き回ってた。次のときもそうだった。その次もだ。別に命に関わるような症状じゃない」

 不吉なことは口に出すものではない。が、数瞬ためらってから、元傭兵は口を開いた。

「回数が進むごとに、俺の嫌な予感が大きくなる他は」

 グラーブは、オルソには感情の推し量れない瞳で彼を凝視した。そして言った。

「君を選んで間違いではなかったと思うのは、こんなときだ。素晴らしい直感を持っている。観察力が優れているだけでは分からない」

「俺のことはどうでもいい」

 オルソは苛々と遮った。行儀悪くテーブルに腰掛けたまま、腕を組む間も、明るい茶色の瞳を師匠から外さない。

「なんなんだ、それは」

「以前、自然界の最高位にある精霊に挑んだ愚かな男の話をしたが、覚えているかね」

 急かすようにオルソは頷いた。忘れよう筈もない。グラーブ・ヴァンブラその人の生い立ちである。

 白い顔の男は静かに言った。

「では、この部分は? 『女王は言った。今は無理だが徐々におまえの命を奪ってやる』」

 束の間黙ってから、この男と出会わなければ鼻で笑い飛ばしていたであろうひとことをオルソは言った。

「呪いか」

「イーサは山脈のこちら側では氷雪の女神とも見なされる。正確には呪いではなく祟りだろう」

 オルソにとってはどちらも同じである。

「今なら彼女も、殺そうと思えばすぐに私を殺すことができる。だが、時間をかけて命を削り取るのを選んだのかもしれないし、あるいは祟ったまま忘れたのかもしれない」

 人外のものの心など、オルソには理解できない。彼は、かつて魔術を究めた男に質問した。

「自分を侮辱した相手を、そんな簡単に忘れるのか?」

「彼らにとって、我々は虫のような存在にすぎない。自分を刺した蚊を、君は何ヶ月も恨んだりするかね? その場で叩き潰せなければそれで終わりだ。すぐに忘れてしまう。部屋に蝶が舞い込んでも、外へ逃がしてやる者もいれば、気が立っている者は羽をむしり取って放り投げるかもしれない。蝶が死んで初めて気付き、死骸を外へ捨てる者もいる」

 極端な例えだが、説得力はある。一匹の蚊が人間を従えようとするのは、確かに暴挙だ。今のグラーブは、とてもそんな無謀を犯す男には見えない。

「あんたプルシナにも命を分けたんだったな」

 ふと思い出して言った後、オルソは一瞬迷った。聞きたくない。が、彼は思い切って尋ねた。

「あと、何年だ」

「私も気になったので計算した」

 他人事のように冷静にグラーブは答えた。

「試算方法が正しければの話だが、この間隔で発作が続けば約二年」

 淀みのない答えに、二年、とオルソは繰り返し呟いた。

「あと二年で、俺はあんたから何を学べる」

「あえて学ぶ必要はない。君は既に、独立できる技術と知識を身につけた。君の祖国の大宮苑ぐらい大規模なものの設計に関しては、以前渡した書籍に大方記してある。あれを参考にすればさほど苦労しない」

「弟子を取ったのは、自分の死期が近いと悟ったからか?」

「それもある」

 グラーブは否定をしなかった。

「私は、今の仕事に熱意を持てない。それでも何かを人に伝えておきたかったのかもしれない。真の理由は自分でも分からない。ただ、君から学んだものも多い」

「俺から?」

「そうだ」

「何を」

「多少哲学的な話になるが、構わないかね」

「……いや、やめておく」

 難解な話を回避した弟子に、師匠は軽く頷いた。その、さりとて物足りなさそうにも見えない様子に、オルソの方が神経を逆撫でされた。

「どうしてそんなに落ち着いている。そうやってる間にも、寿命を縮められてるんだろ。自分の身体が冷えるんなら、内側からでも熱くしろ。酒が効かないんなら女でもいい。なんなら今から一人や二人、引っ張って来てやる」

 突拍子もない提案に、グラーブは喉の奥から、くくく、という笑いを漏らした。この男がオルソの前、いや人前で笑ったのは二度目だ。前回は見る側が胸を突き刺されるような笑みだったが、今度は彼は心底おかしがっていた。

「面白い男だな。なぜ人のことでそこまで熱心になる」

「あんたが馬鹿騒ぎのひとつも起こさないで冷静すぎるんだ」

「せっかくの提案だが、私のような男と床を共にしてくれる徳のある女性はいない」

「片腕がなかろうが陰気臭かろうが、向こうも仕事だ。問題ない」

 およそ師匠に対するのとは思えない言葉をオルソは吐いた。

 グラーブの知性に溢れる容姿は整っているといっても良い。人と接する態度も丁寧で、立ち居振る舞いは無駄がなく垢抜けている。ただ、周囲にまき散らす暗鬱な雰囲気が全てを台無しにしているのだ。妙な趣味に走った要求さえしなければ、上客の部類に入るに違いない。

 グラーブは左手を差し出した。長い指をした白い手だが、節くれだち傷跡だらけの荒れたそれは、まさしく庭師である証に他ならない。

「触れてみたまえ」

 オルソは机から降り師匠の手を握り締め、ぎょっとした。

 おそろしく冷たい。

 オルソなど、この部屋へ入ってものの数分と経たないうちから、汗が噴き出し流れ落ちている。が、グラーブの青白い面はあくまで涼しげだった。

 いや、冷え切っているのだ。

 およそ人なら誰でも持っている温かさが、全く感じられなかった。死人のような、という形容がオルソの頭をよぎった。

「どうしてこれで生きていられる」

「分からない」

 全身を凍らせた男は無感動に答えた。

「普段もこんなに冷たいのか」

「今よりは体温も高いと思うが」

 曖昧な返事だった。その理由はすぐに、続くグラーブの言葉によって明らかになった。

「プルシナ以外、誰にも触れていないので分からない。ただ、寒気という点でいえば我慢できないほどではないし、気温の変化も感じる。ただし、君たちよりは幾分寒く感じているだろう」

 プルシナ以外、と聞いたオルソは、放しかけた手を止めた。

 彼はおそらく、このような身体になったグラーブ・ヴァンブラが自らに触れるのを許した最初の人間である。その師匠の意図をそれなりに察したからこそ、凍えた白い手から完全に離れることができなくなった。

 元魔術師であったことは、奇人、狂人を隠れ蓑にして隠すことができる。

 しかし、この異常な低体温は触れられれば最後である。どんな理由をこじつけようが、ごまかせるものではない。オルソの知る「神」を信仰するする者たち――教会が、黙って陰気な造園家を見逃すとは、彼には思えない。山脈のこちら側では、信仰における僅かな相違だけで戦争が起きる。神を理由に、人がたやすく殺される。

 グラーブとオルソが回る地域は幸い、国によっては隠密といえどもお抱えの魔術師がいる程度には魔術に対して開けている。オルソの故郷がその良い例である。しかし一方、あくまで「神」しか受け入れない「信仰に篤い」者たちだけが暮らす国もある。教会に、国を越え異教・異端を取り締まる機関が実在することも、オルソは知っている。

 過去も明らかでない暗い冷え切った男を、そのような機関、すなわち教会の査問会が放っておく道理など、ない。神の怒りを買った者としてグラーブ・ヴァンブラは即座に要注意人物の名簿に名を連ねるだろう。些細な諍いでも起こせば、あるいは教会の権力者にとって都合の悪い存在になれば、その場で引き立てられ、拷問にかけられ、最終的には死に至る。

 そしてまずいことに、グラーブ・ヴァンブラは信じるものの対象が違えど確かに「神」と呼ばれる存在の怒りを買い、かつての傲慢の代償を支払い続けている。

 どれだけ警戒しても、足りるものではない。

 その元魔術師である造園家が、オルソに手を差し出した。

 気味が悪いというだけで放り出せるのか。

 幸か不幸か、オルソには嫌というほど死体に対する免疫ができている。かつて彼は敵の死体から金品を強奪しては、味方の遺体を担いで基地へ戻る日々を繰り返していた。

 ごく短い時間そのようなことを自問自答したオルソは、ようやく悟った。

「だから、いつも黒い服を着ているのか?」

 この冷たい身体では、いくら厚着をしようと無駄である。保持する体温がない。自らを温められないのであれば、天からの恵みを授かるしかない。陽光である。

「皮肉なものだ。以前感じていた四季がどんなものだったか、すっかり忘れてしまった。そんな者が、草木を相手とする仕事を生業にすることになるとは」

 応えたグラーブは光のない瞳でオルソを見上げ、依然として暗い声で言った。

「そろそろ退室した方がいい。この部屋は、君には暑過ぎる」


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