こんな妹、いるわけがない!
「おにーさまー!」
その言葉とともに妹のシズクが飛び込んでくる。
可愛い。
もうそんな言葉でしか表現できない自分が憎らしくなるくらい可愛い。
ぱっちりとした二重に少し茶色掛かった濃い色の髪の毛。くるっとした癖が悩みだなんていうけれどそれは僕の好みどストライクなので正直な話あまりいじって欲しくない。
手入れをしなくても細い眉に、すっと通った鼻。
寝ている時につまむと、んっ、と苦しそうにする姿がまた愛くるしい。
唇は桜色。
控えめな色にぷるっとした肉感がつけばもう、兄でなければむしゃぶりつきたくなるくらいに蠱惑的だ。
そしてスレンダーな身体。
「おにーさまの好みはもっと巨乳ですか?」
なんて悲しそうな顔で聞かれれば、無乳信者に入ってしまうのもいたし方ないことだろう。
今まで無乳の素晴らしさに気づかなかったなんて、ああ、なんという不徳。
華奢な身体つきのシズク。
きっと衣服に包まれた肢体も磁器のように白く、そして磁気のように僕の魂を吸い付けることだろう。
でも僕とシズクは兄妹。
これは許されないことなのだ。
ロミオとジュリエットなど比ではない。
身分どころか生まれそのものが僕達を引き裂こうと言うのだから。
シズクが妹でなければ僕は今すぐにでも求婚していたことだろう。
――
そこまで書いたところで、僕は背後に殺気を感じた。
「おにーさま?」
背後に立っているのは僕が作文に書いたとおり、100人いれば100人が可愛いと口をそろえる妹のシズクだ。
しかし当然のことながら僕はシズクに恋をしているわけではない。
だって兄妹なんだ。
当たり前だろう?
妹がいる人なら分かってくれると思う。
ゲームやアニメ、漫画や小説で出てくるブラコン妹。
あんなものが存在しないと。
僕も一時期その話でクラスメイトと盛り上がったが、僕とクラスメイト達の間には温度差があることも知っている。むしろある一言を除いてまったくといっていいほど意見が合わなかったくらいだ。
そう。
こんな妹はいない。
「この感想文は、書き直しです」
毎日毎日僕に『妹について』なんていう感想文を課し、ナイフ片手に添い寝を強要し、学校から帰れば『今日喋った女の子の名前一覧(フルネーム)』を書かせようなどという妹は。
ちなみにその一覧に名前が乗った女の子は基本的に翌日から僕に近づかなくなる。
「体調悪くて……」
「生理で……」
「陣痛で……」
悲しいかな、陣痛が嘘だってことには気づいてしまった。
何はともあれ、妹のシズクはとてつもなく可愛いくせにとてつもない独占欲で持って、とてつもない試練を僕に課す。
今書いていた感想文もその一つだ。
「えーと、シズク? なんでこの感想文が書き直しなんだい?」
オーストラリア土産らしいコンバットナイフを片手に持つシズク。
彼女を怒らせないように控えめに訊ねれば、頬にぴとりと冷たい金属の感触が。
次いで背中に女の子特有の柔らかな感触とちょっと甘みのある花のような香り。
「わからないんですか?」
「ええっと、」
シズクがこういう言い方をするときは不味い。
正直なところ、相当怒っている証である。
「ほんっとーに、わからないんですか? おにーさま」
むにん、と背中におっぱいを押し当てられて気づく。
「いやぁ、僕もまずいと思ってたんだよ。無乳とか余りにもデリカシーに欠けてたよな!」
「そう! そうなんです! シズクのバスト、この三ヶ月に0.6ミリも大っきくなったんですよ?」
「だと思ったよ。シズクは日に日にステキになっていくからね!」
なんとか話を合わせれば頬に当たっていたコンバットナイフは無事にどけられた。
いや、0,6ミリって誤差じゃん。
僕の内心の突っ込みには気づかないのか、シズクは両手で頬を抑えながらくねくねと身を踊らせ、
「おにーさまったら、シズクのことそんな風に見てたの!? もう、嬉しい!」
気が狂ったことを言い出した。
「おにーさまだったらシズク、食事中だろうと授業中だろうといつでもオッケーですからね!?」
シズクさん。僕がオッケーじゃありません。
っていうか何だそのシチュエーション。
授業中とかどこの同人誌だよ!
「あ、でももう一箇所訂正していただきたいところがあるんです」
まだあったー!?
頬に再びぴとっと当てられたコンバットナイフ。
僕の体温のおかげかさっきよりは冷たくない。
でも恐怖度合いは変わりません。むしろ2個あった間違いの1個を当てるよりも1個しかない間違いを当てる方が難しいので恐怖度合い増しましです。
「ええっと、シズク? どこが悪かったのか、この馬鹿な兄に教えてくれないかい?」
訊ねれば、コンバットナイフが頬から首筋に下げられた。
ひいいいいいいいい!?
「シズク、おにーさまのこと大好きです」
ですから、と前置きをして、
「おにーさまの悪口を言うのは、おにーさま自身でも許しませんよ?」
宣言された。
どうやら自虐ネタとか自分を下げて答えを探るのはアウトらしい。普通、その台詞ってもっと感動的なところで出てくると思うんだけど。
おにーさま、違う意味で泣きそう。
っていうかどうしよう、二ツ目がわからなくて死にそうだ。
お父さんお母さん、先立つ不幸をお許し下さい。
ってあの両親、僕がコンバットナイフ当てられて冷汗かいてても、
『シズクったらお兄ちゃんっ子なんだから』
とか、
『はっはっはっ、兄妹仲が良いなぁ』
とか言ってた。地獄に落ちろ。
あ、ちなみに後者を言ってたお父さんは後でシズクに怒られてた。
兄妹愛じゃなくて、純粋な愛なんだとさ。
お父さんも鼻先0.02ミリのところにコンバットナイフが迫って本気で土下座してた。ありゃ、失言で地獄に落ちる(物理)の日も近いな。
うん、やっぱりウチの妹はおかしい。
「さ、おにーさま。どこが良くなかったか考えてくださいまし」
首筋をコンバットナイフの腹がなでたので目を皿のようにして感想文を読み返す。
「えーと、自信ないんだけど」
「大丈夫です。おにーさまなら正解できますっ」
不正解でも大丈夫って保証はしてくれないのね。
「兄妹じゃなければ、ってところかな?」
僕がそれを告げた瞬間、妹の背後に咲き誇るワインレッドの薔薇が見えた。
もう、山のような量である。
「そう! そうなんです! 私とおにーさまは兄妹であっても愛し合って良いんです! 児ポ法なんてクソ喰らえです! あ、ごめんなさい、私ったらおにーさまの前ではしたない言葉を……」
うん、恥じらう姿は可愛いけど、その姿のせいで同級生にも一人も味方がいないんだからね?
『シズクちゃんに愛されるなんて幸せじゃん!』
とか言われて、あまつさえ同級生♂からは嫉妬すらされるんだからね?
っていうか兄妹であることが問題なんであって、児ポ法は関係……なくはないか。シズクまだ14歳だし。
「シズク、気持ちは嬉しいけど、僕はそろそろ寝たいよ」
誤魔化すように願望を口にする。
ちなみに現在午前2時13分。26回目の感想文書き直しの直後である。
シズクが11歳になってから――というかコンバットナイフを買ってから毎日続くこの感想文なんだけど、未だに2回しか提出を認められていない。
今回もきっと駄目だと思うので、そろそろシズクを懐柔して寝たい。
ちなみに認められた2回はシズクの部屋に額縁に入れて飾ってある上に僕のクラスメイト全員にコピーして配られている。死にたい。
「おにーさまったら、もうお眠ですの? シズクはおにーさまのことを想っただけで眠れなくなるというのに」
「HAHAHA。違うよシズク」
思わずアメリカナイズされてしまった乾いた笑い方を誤魔化すように言葉を続ける。
「僕が寝たいのは自分のためじゃなく、最っ高にキュートでステキな愛しのシズクが夜更かしなんてして目の下にクマを作ったり、学校で居眠りをしている可愛いシズクの姿を他の奴に見られたくないからさ」
僕の言葉に、シズクはコンバットナイフを投げ出して僕に抱きついてきた。
「おにーさま! 大丈夫です! しずくは頭の天辺から脳髄を通って足の爪先まで、ヘモグロビンの一個に至るまでおにーさまだけのものです!」
うん、脳髄の件、必要だった?
あとヘモグロビンの所有権とか要らないです。シズクが呼吸する度に酸素ヘモグロビンに変化しまくってるだろうし。
「おにーさまが嫉妬してくださるならシズクは覚せい剤を使ってでも授業中に居眠りをしない所存ですわ!」
覚せい剤って、覚醒するためのものじゃないからね?
そのカテゴリだと眠○打破とかも覚せい剤になるからね?
「だから安心して寝てくださいまし。あ、ご迷惑でなければ添い寝してくださいませんか?」
「もちろん良いよ。っていうか僕からお願いしたいくらいだ」
いつの間にか握り直していたコンバットナイフをどけてくださいってね!
それはお願いじゃなくて脅迫だよッ!
「えへへ。シズクは世界一の果報者です」
そう言ってシズクは僕の胸に頬をすり寄せた。
「さ、コンバットナイフが当たらないように、きつく抱きしめてください」
シズクを抱きしめると、手の甲ギリギリの位置にコンバットナイフが置かれる。
僕が手を緩めるとザクっといく仕組み、らしい。
ちなみに寝返りをうつのは危険なので僕は寝返りをうたない。
うちたくてもうてない。
そんなことを考えながら、妹を抱きしめて今日も目をつぶる。
同級生達とゲーム内に出てくる妹について語った時、唯一共感できた台詞が脳裏に浮かんだ。
こんな妹、いるわけがない!
いもうとがおきた
たすけて