馬車の車輪はどうにかなりませんか?
翌日、日の出前に俺は出発した。
見送りにはクロードさんと紫音さんだけだったけど、すごく心が温かくなるのを感じる。
「気を付けて。
何か困った事があっても無くても、この城に帰ってきていいからね。
どうか、よろしく頼む。」
最後だけ威厳を持った声を聞いて、気を引き締める。
馬車が走り出して、ついには2人も城も見えなくなってしまった。
魔法で少し広くなっている車内には沈黙が漂っていた。
同乗しているのはクロードさんが昨日言っていた2人。
「お、俺!!甲斐 悠仁!!
悠仁って………」
「お名前は主君より聞いております。」
…………そうですか。
あの人が『仲良くなるにはまず自己紹介よ』って言ってたからやってみたけど、魔物相手だと効かないのか?
実際、俺もこの2人の名前は知ってる。
さっき超ブリザードな返事を返してくれたのは、ケルピーのソユ。
ケルピーとは、水の魔物で、本当は馬の姿をしているが、時々メチャクチャ綺麗な人間の姿になってその魅力に当てられた人間を水の中に誘い入れ、食い殺すらしい。
…………クロードさんはそう言ってたけど、本当かな?
でも確かにソユは美人だ。
スラッと伸びた手足と小さな顔。
肌は真っ白なのに紅い唇と血色が悪そうには見えない。
うん。美人だ。
もう1人ずっと外の景色を見てるのは、烏天狗の志摩。
志摩は小さい頃に読んだ絵本の天狗とは結構違う。
まず鼻は長くないし、顔は赤くない。
普通に肌色で、鼻も普通の大きさ。
あと、背が低い。
見た目でも分かるくらいだから結構低いんだろう。
天狗がよく履いてる下駄でカバーしてるけど。
「あの、あとどれくらいで着きますかね?」
俺達は昨日までいた王都アドリオールから見て南に位置するトーラ地方のホグという村に向かっている。
ホグは火竜サラマンダーの巣窟が近くにあるので、1年中暖かい気候らしい。
「本日中に着くことはないですので、中間地点にあるオッズという街に1泊いたします。」
俺の質問に無表情かつ的確にソユが答えてくれる。
「オッズって、結構大きい街なんですか?」
「トーラ地方の市場経済が集中している街なので、王都の次に規模が大きい街だと思います。」
そうか、そこなら…………。
その後馬車の中は沈黙が続き、夕方にはオッズに到着した。
「んーー、あいたたた……。」
馬車から降りると体中が痛んだ。
馬車ってつら!!
すげー揺れるし、車輪木製だから振動もろに響くし、曲がるとき遠心力半端ないし!!
「「ユージンさまー!!」」
「ん?」
振り返ると、茶色くてちっこいのが2人立っていた。
「俺に用?」
「「はい!!」」
………何か見たことあるなぁ。
何だっけ?
「おいら達、ユージンさまのおかけで王さまにお仕置き受けなくてすみました。
んで、ユージンさまにお仕えしようとドアに張り付いて付いてきてました!!」
「あぁ、拉致まがいのブラウニーか!!」
自分で言っといて酷いなとは思ったが、当の本人達は嬉しそうに大きく頷いた。
「おいら、ジルと言います!!」
「ゾルと言います!!」
「ジルとゾルか、よろしくな。
ドアに張り付いてないでクロードさんに言えばよかっただろ?」
「「…………。」」
2人は気まずそうに黙りこんだ。
まさか…………。
「クロードさんに何も言わずに来たのか?」
「「はい………。」」
予想通り過ぎて思わず溜め息が漏れる。
さて、どうしたもんか。
アドリオールに帰ってクロードさんにちゃんと断ってからまた来いとも言えない距離だしなぁ。
魔界にはケータイとかスマホとかないだろうし、人間界のが使えたとしてもそんなブルジョアな奴等が持つようなもん俺持ってないもんなぁ。