緊急事態
「ぎゃーははは! お前、『可』ばっかりじゃねぇかよ!!」
俺の成績表を見ながら笑い転げている親父。
年度末、成績表を持って帰省した俺は、家に入るなり親父に成績表を奪い取られた。そして今に至るわけだが、いや別にそんな笑い転げるほど悪い成績じゃねぇよ。『可』は3つだけで、他は『優』と『良』しかねぇっつーの!! 授業にはちゃんと出席してるし、真面目に勉強してる。学業以外の素行がやや不良なだけで、優良な学生なんだよ俺は!!
3つの『可』だって、テスト日に大学に行けなかったから追試になっただけで、むしろ追試一発勝負から『可』をもぎ取ってきたんだから、よくやったと称賛されていいくらいだぞ!!
テストに行けなかったのだって、ちゃんと理由がある。
一つ目のテストは前期のラスト、気象災害に関する講義のテストだった。テスト前日に、母親から電話がかかってきたんだが、随分とあわてた様子だったのを覚えている。
「家の畑で大事件が起きた!」
母親の声に、ただならぬ事態だと直感した俺は、テストになど行っている場合じゃないと判断して、急ぎ実家に戻った。
……結局、その日一日俺は畑を荒らす野生のサルと格闘を繰り広げることとなった。もちろん俺の勝利に終わったぜ!
……じゃねぇよ! 結局テストには行かずじまいで、当然、追試に挑むこととなった。
二つ目は年末。『ゲーム理論』についての講義だった。
というわけでテスト当日、何が起こったかというと、その日も突然の電話が始まりだった。ほんとにテスト直前のタイミングだった。神城からの電話。受話器か聞こえてきたのは、神城の暗い声だった。
「俺……事故起こしちまったよ……」
それだけ言って切れる通話。これはただ事ではない。そう思った俺は大学を飛び出し、すぐに神城が住んでいるアパートに向かった。
部屋の前までたどり着くと、チャイムも押さずに急いでドアを開けた。すると……
―――――パーン!
クラッカー音とともに、俺の前に横断幕が広げられていた。
『祝! 事故からの無傷の生還! 不死身の男 神城啓輔!』
横断幕には、そう書いてあった。
部屋には五島をはじめとしてたくさんの友達が集まっていた。
「うおぉぉぉぉ! 無事でよかったな、神城ぉぉぉぉぉっ!!」
俺は思いっきり助走をつけて、神城に殴り掛かった。
その日はそのまま、泣きながら酒盛りに参加した。……まぁ、神城が無事で何よりではあったけどさ……。
さぁ、最後の3つ目になるが、これが一番ひどい。講義内容は『可能性世界の哲学』
今回も電話が発端だ。
親父からだった。実は前日、親父は手術を行っていた。っつっても、なんか、耳の……しっかり聞いてなかったからよくわからんけど、そんな大した手術じゃないらしかった。その親父からの電話だ。親父は深刻そうな声で言った。
「……手術で、大変なものが見つかった」
俺は急いで車を走らせた。親父のあんな弱気な声は聞いたことなかったから……。手術が失敗して何か起こったのか? ガンでも見つかったのか? いやな想像が頭を駆け巡った。病院に到着した俺は、親父の病室に飛び込んだ!
「親父!! いったい何が見つかったっていうんだよ!?」
血相を変えて飛び込んできた俺を、親父は晴れやかな笑顔で俺を迎えてくれた。なんか嫌な予感がした。
父は言った。
「いやぁ、手術でデカい耳クソが取れたからお前に見せようと思ってな!」
俺はその場に崩れ落ちた。
耳クソひとつで呼び出されるってどういうことだよ!
俺は地底世界のために戦う最速の方向音痴じゃねぇんだよ!
あんたのせいで俺の成績が行方不明だよ!
あんたのせいで見事に成績の方向音痴だよ!
そんなこんなで、3つともテストを受けることができずに成績が下がってしまったわけだ。本来なら、テストを受けなかった俺に追試の資格はなかったんだけど、「実家で母が……」とか、「友達が事故で……」とか、「父親が手術で……」とか、事情を|(少し変更して)説明したら、なんとか追試のチャンスだけは得ることができた。
そうして、なんとか追試に合格して『可』は取得できたわけだが……。
「一個はアンタのせいなんだからな!!」
俺は成績表の入っていた封筒を、笑い転げている親父に向けて思いっきり投げつけた。