迂闊な行動
「はぁ……何とか間に合った……」
俺は玄関の扉を閉めると、そのまま扉に寄り掛かるようにずるずるとへたり込んだ。
12月24日。俺は今日、重大な務めを果たしてたった今、午後9時に自宅へと帰還を果たした。
今日の俺のミッションは、『授業レポートの提出』。……数は4つ。
いずれも、『今日の夜9時までに、担当教員の研究室前にある提出ボックスに提出』。すべて今日の朝9時から書き始めたので、分単位での戦いだった。
「いっつも早めに取りかかろうって気持ちはあるんだけどな……」
ぼそりとつぶやく。
今日が期限だったレポート4つとも、今月の初めには課題内容が発表されていた。だから少しずつ書き始めていけば余裕だったはずだ。……けれども小学生の時から『宿題は最終日に行う儀式』だと思っていた俺は、当然のごとく期限ギリギリまで一切手を付けなかったわけだ。
毎回毎回期限ギリギリで死ぬ思いして、その時には『次こそは余裕をもってやるぞ!!』なんて思ってんだけど、次も同じことやってんだよね。こればっかりは治りそうもないな……やれやれ。
「……」
しばらく入り口のドアに背を預けたままぼんやりとしていた。
「……寒っ!」
でも玄関ってめちゃ冷えるしな。寒気を感じたところでよろよろと立ち上がると、フラフラと室内へと移動した。
玄関を入ってすぐにあるキッチンで、バッグをどさっとおろす。今日はもう疲れたからあんまりウロウロしたくないんだよ。今日のところは荷物はそこに置いておくことにして、俺はガスコンロの下の戸を開けた。
「……さすがに何か料理する気にはならんわ」
戸棚の手前に積まれているカップラーメンを手に取ると、もぞもぞと封を切る。続けて、冷蔵庫の上に乗っかっているポットに水を入れてお湯を沸かし始める。まぁ、5分くらいで沸くだろう。部屋に行くのもめんどいので、キッチンにある丸椅子に腰かけて待つことにした。
「……はぁ、これ食ったら今日はもう寝よ……」
やっぱ疲れてんだな。家に帰ってきてからずいぶんと独り言が多い気がする。幸いなことに、今日は五島も神城も来ていない。ゆっくりと寝られそうだ……。
「……おっと、そろそろ沸くかな」
ポットの取っ手を手に取った瞬間、湯沸し中のランプが消えた。ナイスタイミング。
沸いたお湯をカップラーメンに注ぎ込む。出来上がるまであと3分。まぁ出来上がったらゆっくり食べよう。んで歯を磨いて寝る。もう今日はそれだけだ。
「……さて、パソコンで動画でも見ながら食うかな」
ひょいっと左手でカップラーメンの容器を持ち上げると、右手でケータイを取り出して着信なんかを確認する。……まぁ何もきてなかったけど。
右手にケータイ、左手にカップラーメンという装備のまま椅子から立ち上がり、部屋へと向かう。
部屋に入ると左側にはベッドがある。今日はぐっすり寝るぞ!!
まぁまずは飯を食ってからだ。とりあえず、今は必要ないしベッドの上にでも置いておくか。俺はそう考えて、何となく手にあるものをベッドに向けて放り投げた。
「……あ」
『とりあえず、今は必要ないし……』
これは当然、右手に持っていたケータイのことだ。……が。
ケータイとは似ても似つかないものが俺の目の前を、宙を舞っていた。
カップラーメンの容器……その姿を確認した瞬間、俺の周囲はすべて、スローモーションに変わった。ゆっくりとベッドに向かっていくカップラーメン……。俺の目には、原材料名まではっきりと読み取れた。あぁ、これが走馬灯とか、達人の境地とかそういうやつなのかな……。ぼんやりと考える。
ただし体はついていかない。飛んでいくのが見えるだけで、体はピクリとも動かなかった。俺は、美しい軌道を描いてベッドへと飛んでいくカップラーメンを、ただ見ていることしかできなかった。
『その容器の描く放物線は~絶望への架け橋だ~!』
いや何考えてんだ俺! 絶妙なナレーション入れてる場合じゃねぇっつうの!! そんなアホやってる場合じゃねぇよ!!
俺の手から飛び立ったカップめんの容器は、きれいな放物線を描いて、ベッド
の真ん中に、逆さまに着地した。
『10点、9点、9,5点、10点……これは高得点だぁ~!!』
いやだから何考えてんだよ俺!!
おそらく実際には5秒と満たない間の出来事だっただろう……。しかし、俺にとっては、5分間にも10分間にも感じられた。
「……」
じわぁーっとラーメンの汁が敷布団へとしみこんでいく。俺はその様子を黙って見つめていることしかできなかった。
あぁ……世間はクリスマスだって浮かれてる時に俺は何やってんだよ……。
なんだか悲しくなってきた。ベッドではひっくり返ったラーメンが湯気を立てている。コンソメの香りが鼻腔を刺激する。
あぁ、いい匂いだ。腹減ったなぁ……。まぁ、今日のところはでかい容器に盛り付けたってことでこのカップラーメンを麺だけでも……。
「……じゃねぇよ!!」
思わす大声で自分に突っ込みを入れる。目の前の現実から逃げてる場合じゃねぇ! 戦わなきゃ、現実と!!
……とはいえ、この状況でもう一度お湯沸かしてラーメン食うような気力も沸いてこない俺は、ラーメン臭のひどい布団を何とかしたらもう今日は寝ようと決意した。
「とっとと始末して、諦めて寝るぞ!!」
そうだ仕方ねぇ! つらいけど不幸な事故だったと思って、今日なんて日はとっとと終わりにしてしまおう!!
――――ガチャ
そう思って立ち上がった俺の耳に、入り口のドアが開く音が届いた。
「おーい、松田ー! 飯食おうぜー!」
「……あ」
振り向いてみると見覚えのある二人組。
追撃が俺を襲った。