肝試し
信濃大学には、何に使うのかわからない地下通路が存在する。立ち入り禁止のその通路は、いつも怪しい雰囲気を漂わせている……らしい。
らしい、ってだけで俺はよく知らない。だって近づいたことないし。怪しい雰囲気があるなんて噂のところに近づきたいなんて思わないしな。
そんな俺が、件の怪しい雰囲気を漂わせた地下通路の入り口に立っている。現在時刻は25時。午前1時ってやつだ。夏休みも半分を過ぎたくらいの8月の終わり。夜中でもまだまだ暑苦しい盛りだ。この時期にこんな怪しげな場所にやってきた理由といったらただ一つ!
《THE 肝試し》
あぁ、もちろん一人で来たわけじゃない。いつも通り、五島と神城を連れてのパーティ行動だ。
長期休みだっていうのに実家にも帰らず、だらだらと休みを消費していた俺たちは、いよいよ暇を持て余し始めた。そこで色々と迷走した結果、結局『あの例の地下通路でも探検してみようぜ』ってことになった。本当に万策尽きて迷走した結果だ。
ちなみに、その地下通路は入り口に立ち入り禁止の看板がでかでかと掲げられている……が、入り口はなんと施錠されていないらしい。神城がきっちり確認済みだった。なんで確認したし。
「さて、じゃあそろそろ入るか」
看板をすり抜け、神城がドアノブに手をかける。
「せやな、適当に探索して帰ろうや」
自分たちで決めたことだというのに、なぜか気だるそうに同意する五島。
「あぁ、ちゃっちゃと終らせるかぁ~」
まぁ俺も俺で、さほどテンションが高いわけでもない。適当に返答する。
「じゃー、開けるぜー」
―――ギィィィィィィ……
重苦しい音を立てて、開かず(施錠はされていない)の扉は開かれた……。
「っひょおおおおお! 暗えぇぇぇぇぇっ!!」
「うおーーーーーー! 怖えぇぇぇぇぇっ!!」
地下通路に降り立った瞬間、なぜか急にテンションが上がる二人。何なんだよいきなり……さっそく何かに憑依でもされたのか?
「よし、行こうぜ!」
「おう! 肝試しスタートや!!」
二人は大声で声を掛け合うと、全力で通路の奥へと走り出した。
「ひゃっほぉぉぉぉぉう!!」
「いぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
「あ、ちょっと待て! ……って、行っちまったよ……」
なんか人が変わったように走り去っていった二人。
「あのテンションについていけなかった俺がおかしいのか?」
俺は、そんなことをつぶやきながら、勢いよく走って行った二人の後をゆっくりとついて行った。
「何なんだよあいつら、テンションあがりすぎ。全然肝試しにならねぇじゃねぇか……」
ぶつぶつ独り言をつぶやきながら歩く。
「……しっかし、長い通路だな。どこまで続いてんだろ……?」
ライトを前に向けてみても、その光は闇にのまれるばかりだった。もうずいぶん進んできた気がするけど、出口は一向に見えない。
俺の持つ懐中電灯の光以外はすべて闇。先に走り去っていった二人の光もすでにまったく見えなくなっていた。
周囲の様子を今一度確認してみると、さっきまで余裕だった俺の心に、だんだんと湧き上がってくる感情があった……。
「なんか……不安になってきたな……」
静かに呟く。声に出さないと不安が膨れ上がりそうだからだ。さっき大声を上げながら走り去っていた二人も、不安を払拭するためにあんなことをしたんだろうか……?
前を見ると漆黒の闇。右を見ても闇。左を見ても闇。そこにひとりぼっち。自分の状況を確認したら、さらに不安になってきた。
あいつら二人で行っちまうし……俺はどうしたら……。
いや、あいつらは二人でいるしいいよな……俺は一人だし、ここら辺で引き返しても大丈夫だよな。うん、俺を一人でおいてくあいつらが悪いんだ!
「こんなところにいつまでもいられるか!!」
強引に納得して、俺は踵を返した。ちょうどその時だった。
―――――ダッダッダッダッ……
奥のほうから激しい足音が聞こえてきた。
「……あいつら、戻ってきたのか」
うれしくなって振り向いてみると、懐中電灯の光が目に入ってきた。
その光が差し込んできたほうに、俺も懐中電灯を向ける。
「あー、よかった、戻ってきた」
俺の懐中電灯は、はっきりと五島と神城の顔を照らし出した。
「でも……何だあいつら、ずいぶん焦ってないか?」
向こうから走ってくる二人の顔は、ずいぶんと青ざめているように見えた。まさか……。
「まさか……出た……のか……?」
急に血の気が引いていく感覚がした。
まさか、幽霊なんて出てくるわけないだろう。
理性じゃそうは思っていても、あいつらの表情を見ると、否が応でもおびえずにはいられない。
いったい何を見たっていうんだよ!?
そう問いかけようとした俺の耳に、五島の叫び声が聞こえた。
「ヤバい!! セコムだ!!」
俺も、全速力で出口へと駆け出した。