イケメンとの出会い
神城啓輔。俺の前に現れた『アイツら』のうちの一人。こいつはイケメンだ。まぁ中身はゲームオタクでアニメオタクのアホなんだが。
大学じゃ同じ学部で専攻だし、顔を合わせる機会も多かったが、初めはそんなに話すことはなかった。そんな俺たちがどうしてよくつるむようになったのかといえば、きっかけは映画だった。
俺はとある映画を見に、長野市の映画館へと足を運んでいだ。9人の少女たちがアイドルの頂点に立つという夢をかなえるために、過酷なサバイバルバトルへと足を踏み入れていく様子を描いた話題作「ラブサバイブ!」の劇場版だ!
テレビシリーズは、空前の大ヒットを記録し、主題歌は、オリコンランキング一位を獲得したりしていた。
「ラブサバイバー」と呼ばれる熱心なファンたちも多数存在している。なんか経験値とか横取りしていきそうだが、そんなことはない。
そんな大ヒット作の劇場版がついに公開! 都会ではもうずいぶんと前に上映し始めていたけど、ようやく長野県にもやってきたのだった。
俺は映画館につくとチケット販売列に並んだ。窓口は二つあるので、二列に整理されていた。「ラブサバイブ!」はAシネマで上映か……。Bシネマは……「くのいち」? 聞いたことねぇな。
「次の方、どうぞー」
しばらく並んでいると、ようやく俺の番が回ってきた。俺はポケットから颯爽と財布を取り出しながら係員に告げる。
「大人一枚お願いします!」
「……大人一枚お願いします」
……ん? なんだか聞いたことある声がする。そう思って声のした方に顔を向けたのが運の尽きだった……。
輝くほどつやのある漆黒の髪、濁りのない栗色の瞳、すっと通った鼻筋、無駄のないすらっとした長身。道を歩けばだれもが振り向いてしまうような美男子だった。……ってなに男の様子を詳細に解説してんだよ俺、気持ち悪い!
顔を向けた先にいたのは……学科必修の授業でちょっと顔を合わせるくらいのクラスメイトだった。
「あれ、神城……?」
「……ま、松田!?」
神城は随分と驚いたようだ。いや、俺もびっくりしたけどさ、驚きすぎじゃないか?
「あのー、後ろがつかえていますので……」
係員さんに注意されて、入場券を買っている最中だということを思い出した。
そうだそうだ、「ラブサバイブ!」の映画を……って
(あぁぁぁぁっ!)
大変だ! 大変なことになったぞ!
俺はちらちらと隣を確認する。
「……」
目が合った。……やっぱり! 神城は俺がどの映画を見るのか気にしてるようだ。ここで俺が「ラブサバイブ!」のチケットなんて買ってみろ! 月曜日から「うわー……松田うわー……」の毎日だぞ! やべーよ! マジべーよ! アニメが趣味だってわかった瞬間「あー、そういう人なんだ、へー……」ってなるあの空気だよ! やべーって!!
……いや、「ラブサバイブ!」は主題歌がオリコンにも入っちゃうような人気で、一般の人にも少しは認知されてるからあるいは……。ちょっと思ったけど却下だ! 相手は神城だからな! 見た感じ完全にリア充の権化って感じのコイツはそういうことに興味なさそうだし! 部屋に帰ったら今流行りのちょっとおしゃれな音楽とかかけてるタイプだって絶対! やっぱりダメだ! ここで「ラブサバイブ!」のチケットを買うわけにはいかない!
「あのー、後ろがつかえてますので……」
店員さんが急かしてくる。もう迷ってる時間はないみたいだ。
もう仕方ない! ここはあきらめて午後見よう! でもここで列を抜けるのは不自然だからチケットは買おう、Bシネマの!
たしか「くのいち」だろ? きっと爽快アクションとかがあるはずだ! もしかしたら面白いかもしれないし! 時間つぶしも兼ねてみてみよう! そう決めて、俺は早口で注文した。
「……Bシネマのチケットを」
「……Bシネマでお願いします」
隣からも、同じ注文が聞こえた……。
そんなわけで……。
「……」
神城は、じっとスクリーンの方を見つめている。
俺と神城の他に、観客はいない。そんな状態で、知人同士なのに遠くに座るのもどうかと思って、近くに座っている。一個席あけて隣な。何が悲しくてわざわざイケメンの隣とかに座るかよ。
しっかし、随分と不人気な映画のようだな。「くのいち」とか、そんな映画聞いたことないからな、しょうがないな。
まぁ、せっかく金払ったんだし楽しまないと。そう思って、腰を落ち着ける。
劇場が暗くなり、スクリーンだけが明るく、まずはタイトルがバーンと画面上
に映し出された。
『くのいち~秘蜜忍法~』
………………
…………
……
「……は?」
なんだよそのサブタイトル! やっすいエロビデオみたいで怪しさ爆発じゃねぇか!
『私の淫術で……あなたを罠にかける……』
そんなことを言いながらスルリスルリと忍び装束を脱いでいくくのいちさん。ストーリーも何もあったもんじゃねぇ急展開に思わず俺も、
(お、おぉう……これはなかなか……)
……じゃねぇ!
俺一人で見てるんなら、
『ふぅ……ま、そこそこの映画だったんじゃね?』
くらいで賢者になれば済むけど、近くに知り合いがいるんだぞ!
賢者になってどうする!?
っていうか、神城! お前どうしてこんな映画を見に来てんの!?
お前どんな顔でこの映画見てんだよ!?
「……?」
顔を横に向けると、神城も俺と同じようにあっけにとられていた。
いやいや、お前これ見たくて来たんじゃ……って、あ!
(まさか……)
神城の様子を見ていて、思い当たる節があった俺は、チョンチョンとその肩をつつく。
「……ハッ! な、何だ、松田。上映中だぞ」
あ、我に返ったぞ。ってことは、こいつにとってもこの映画は想定外ってことだよな。この様子から確信を深めた俺は、思い切って神城に聞いてみた。
「もしかして……神城も、『ラブサバイブ!』が見たかったのか?」
「……『も』ってことは……松田、お前も……?」
お互いの本当の目的を理解した俺たちは、『くのいち~秘蜜忍法~』の終了を待たずに、映画館を後にした。
ついでなのでこいつには趣味隠すのやめた。