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不機嫌、ズキンと

 喉が渇いた。肩で汗を拭うがさすがに水分を取らなければ倒れてしまう。部活中といっても美術部なので結構自由だったりする。自販機まで行こう、と手にしていた鉛筆を置き数人しかいない美術室をあとにした。

 日が真南に昇ってから2時間あまり。小学校の理科の授業で習ったことでは、温まった地面の熱の関係で今が一番暑い時間なんだっけ。

 通常授業ではなくテスト明けの午前授業になり三門くんたちとの接点をなくした。廊下でも見かけることがなくなった。ケンカしたとかそういうわけではないのだけれど、少しギスギスしているんだと思う。急に話すようになったから、そういっていいのかわからないけど。


 自販機の前で立ちどまり思案する。紙パックにするかペットボトルにするか……。

「あれ?浅沼さん」

 久しぶりに聞く声。振り返ると長谷川くんが立っていた。制服姿だったので少し意外に思う。

「あれ、長谷川くんって運動部じゃないんだ」

「ああ、俺声楽部なんだ」

 そう言われて去年の文化祭を思い出す。意外にも男女の数が同じくらいだったっけ。うちの高校の文化祭は2日間あり、初日に舞台で披露する部を全校生がしっかり見るような仕組みになっている。1年生は後ろの方だったのでよく舞台が見えなかったから、誰が出てるのかはわからなかったけど。

「周ちゃんも声楽部なんだよ〜。部員数は11人なんだけど、じゃんけんに負けてジュース買うのパシらされてるんだよね。結構多いのに俺一人とかひどいよなぁ」

大変だね、と笑うと長谷川くんも笑った。

「浅沼さんは何買うの?」

「うーん……紙パックのフルーツ牛乳にしようかな」

「あ、紙パックいいね。100円のばっかだし。あいつらなんでもいいって言ってたし俺もそうしよ」

そう言って長谷川くんは1100円を自販機に入れた。

「コーヒー牛乳とイチゴミルクと……あとどうしよっかな」

 ガコンガコンと次々購入されていく紙パックたちはかなり重たそうだった。200ミリリットルでも11人分となると……。

「持っていくの手伝おうか?」

そう申し出たが首を横に振られた。

「だいじょーぶ。ありがとね浅沼さん」

「でも途中まで一緒だし半分ーー」

「……じゃあ3本だけ。お願いできるかな」

 押しに負けたのか苦笑しながら3本だけ渡してくれた。声楽部の部室は美術部の真上なので階段まで2人で歩いた。


「なんかこうやって長谷川くんと歩いてたらファンの子に殺されそうだよ」

苦笑いでそう言うと不思議そうな顔で「え、ファンの子?」と聞き返された。まさか気づいてなかったの、と言うと彼は照れ臭そうに笑う。

「ああ、俺は……ここだけの話だけど……生野ひとすじだったりするから……」

「ええ、知奈美?」

驚いて言うとシーって言って口元を押さえられた。

「ご、ごめん……。知奈美と幼なじみなのは知ってたけど彼女あまり意識してなさそうだったから」

 実際私が長谷川くんのことを好きだと思って応援してくるぐらいだし、とはさすがに言えなかったが。

 長谷川くんは肩を落とした。

「だよね……。昔の俺頼りなかったからなあ。生野は俺のこと弟みたいに思ってるらしいし。高校で再会してもそんな感じだったから軽くショックだったよ」

「へえ……ちょっと意外かも」

「転校先で周ちゃんと仲良くなってから兄キャラになった感じかな?今までしっかりしてた人と離れた分俺がしっかりしなきゃって気持ちになったんだよな。全然生野(あいつ)には伝わってないみたいだけど」

 あはは、と諦めたように笑う彼を見て、私は気がついたら声を出していた。

「長谷川くん。その、なんというか……応援してます」

 少し目を丸くした彼はふっと目を細めた。

「ありがとう、浅沼さん。そうだよな、ちゃんと伝えなきゃいけないよな」

「うん、ちゃんと好きってーー」

「哲希?」


 振り返ると三門くんが立っていた。思わず息を飲む。

 永遠にも思えたほんの3秒ほどの静寂。破ったのは少し不機嫌そうな声の三門くんだった。

「……帰りが遅いから運ぶの手伝おうと思って来たんだけど、邪魔だったかな」

「三門くん、ちが」

「ーー俺部室戻ってるから」

「おい、周平。話を聞けよ」

 いつもの呼び方ではなく真剣な声音で長谷川くんが呼び止めるも三門くんはさっさと階段を上って行ってしまった。

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