衝撃、ガツンと
それは確か5月の中頃。席替えをして廊下側になって2日後の時だったと思う。
休み時間になるとトイレに向かう人、購買でおにぎりや飲み物を買いに行く人、そして移動教室の行き帰りの人で廊下は溢れる。ガヤガヤと喋りながら歩く人がたいていで、うるさいなあと最初は思っていた。
けれどもある日ふと廊下を歩く人たちの方を見た時、私は目を奪われた。
明るい髪色のよく笑う男子。隣には少し前髪の重たい眠そうな顔の男子がいた。
見えたのはほんの一瞬で横顔だけだったのにとても印象に残った。
それから何度も何度も廊下に目を向けて、知らず知らずのうちに彼を探している自分がいることに気づいた時は心底驚いた。
「それは恋だよ。絶対一目惚れだよ」
そう友人の生野知奈美が楽しげに言うものだから、そうなのかと思った。恋だなんてしたことがなかったからあまり実感が湧かなかった。
「私、その人のクラスも名前も知らないのに、恋だなんて言えるのかなぁ」
「一目惚れってそういうものだよ。次通った時は教えてね。あたしが顔が広いこと知ってるでしょ?すぐ特定してあげるんだから」
知奈美はそう言ってくれたが、彼女に言うのは少しもったいない気がした。どうせなら自分で彼のことを知りたいという気持ちが強かったんだと思う。
6月に入ると週一回の「総合学習の時間」が今までとは違うものになった。各々が苦手な科目の補習を受ける、というような選択授業になったのだ。
国語、英語、数学、科学基礎のなかで私が選んだのは数学だった。あいにく数学選択者には普段よく話す人たちは誰もいなく、一人指定された教室へ向かった。
「……あっ」
教室にはあの廊下で見た2人がいた。初めて正面から顔を見たが横顔とは少し印象が異なるな、と思った。明るい髪色の男子は非の打ち所がなかった。よく見れば周りの女子の数人ががうっとりと彼を見つめている。きっと彼はモテるのだろう。この人ならモデルになれそうだなと心の中でつぶやいた。
対してもう一人はどこにでもいるような顔つきだった。どちらかといえば薄幸な顔。けれども決してブサイクではない。中の上の一歩手前……なんて失礼な分析をしてしまう。
それにしても、全クラス合同の時間とはいえ少人数クラスにするため各講座2クラスずつに分かれているのに。まさか会えるとは思ってもみなかった。思わず声を出してしまったが気付かれていないようで良かった。
先生が来るまではどう座ったらいいのかわからないので全員が適当に立って待っていた。たぶんクラスごとで出席番号順なのだろう、と思っていたがチャイムが鳴る2分前に来た先生は
「ああ、席は自由でいいよ。できるだけ前から詰めてくれさえすれば」
と言った。教室を見回しても知り合いはいるがすでにグループの子たちで集まっている。仕方がなく後ろの隅のほう、ホームルーム教室とは反対に窓側に座った。
するとあの二人が私の右隣と斜め右前に座ったのだ。心底驚いた。私が先に座ったから別に狙ったわけではない。それでも神様が私に都合のよいように操作したかのように、彼らはすぐそこにいた。
チャイムがなり授業が始まる。教科書と問題集を机の上に出している間に先生は問題を黒板に書き出している。
「……やば」
隣から男性の声だけど少し高めの声が聞こえた。チラリとそちらを見ると隣の席の彼が頭をかいていた。机には筆記具にルーズリーフと教科書だけ。そうか、彼は問題集を忘れたのかと他人事のように頭の中で思う。私が他人事のように思ったのは彼の隣の男子に見せてもらうのだろうと思ったからだ。女子と机をくっつけるなんてしなさそうに思えたからだ。そう自己完結し視線を黒板に向けようとした時ガツンと振動が伝わってきた。
「ねえ。問題集見せてくれない」
彼が机をくっつけてきたのだ。
男子と机をくっつけるなんていつぶりだろう。心臓が変に早くなることに気づかないふりをして私は「いいよ」と言った。単にノーとは言えない空気だったからかも知れないけれど。
しばらくはお互い無言で問題を解いていたが突然彼が沈黙を破った。
「……ねえ、名前なんていうの」
ひそひそ声で私は答える。
「浅沼……浅沼小夜。4組です」
「俺は三門周平。3組。……ちなみに俺の前のやつが長谷川哲希ね」
私としては嬉しいことだがどうして明るい髪色の彼のことも紹介するのだろう。疑問に思ったが口にはしなかった。代わりにどうでもよいことが口を突いて出た。
「今日英単語の小テストあるよね。今回の範囲難しいよね」
三門くんは面倒くさそうに首を振る。
「俺は放課後のテストよりこの授業が終わってすぐの数学の再テストの方が心配」
思ってたよりひそひそ声が大きかったのだろう。先生がこちらをジロッと見てきたのでそれっきり私たちは話さなかった。




