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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
2章 戦いません、勝つまでは
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その3

 マルコムを頼りに草原を抜けると、一行はレンガ造りの可愛い家が立ち並ぶ一画に出た。

 ブドウの絵とボトルの絵が描いた看板が軒先から下がる居酒屋らしき建物もある。

 その店の窓には、一枚だけだが、ステンドグラスでブドウの葉とツル、赤ワインの入ったグラスが描かれており、小さいながらもおしゃれな雰囲気だった。


「町に入ったみたいだな、情報収集も兼ねてそろそろ休憩する?」


 チョッカーンは腹の虫の咆哮を隠すようにそう言った。

 もちろん、情報収集も目的だが、彼の空腹感がこの店に入ることを指示したようだ。

 地元民らしき薄汚れたシャツにズボンの簡単な服装をした人々が、店に出入りしている。

 とりあえずいかがわしい雰囲気は無い。

 扉は開け放してあり、中からにぎやかな笑い声が響いてきた。


「宿を探さないといけないけど、何処を選んでいいかわからない。ここで、店の人にでも聞いてみよう、ちょっと降りてくれるか」


 チョッカーンがマークを背中から降ろす。


「ありがとう、チョッカーン。ねえ、でもここで何か食べたりするときに、お金が要るんじゃないのかな、確か流通ポイントとか言ってたっけ」


「そういえば、あのじいさん、なんかポイントがあるとか言いながらその後の説明は端折(はしょ)りやがったな」


 シャンパンの栓が当たってぶっ倒れたせいかもしれないが、確かにあの白髭の老人、カーロンは彼らの所持金についての話は一つもしていなかった。

 そればかりか、彼らが選んだスキルや、その限界などについても全く説明がなされていない。

 まあ、聞かない方が悪いというスタンスなのかもしれないが。


「ちぇっ、職務怠慢なジジイだぜ」


 チョッカーンが頬を膨らませた。


「マルコムに何か情報がないかなあ」


 居酒屋の壁にもたれながら、マークがマルコムのメニューを起動した。


「ねえ、百科事典クン、このマルコムから得られる情報を教えて」


「マスター、それをお話しすると日が暮れてしまいます。必要な情報を教えてください」


 背中からまた融通の利かない返答が返ってきた。


「お金の事なんだけど、僕らの所持金はどうすればわかるの。どうやって払えばいいの」


「お手持ちのマルコムに能力ポイント、流通ポイントの項目がマネーポイント管理のところにあるはずです」


「おいおい待てよ、このスキルとかパワーとか、所持金とかの単位、エムピーって呼んでたからマジカルポイントだと思っていたけど……」


「MPはマネーポイントの略です。この世界も所詮、現実世界がお手本。マネーポイントが大きくものをいう世界なのです、地獄(ネット)の沙汰も何とやら、ですな」


 チョッカーンの言葉を途中で遮り、百科事典は偉そうに説明した。


「所持金は……と」二人は、お互いのマルコムを見つめる。


 二人の所持金、つまり流通ポイントはマーク2800MP、チョッカーン3200MPであった。


「ねえ、百科事典クン、二人とも使ってないのに減ってるけど」


「先ほどの戦闘でチョッカーンは術を使い、そしてあなたは怪我をされ、二人ともかなりカロリーを消費されましたからな。この世界では、あなたが消費したものはすべてこの所持金のMPから引かれていきます。何もしなくても、カロリーは消費されますから徐々にMPは減っていきますが、睡眠や食事をすることによって、カロリー消費した分は補填(ほてん)され回復します。流通ポイントは戦利品の売却やジョブなどで稼げますが、能力ポイントは敵を倒すしか増やす術はありません。が、先ほど鬼を倒されたのでそこそこ補填はされているはずです。」


 彼らがチェックすると、確かに使い果たしていたはずの能力ポイントは二人とも200MPの値が付いていた。

 ただ、今彼らに必要なのは、食事や医療や宿に使うための流通ポイントの知識だ。


「流通ポイントはどれくらいのMPでどの程度のことができるのか、教えて」


「最新の情報を常に監視するように心がけてはおりますが、なにしろ流通は需要と供給の局所的な違いもあり、商品の扱い手による誤差範囲も大きく、流動的な情報とご了承……」


「もったいぶってないでさっさと教えろよ」


 さきほど話を遮られたチョッカーンが、イライラと今度は百科事典を遮って文句を言う。


「なんですってっ。マスター、私はスキル分のMPをすべてつぎ込んで私を評価してくださったあなたの心意気を恩義に感じ、できるだけ正確にそして有用な知識をお話ししようとしているというのに、この無礼なお連れ様ときたら……」


「バカ、頭でっかちは使えねえんだよ」


「キーーーーっ、胃袋が脳を支配している奴にそんなことを言われる筋合いはありませんっ」


「ちょっと二人とも。仲間じゃないか、落ち着いてくれよ」


 百科事典とチョッカーンの言い合いがヒートアップしそうになったのを慌ててマークが割って入った。


「お金はどうやって使うの?」


「マルコムに向かって必要な金額だけ、例えば『200MP実体化』とか言うと実体化します。それを持ち歩いたり、使ったりしてください。余ったお金は「データー化」と言えばマルコムの中にまた記憶されます」


「音声入力する自分銀行みたいなもんだな」


 チョッカーンがつぶやいた。


「そうとわかれば、まずは腹ごしらえだ」


 ファンファーレのごとく、チョッカーンの腹の虫が鳴いた。






 チョッカーンの肩を借りて、店の中に入ると、女将が出て来て歩く距離が少なくてすむ店の入り口に近い場所に席を作ってくれた。


「いや、いい店だな。さすが俺の勘はするどい」


 チョッカーンは鼻高々で椅子にふんぞり返る。


「ええっと、それじゃメニューメニュー」


 彼は顔をほころばせながら柱に書かれたおすすめメニューを読む。


「煮込み50MP、いいねえ。おっ、季節のキノコ入りのスパゲティ80MP、いいねえ。んっ、とろとろオムライス60MP、いいねえ。スジ肉カレー70MP、いいねえ……」


 チョッカーンは手を挙げて女将に叫ぶ。


「この手書きのおすすめメニュー全部持ってきて」


「えっ」


 女将が驚く。

 が、マークはいつもの見慣れた光景なので驚かない。


「お客さん、うちは大盛りだけど」


「大丈夫、食べ物様と作っていただいた方の労力を無駄にはしない」


 笑顔でうなずくチョッカーン。

 いつも学食では彼が行くとご飯がなくなるので、おおかた皆が食べ終えた12時45分過ぎに来てくれと学食のオバサンから懇願されたという伝説があるくらいだ。

 もちろん、その代り残ったご飯は格安で分けてもらう約束を取り付けているらしいが。


 しばらくして彼らのテーブルには、所狭しとほかほかの料理が並べられた。


「あの妖精どもに聞いたら、ここの食事は食べても別に太らないらしい。ある程度MPに反映されて、後は消えてしまうみたいだ」


 話しながらも、まるで掃除機が口についているかのように食物がチョッカーンに吸い込まれて消えていく。


「うわ、超、超、超、うまいっ。俺、こんなに美味いめしを食ったの初めてだ」


 マークがカレーを半分食べ終わる頃、チョッカーンは次のオーダーを出していた。


「いいなあ、この世界。さすが最新鋭設定、めしのうまさが半端ないぜ。太らないし、健康にも悪くないと来たら、もう食うっきゃないだろう」


 確かに美味しい。だが、これほどに興奮するほどか?

 ふと、マークは味覚設定の時に、美味しいか尋ねるカーロンに対し、妖精に腹を立てていたチョッカーンが物憂げにダメ出しをしていたのを思い出した。

 で、より美味しく感じるように設定されたのだろう。

 同じように、マークの痛覚がとても鈍いのは、彼が毛筆の刺激で転げまわって反応したから、痛みへの感度が落とされたに違いない。


「はああ、やっと落ち着いたぜ」


 テーブルの上は皿皿皿皿皿皿皿皿……。

 チョッカーンは口福に浸るかのように、出てきた紅茶をとろんとした目ですすっている。


「女将さん、ここらへんに宿屋ってある?」


「ああ、あるよ。数件あるけど、どんなのがお好みだい」


 皿を運びながら女将は気さくに応対してくれる。

 いつの間にか、店の中には人がいなくなり、入り口には臨時休業の札がぶら下がっていた。


「連泊すると思うんだけど、清潔で安い店がいいんだ」


「ははは、この村の宿はみな清潔だよ。だけど、安いってなると難しいね。一泊200ポイントはいるかな」


 女将は首を傾げた。


「あ、お勘定だったね。3000MP」


「なあんだ、安いじゃな……、ええっ3000だって」


 チョッカーンがはじかれたように立ち上がる。

 確かに机の上には25枚以上の皿はあるが、一品100ポイント以上するような料理はここには無い。


「これ、払ったらあと200ポイントしか残らない……」


 蒼ざめる辮髪(べんぱつ)男。


「結構食べたけど、でも高いような。すみませんが、お勘定をやり直していただけませんか」


 ぼったくりをするような女将には見えないのだが。

 助けを求めるように、チョッカーンは女将を見つめた。


「あれ、あの娘たち、お連れさんでしょ? あなたの髪にくっついて入ってきて、お勘定はここでって言われたけど」


 女将が二人の背後のテーブルを指さす。

 チョッカーンが振り返ると……。


「ご主人様、久しぶりに美味しい料理をいただいているですう」


 口の周りを真っ黒にしたア・カーンがキャビアと思しき黒い粒が山盛りになった銀のスプーンを持っている。


「うまいぜ旦那。肉食系には、これがたまんないんだよ」


 バ・カーンは多分フォアグラだろう薄茶色の切れ端が乗ったステーキにかぶりついている。


「有名なので頼みましたが、何処が美味しいのか良くわかりません~~~」


 なんと。

 コリャイ・カーンが手に持っているのはトリュフの塊。

 スライスした円盤状の物にかじりつきながら、彼女は渋面を作る。


「おごりの時に試して良かった~」


「何がおごりじゃあ。お前ら、ゆるさあああああああああああああんっ」


 お客のいない店に、辮髪男の怒号が響きわたった。


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