エピローグ
二学期もあと数日で終わりを告げる。
華やかな笑い声を上げながら、帰途につく女子生徒達とは違って、篠原誠と後藤勘助は相変わらず二人で道の端っこをぼそぼそと話しながら歩いていた。
「それにしても調子いいなあ、誠。どうかしちゃったんかい?」
勘助は首を傾げながら、親友に素直に疑問をぶつける。
「別に、どうしたってこともないし、勉強方法も変えてないんだけど。なんか応用問題調子いいんだ。今までは問題見た時に、自分は解けないんじゃないかって不安が強くてパニクってばっかりだったけど、最近は大丈夫解ける、って感覚になるんだ。不思議と……」
「確かに最近のお前見てると、自信ができてるって感じるよ。多分クラスの奴らも俺と同じように感じてるんじゃないかな、奴らこのごろお前に一目置いてるし」
「そ、そうかな」
誠は首を傾げながら、額に皺を寄せる。でも、そのしかめっ面の下にはかすかにはにかんだような笑みが浮かんでいる。
「ま、お前の本当の力が目覚めたってとこかな、遅すぎって気もするけどさ。それにしても二学期の期末、高柳を抜いて一番てのはすごいじゃないか」
「高柳君、なんだか家が大変みたいだからそのせいかもね」
「でも、アイツ以前より協調性が出て来て、付き合いやすくなったぜ。家を出て下宿してるらしいし。会社が潰れて、なんかオヤジと兄貴が記憶喪失になって入院したりして、いろいろ揉まれたのかもしれないな。ま、付き合ってみればなかなかいい奴だよ」
誠は、勘助の言葉に大きくうなずいた。
あの夏の日、どうしたことか深夜に記憶の無いままゲームセンターから帰宅した彼らだが、ほどなく「囚われの姫君」を供給していたゲーム会社はあっけなく潰れてしまった。
高校は彼らがプレイしていた事実を把握しているのかもしれないが、確たる証拠を掴んでいないのか、それとも学校が逆らえないような筋から事を表ざたにするなと指導が来たのか、いずれにせよ特に問題にはされず、ホームルームの話題にすら上がらなかった。
噂では、驚いたことに高柳は血は繋がっていないもののあのゲーム会社の創業者の一族だったらしい。誠達に詳細は良くはわからないが。再起不能になった家族や倒産の余波を受けているらしく、二学期に入ってから高柳の派手な素行はなりを潜め、地味で随分と丸くなっていた。
妙なことに、最近はマーク達とよくつるんで行動している。
「僕たちどうして、ゲーセンに居たのかなあ。本当にあのゲームしてたんだろうか」
「さあ? 俺『囚われの姫君』をプレイした記憶がまったくないんだよ。でも、ゲーセンの記録だとあのゲームをしていたことになってるんだよな、ううむ謎だ」
一時的にしろ記憶がなくなるようなずさんな管理をしているから事故が起こって潰れるんだよ、と勘助が息巻いた。
「でも、あれからなんだか、僕変わった気がするんだ。もしかしたら、あそこで素敵な冒険をしていたのかもしれないね。今、僕はすごく人工知能に興味が沸いているんだ。将来は安全な、でも皆がワクワクするようなゲームとか作ってみたいなあ」
「お前から将来の話を聞くのは初めてだよ、しかもゲーセンに縁が無かったお前がゲームを作るだとぉ」
勘助がびっくりした顔で親友を見返す。
「まあ、お前ならやり遂げられるさ。もし将来お前がその道で成功したら、仮想空間で俺に飯を沢山喰わせて、美人のお姉ちゃんと素敵な恋をさせてくれよ」
そこで、急に勘助が何かを思い出したように歩みを止めた。
「そういえば、怪奇現象の話をしたっけ?」
「え?」
「この前の俺の誕生日の日から、PCのスクリーンセーバーが急に変わっちゃってさ。赤と青と黄色のバレリーナみたいな服を着た妖精が飛び回るんだよ。悪戯好きで、デスクトップの配置を変えたり、アプリ隠してしまったりするんだ。ウィルス駆除ソフトにも引っ掛かんないし、最初は何かの誕生日サービスかと思ってオンライン探してみてもそんなサービスないし」
「変なウィルスかもしれないよ、なんとかしなきゃ」マークが眉をひそめる。
「でもなあ、悪戯するけど憎めない奴らなんだ。ただ、どうもどこかで見たことがあるような気がするんだよ」
「それは、ア・カーン、バ・カーン、コリャイ・カーンだわ」
後ろから音も無く忍び寄ってきた人影が、二人の肩に手をかけて微笑んだ。
「美月さん、あの妖精三人組知ってるの?」
びっくりした顔で聞き返す勘助。
「うん、悪戯をするけどけっして悪意を持つ妖精ではないわよ。あなたが大好きで追ってきたのね」
「それって、流行ってるの?」
「ううん、きっとあなただけにインフィニティからの粋なプレゼント」
「インフィニティ?」
二人とも怪訝な顔で優理を見返す。
「どこかで聞いた気もするなあ」勘助が首を傾げる。「まあ、いいや。危ないソフトじゃないんなら」
「本当に、覚えてないのね」
ちょっとさみしそうに溜息をつく優理。
「あたしだけなのかあ」
彼女の中には、かすかにゲーム中の記憶が残っている。
分裂していたから、さすがのインフィニティにも完全に彼女の記憶をコントロールしきれなかったのであろうか。それとも、もしかするとインフィニティの親心であろうか。
なぜなら、彼女はちょっぴりマークが好きになっていたから。
「冬だねえ」
雪の気配がする曇り空を見上げて勘助がつぶやく。
「来年は、3年生よ。恋をする暇もないわ。だから、ね、今から映画でも見に行かない?」
優理は誠の方に微笑みかける。
「残念だけど、帰って勉強しなきゃ、勉強。だって、僕の将来の夢をかなえてくれるような大学に絶対受かりたいからね。もちろん、来期も高柳君には負けたくないし」
誠は鼻息荒く、両腕を天に突き上げ吠えるように叫んだ。
「人生は勉強だああああ」
「やっぱ、お前変わってない」
勘助の一言に笑い出す二人。
三人は一塊となって、急に降り出した雪の中に消えていく。
はらはらと舞う、白い牡丹雪
それは未来に向かう三人に、空の彼方から贈られる祝福の花吹雪のようだった。
了
読んでいただき本当にありがとうございました。感謝します。鳥野 新