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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
第12章 これでお別れ……なんて大間違い!
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その5

「さあ、行こう。呼びかけの塔に」


 親友の嗚咽が途切れたのを見て、マークがおずおずと声をかける。

 マークの眼も赤いことに気が付いたチョッカーンは、黙ってうなずいた。


「その前にあなた達、ポイントのチェックをしてはどうかしら」


 もしかしたら、正規のゲームキャラクターを倒しているのでポイントが付いているのではないか、という優理の提案に彼らはマルコムを取り出す。

 果たして、彼らには能力ポイントが加算されていた。しかし、今一番欲しい流通ポイントは無く、能力ポイントしか付与されていない。サソリは強敵のくせしてドロップアイテムは無い様だ。この辺が、プレイヤーに対戦相手として忌避される一つの理由でもあるのだろう。


 マーク能力ポイント2000、流通ポイント1010

 チョッカーン能力ポイント2000、流通ポイント5140


 案の定、度重なる戦闘で彼らの流通ポイントはかなり低下していた。


「巻物クン、カローンがリバースルームから追い出されたあとでも、能力ポイントの交換はできるの?」


「インフィニティの管理下ですから、カローンでなくても可能です。簡単なものはマルコムからもできますから音声入力してください。可否のみ答えが返ってくるはずです」


「マルコム、能力ポイントの変換をして」


「画面のメニューからお選びください。しかしここからは、複雑なオーダーメイドは承れませんのでご了承ください」


 マルコムから無機質な返事が返ってくる。


「カローンはうるさいジジイだったけど、希望も聞いてくれたし、おまけに助言とかしてくれて重宝だったよな」


「生きている人を過去形にするのは止めた方がいいわよ、チョッカーン」


 この突っ込みの感じ、なんとなくローエングリンだよな、とチョッカーンはちらりと優理を見る、もちろんそこに彼の人の姿は無かったが。


「俺はこの2000をすべてまたキャプスレートにつぎ込むぞ。ええと、キャプスレート発動を誰にも探知されないような機能を付けてくれ、できるか?」


「可能です」マルコムはそっけなく答える。


「ぼ、僕は……」


 マークが口ごもる。


「能力ポイント2000で長い剣を。初心者でも扱えるような奴で……」


「新しい能力ですね、アクセプトしました。性能を規定するための流通ポイントはいくら入れますか、200でそこそこ使える設定になります。もちろん5000ぐらいつぎ込むとパワーも最強レベルになりますが」


「そこまでポイントが無いから、ええと、流通ポイントは500ぐらいに」


「お前、いったいどうした風の吹き回しなんだ」


 親友にびっくりした目を向けるチョッカーン。


「今まで、君たちにばかり戦わせて本当に、ごめん。これからは僕も戦うよ」


「っていうか、お前が戦う時点ですでに終わってるよな」


 チョッカーンが眉をひそめた。






 戦場では、鱗翅王側が無限兵を投入したことで敵兵の勢いが一気に上がっていた。もちろん兵力は断然相手が上回っている。一時は城の外までも占拠していた味方は、どんどん青い光の粒となって消えていき、敵はいまや城内に突入し始めていた。船に向かった決死隊、八人衆からの連絡はまだない。

 キャプスレートで作った空中トンネルを伝い、呼びかけの塔に付いた彼らは味方の余りの劣勢に息を飲んだ。今や敵兵は雪崩を打って呼びかけの塔に向かって突進してきている。クラスメートの鈴木たちにもマルコムが通じなくなっていた。


「アイツら、やられたのかもしれないな……」


 チョッカーンが悔しそうにつぶやいた。


 今や、城郭の中は青と黄色の光でまばゆく光っている。しかし、徐々に味方がやられる青い光が塔を照らす頻度が高くなってきた。

 徐々に空が掻き曇りあたりが暗くなってきている。

 突然、大地を震わす爆音が轟き、四人は大きな揺れに立っていることができず、床に座り込んだ。

 同時に地響きと悲鳴が戦場から湧き上った。

 皆が手すりの脇に駆け寄って眼下を覗き込むと、今まで激しい戦いが繰り広げられていた城郭内の戦場から、味方の軍勢が塔に吸い込まれるように逃げ込んでくる光景が広がっていた。

 敵軍に追われるようにして味方の軍勢が逃げてくる背後に、ひときわ黒く厚い雲がたなびいていた。

 再び稲妻が炸裂し、塔の上の四人は再びよろめいて床に倒れ伏す。妖気漂う黒雲から落ちる、というより発射されている雷のような光の帯は地上に炸裂し、容赦なく反乱軍の群れを攻撃していた。


「見ろ」


 高柳が指をさすその方向に、稲光に照らし出されて、黒雲の中に大きな帆船が空間に浮かんでいるのが映し出された。綿を集めたような黒雲はどんどん広がり、雲の中のそこかしこでエネルギーが有り余るかの如く稲光が光っている。

 それは、あの鱗翅王の黒い帆船。王宮が姿を変えたあの船に違いなかった。

 帆船は少し傾いだかと思うと横並びの砲塔が唸りを上げ、反乱軍を薙ぎ払った。地面は青色の光とともに膨れ上がり、まるで天に向かって吸い込まれて行くがごとく、土砂が勢いよく噴出した。そこにいた敵も味方も一瞬にして姿を消して、あたりは焦土と化している。

 超人的な視力を得たマークの瞳にはその(へさき)に立っている、豆粒のような人影が見えていた。

 その人影に照準を合わせ、拡大する。

 そこにいたのは、高柳の義父と義兄、すなわち王宮で会った鱗翅王と鱗翅伯爵だった。

 彼らは冷たい目の中に怒りを燃えたぎらせて、視線を向けるマークの方をじっと睨み返している。

 船の底が開き下に向かう砲塔が突出する。鱗翅伯爵が杖を振り上げると、そこに黒雲から細い稲妻が集まり杖の先が光り輝いた。杖を振り下ろすと、船の底の砲塔から地上に光の柱が直撃する。そのたびに大地が掘り返されるように噴き上がり、放射状の亀裂が網目のように走った。


「おい、お前ら無事か」


 マルコムからカローンの声がする。しかし、画像は出てこない。


「わしは、瓦礫に埋もれていた王宮の地下にある制御室にもぐりこんで居る。船にこの世界に関する制御機能は移されているので、もうここで制御はできないが、それでもここに残されたさまざまな材料で少々の悪戯ぐらいはできるじゃろう。爆撃が近い。もう、お前らと会うことも無いかもしれないが……」


 会話の後ろに爆音が入り、そこで通信は途切れた。


「カローンっ」


 チョッカーンとマークが絶叫する。

 カローンによれば、鱗翅王は塔にあったこの世界の制御機能をすべて船に移し替えたらしい。確かに今の攻撃を見る限り、彼らは無限に近い恐ろしいパワーを持っているようだ。


「マーク、姫様は無事かっ」


 マルコムから、オロチの画像が浮かび上がった。銀色の髪がかぜに弄られて逆立っている。時々髪は稲妻の光を反射して黄金色に輝いた。彼はどうやら船べりにしがみ付いているらしい。


「姫様は救出した、ここには姫、チョッカーン、高柳という僕らのクラスメート、そして僕の四人だ。そしてローエングリンは……本来の場所に還った」


 最後の一言を言った瞬間、マークの心に底知れない寂しさが蘇える。


「この船の警備が厳しく、装甲も頑丈でなかなか内部に突入できない。少々の爆薬では効かないようだ。なんとかこの船を外から破壊することはできないか」


 再び、爆音がしてマルコムの画像が大きく揺れた。船は反乱軍を追い、あたりに穴を穿(うが)ちながら塔に近づいている。塔の上から見ると、穴はかなりの深さに達しているようだ。

 マークの視線は船の底にある大きな砲塔を見つめていた。チョッカーンは、その視線に気が付き、親友の肩に手を置く。勘のいい彼にはマークが何を考えているのかわかっていた。


「俺、思うんだが、あの大きな砲塔が火を噴く寸前にキャプスレートで塞ぐってのはどうだろう。そうすれば、内部で爆発とかしないかな」


 びくっ、とマークがチョッカーンを見る。


「もう、仮死状態の無い俺の流通ポイントを心配してくれているんだろ。俺もむざむざ冥界には落ちたくないし、大丈夫だ、それくらいセーブできるよ」


 白い歯を見せて笑いながらチョッカーンはうなずいた。


「オロチ、聞いたとおりだ、船から離れてくれ……」


 マークの声にはまだ迷いが残っている。


「了解」


 小さい影たちがまるで蚤のように跳ねながら、一斉に船から離れた。

 その時、いきなり船底から砲塔が伸び、その影を追う。


「キャプスレート」


 しゃもじが振り下ろされる。と、同時に砲塔が火を噴いた。

 塞がれた砲塔の下部に光の玉が膨らんだ。

 だが、四人の表情が凍りつく。

 膨らんだ火の玉の下部が破れ、光の柱が轟音と共に地面に突き刺さったのである。

 小鬼の一人がはじけ飛んで、光に飲み込まれる。


「八重……」


 最後に少女の見開いた眼がマークの視界に飛び込んできた。今となっては、ずば抜けた視力が恨めしい。


「いや、僕は目を逸らしたりしない。僕らの戦いから……」


 彼は拳を握りしめた。

 隣で事態を察したチョッカーンは真っ青な顔になる。


「俺のせいだ、俺が全力を出し渋ったから、八重が死んでしまった。スキルに能力ポイントを追加したから大丈夫だと過信していたせいだ……」


「違う、鱗翅王達はこの世界でほぼ無限の力を持っている。僕らがこういう作戦に出ることは、すでに見通していて事前にキャプスレートでは遮断できないほどのパワーがでるような設定にしていたんだろう。安直な作戦を選んで、奴の裏をかけなかった僕のせいだ」


 マークの言葉にも、チョッカーンはうつろな目で首を振るばかり。マークはチラリと優理を見る。彼女は後ろから彼の両肩に手を置いた。


「チョッカーン、八重を復活させるためには何としてもアイツらを打倒(うちたお)さなければ。今は落ち込んでいる暇はないわ」


 優理の言葉にうなずくも、彼の表情は暗く固まったままだった。


「マーク、どうすればいい。無限兵がそちらに突入するのも時間の問題だ。なんとしても、この船をぶっ壊したい」


 オロチの叫びがマルコムから響く。マークは高柳を振り返った。


「頼む、知恵を貸してくれ。船の弱点を何か思いつかないか……」


 目を閉じて暫く沈黙していた高柳だが、おもむろに口を開く。


「奴らと言えども完全に万能ではない。インフィニティの目をかいくぐってこの世界に不正プログラムを付加する時にはいろいろな制限がある。たとえば、船の防御プログラムだが、考えうる船への攻撃をいちいち入力して、無効という設定をしていかなければならない。あくまで予想だがスキルのメニューにあるような攻撃は皆、ダメージはあるだろうが致命傷は与えられないような設定になっているだろう。しかし……」


 高柳は、急に開眼した。


「予想もしない新しい方法での攻撃ができれば、奴らを破れるかもしれない。残念ながらその方法は私には思いつかない。だが、創造主の息子の君であれば……」


 君にできるか、マーク・チート。

 高柳の挑むような視線はまっすぐにマークに向けられている。

 わからない、で投げ出すのは簡単だ。マークは心の中でつぶやく。

 考えることを放棄していた今までの自分であればそうしていただろう。

 でも。

 ――応用力が無いだって? もっと自分を信頼してやれ。

 心の底で、ローエングリンとチョッカーンの声がする。

 もう、逃げない。

 マークは黙って頷いた。


「マーク、私は八重の事を悔やんではいない。インフィニティにさえアクセスできれば、彼女は復活できる。だから、思考停止には陥らないでくれ」


 マルコムからダイアの声がした。しかし、横から泣きじゃくる女性の声がする、きっと八重を亡くした葉月のものだろう。

 マークの眼には、光の帯を避けながら船を追いかける八人衆の姿が見える。彼らは巨大な船に対し、まるで蚤のように見えた。

 戦うには絶望的にちっぽけすぎる小さな蚤たち。

 彼らは的を絞らせないように、そこかしこに大きくジャンプして、挑発するかのように、時折船を攻撃した。うるさい虫にしびれを切らすかのように次々と繰り出される光弾は、彼らの素早い動きにいたずらに地面に無数の穴と亀裂を作って行くばかりである。


「敵が来ました、お逃げください、マーク・チート」


 深手を負った味方の兵士が叫びとともに最上階によろめきながら飛び込んできた。同時に入り口から剣を切り結ぶ激しい音と青い光のスパークが起こる。マーク達が振り向くと鱗翅王軍の兵士たちが、なだれ込んできた。


「ちっ、無限兵の奴らここまで来やがったか。私に任せろ」


 高柳が叫ぶと、入り口の兵を一瞬にしてなで斬りした。


「お前らは来るな、こんな雑魚私一人で充分だ」


 助けに向かったチョッカーンに向かって黒装束の騎士が目を吊り上げて叫ぶ。


「チョッカーン、お前はポイントを温存しろ。美月さんを頼む」


 美月の物言いたげな視線に気が付いたのか、高柳はにやりと笑みを浮かべた。


「美月さん、惚れるならこのリアル高柳でどうぞ」


 軽くウィンクすると彼は入り口に向いて仁王立ちになる。

 防御に当たっていた反乱軍の兵士を殲滅したのだろう、無限兵が次々に飛び込んで来た。個々の兵の能力はそれほど高くないと見え、敵兵は高柳の華麗な剣さばきで一瞬のうちに黄金色の光となって蒸発していく。

 幸いなことに最上階への入り口は狭く、敵兵は一人一人しか塔の上にはあがってこれない。高柳は必要最小限の運動量で着実に兵を倒していく。だが、それは尽きることなく繰り返された。


「あの船を壊せば無限兵は消える。マーク、あとは頼んだぞ」


 高柳の叫びに、我に返ったかのように、マークは戦場に目を戻した。

 八人衆は砲塔から放たれる光弾のエネルギーを消耗させるため、かく乱するような動きをしているのだろう。しかし鱗翅王達のパワーは全く尽きる兆候を見せない。今や彼らはインフィニティにも匹敵する無限のパワーを操れる存在になっているようだ。


「負けるもんか、僕だって、マーク・チートの異名を持っているんだ」


 マークはうめいた。

 あのパワーを逆手にとって、何か。

 何か、アイツらがあらかじめ防御を思いつかないような、攻撃を考えないと……。

 ゆらゆらと揺れていた塔だが、いきなりぐらりと揺れると斜めに傾いだ。

 繰り返される強い衝撃で、塔の立っている地盤も脆弱になっているようだ。彼らに残されている時間は多いとは言えなかった。


「葉月がやられた」


 マルコムに現れたオロチが叫ぶ。彼は焦りを隠せない顔でマークに話しかけた。


「パワーに衰えが無い。奴ら限りない力を持っている。このままではじり貧だ。マーク、どうすればいい。我々にはもう……」


 マークはじっと稲妻が猛威を振るう光景を凝視していた。

 あたりからはもうもうと土煙が上がっている、それはまるで、冬の浴槽に立ち込める湯気のような。

 そう言えば、チョッカーンは現実に戻れたら、温泉に行きたいと言ってた……。

 ふと、マークの頭に戦場とはあまりにも場違いな光景、シャワーから立ち上る湯気が浮かんできた。

 なぜ、こんな時に。

 慌てて、雑念を振り払おうとしたマークだが、何だか頭にひっかかるものがある。彼はそっとその思考の緒を手繰り寄せる。

 湯気。

 あの宿屋での女将との会話。


「この店のシャワーは温かいんだね。沸かしているの?」

「ええ、湯を沸かすなんてタダみたいなものだからね」


 もしかしてマグマに茹でられた熱水か? この一帯にマグマがあるのかもしれない。

 そう言えば父親の蔵書として残してある本の中に、古ぼけた地質学の本もあった。きっとこの世界は地下の設定もしているはずだ。


「巻物クン」


「お呼びを待っておりました、マーク様」


 武者震いのように背中の巻物がぶるぶるとする感触が伝わってくる。


「あの爆撃が作る穴の深さを」


「調査したところ、1回につき約400メートルまで達しています」


 すでにデーターを用意していたのか、百科事典はすらすらと答える。


「ここらへんに、火山はない? 地表に近いマグマの流れは?」


「火山やマグマだまりはありません。マグマが存在するのは100kmより深部になります」


 利用するのは無理か……。マークは肩を落とす。

 しかし、彼の脳はあきらめることなく次の手を探索し始めた。

 地底に何か、他に攻撃力となるものが……。


「あ……」


 マークはふと歴史の授業の時の脱線を思い出した。中国、三国時代のころの話だったろうか。


「3世紀といってバカにするなよ、すでに天然ガスが使われていたという記載もあるんだ」


 そういえば竹みたいな植物の筒をつないだ配管があったという話もそのとき聞いた覚えがある。

 あの旅館で見た筒はもしや、天然ガスの配管だったのではないだろうか。


「巻物クン、この城の周囲に天然ガスの層は無い?」


「うっ、レアデーターですな、しばしお待ちを」


 予想もしていない質問だったのか巻物は沈黙した。


「い、急いでよ」


 突然の揺らぎのために、マークは吹っ飛んだ。


「大丈夫? 美月さん」


 青い顔をしながらも気丈に手すりにつかまって優理がうなずく。

 ずば抜けた運動神経を持つローエングリンが内包されているのだ、生半可なことで彼女がやられるはずがない。


「マスター、あります。一番浅い所で2000メートル下に天然ガスの層があります。それもこの城内に」


「本当か?」


「塔周囲の画像に合わせて、マルコムに投影します」


 マークたちと、八人衆はマルコムに映し出された天然ガスの層の広がりを見る。

 それはまさに今、帆船が浮かんでいるところの近くであった。

 ここに穴を穿(うが)てば。

 しかし、少なからず犠牲が出るのは、確実である。

 マークは唇を噛んだまま、次の言葉を発せない。


「5回同じ場所にあの雷を落とせばいいってことだな、マーク」


 オロチは巻物とマークの会話を聞いてすべてを悟っているようだ。


「オロチ……みんな……」


 鱗翅伯爵の杖から出る稲妻で大地に穴を掘らせるためには、彼らが囮になって誘導しなくてはならない。

 涙声のマークに、マルコムの中のオロチは微笑んだ。


「一緒に冒険できて楽しかったぜ。なあに、万が一私達に何かあっても、お前さんさえがんばって御大を呼び出してくれればいつでも再生して戻って来れるから。だから死ぬことなんて怖くないんだぜ」


 嘘だ。

 死ぬことに恐怖が無ければ、仲間の死を伝える時あんなに悲痛な顔はしない。


「絶対にまた……、会おう」


 オロチはマークの言葉に黙ってうなずく。

 穴だらけの荒野には兵士の気配はない。冷酷な創造主は、大量生産の兵士キャラなどただのプログラミング言語の羅列だと割り切っているのか、味方の兵士まで無造作に稲妻で蒸発させていた。

 大きなバズーカを操るペリドットが、船の横腹を攻撃する。

 黒い船が大きく揺れた。

 間髪入れず、ペリドットが居た場所に閃光が走り爆発する。

 船の下の砲塔を使わせようと、船の下に潜り込み追いかけっこをする子鬼のように軽やかに逃げる小さな黒い影。

 怒りをあらわにするように震えながら小鬼に向かって、舳が大きく旋回する。

 小鬼はぴょんぴょん、バカにするように船を挑発した。

 小鬼の数がどんどん増えて、時々船のどてっぱらに火器で打撃を与えていく。

 蚤にたかられてうるさがる獣のように、軍艦は旋回や前進、後退を繰り返しながら狂ったように光の帯を繰り出し始めた。

 しかし、小鬼達の動きはきれいに統制が取れていて、実は光の帯はきれいに一点に集中していた。それは、マルコムが示す天然ガスの層が一番浅い位置。

 地上は土ぼこりや煙で視界が極めて不良になっていた。鱗翅王達は船の上からの攻撃のため、その穴の存在を気にも留めてないようだ。

 あと2回。2回稲妻があの穴に命中すれば。

 マークの横にいつしか優理が立ち、そっと彼の左腕を握っている。

 小刻みに震える彼女の手にマークはそっと右手を乗せた。

 心配ない、とはとても言えない。次は自分達に光弾が飛んでくるかもしれない。塔の中に無限兵が突入してくるのも時間の問題だ。

そんな状況の中で、それはマークが彼女に対してできる、唯一の行動だった。

 船が航路を変える。

 同じ場所にとどまっているのが変だと気が付いたらしい。そのまま塔に突っ込みそうな勢いで向かってきた。

 船に向かって飛び込むダイア。鬼神の形相を浮かべた彼は、跳躍すると船の横に躍り出た。

 ダイアの背に背負われているのは、オキシジェン。

 オキシジェンは手に持った杖を振り下ろす。

 敵の船の横に付いていた砲塔が追尾し、そこから発射された光が彼らを襲った。

 高濃度の酸素のためだろうか、光の帯が襲った場所で激しい爆発が起こり、今度は逆に舳に炎が走った。

 衝撃で塔に向かっていた船が後退する。


「ダイア、先生……」


 ローエングリンを助けてくれたダイア。そして足を治してくれた恩人の最後を目の当たりにして、マークは額に皺を寄せる。


「もういい、もう止めて、私はこの世界の暗闇の中に閉じ込められて朽ち果ててもいい。もういいから」


 マークが泣き叫ぶ優理の方を向いて、両腕を掴む。それでも優理の動揺は収まらない。

 彼は姫を抱き寄せた。

 細い肩の揺れは彼の腕の中で次第に収まっていく。


「取り乱すな。ここで止めても、彼らの命は戻らない。最後まで望みを捨てるな」


 マークの真剣な顔に優理はうなずいた。


「それに、もう僕らだけの問題じゃない。奴らが勝利すれば、いつかインフィニティは陥落する」


 陥落すれば、快感中枢を支配されたまるでロボットの様な人間たちが量産され、現実世界で争いに利用されることは想像に難くない。

 なんとか、それだけは止めないと。

 マークは優理を離すと、手すりから身を乗り出すようにして戦況を確認した。

 船の周りで挑発する影は、半分となった。ペリドット、オロチ、スターアニス、オクト。

 オクトが四本の腕からマシンガンのようにすごいスピードで大きな岩の塊が放たれる。船を破壊するには至らないが、それでも空中の船がかすかに揺れるくらいの効果はあった。

 燃え上がる舳から撤退した鱗翅王達は船室に降りたのか姿が見えない。しかし、船は岩石の軌跡から割り出したのか、オクトの真上に位置を取った。

船底から急に発射された光が無造作にオクトを一瞬で貫いた。

 オクトは、例の穴の上に四本の触手を渡して立っていた。にやりと笑うと、武器屋の親父は消え去った。


「あと、1回」


 マークの唇は、噛みしめた歯によって切れて血が流れている。

 仲間の死は、自らが切られるよりも痛い。

 ペリドットが跳躍しながら三本の鉤爪の付いた自分よりも大きな鉤縄をぶんぶんと振り回して、船の船べりに叩き付けた。がしり、と食い込む鋭利な鉤爪。

そのまま彼女は肩に巻き付けた縄の端っこを持って空中で勢いをつけて手に持った綱とともに穴に飛び込んだ。ペリドットは痩せこけた姿に似合わず、力は八人衆の中で最強を誇る。でこぼこのある穴の中、どこかを足場にして思い切り引っ張ったのであろう、船は一瞬大きく揺らいだ。

 しかし、帆船は大きく体をしならせると、穴とは反対の方向に動き出した。

 紐の端っこを身体に括りつけて、穴から引きずり出されるペリドット。

「そうはさせるか」

 オロチ、スターアニスも紐の端っこに飛びついて穴の方に引きずりよせる。

 今度は船がじりじりと穴に近づいて来た。

 3人は穴の中に消えていく。

 彼らを追って光の帯が走った。


「5回目だっ」


 しかし、彼らが命を賭したにも関わらず期待した現象は起こらなかった。


「天然ガスの層に達しているはずなのに……、どうしてだ巻物っ」


 荒ぶるマークを冷まさんとばかり、冷静な声が返事をする。


「きっと、ぎりぎりのところまでには来ているでしょう。ただ、すべての砲撃が地面に垂直とは限らないので、あともう少しだけ天然ガスの層に到達していないのだと思います」


「まっすぐに行ってないのか……」


 うつろな目をして立ちすくんでいたチョッカーンの瞳に光が戻った。

 しかし。もう、頼りになる八人衆はいない。

 入り口の高柳も、尽きることのない兵士との戦いに肩が大きく揺れ始めている。明らかに限界が近づいているのが見て取れた。

 マークは絶望的な思いで黒い船を見つめる。

 その時。

 暗闇の中、帆船のマストが燃え上がった。そして次々と火が回っていく。

 マークの目が大きく見開かれた。

 アラジンを彷彿とさせるランプで、うれしそうに火をつけて回るチュチュを着た3人娘。

 妖精たちが飛び回りながらマストに炎の花を咲かせている。

 バランスを崩す帆船。

 しかし、あの船が単なるランプで燃えるとは考えにくい。彼女たちのランプの中身はなにか特殊な調合がされているのではないか。マークはじっ、とランプを見つめる。

 彼女たちが持つ、ランプには「C」の文字が。


「カローンの悪戯……か」


 マークの脳裏に浮かび上がった白髭の老人は静かにチョキの形にした右手の人差し指と中指を額の前で交差した。

 グッドラックのサインを出すとすぐその姿は消えて行く。

 三人娘たちは、まるで巨大なクジラをからかう小魚のようにぶんぶんと船の下を飛び回った。そのたびに船には火花が上がり、かすかだが船体が揺れている。

 八人衆が居なくなり、後は雑魚とばかり相手をしていなかった船も、彼女たちの挑発があまりにも執拗であるため、だんだん苛立ってきたらしい。

 船の底から、光の帯がまた次々と発射され始めた。

 妖精達はあざ笑うかのように散会しては、集まり、また船の周りをバラバラに旋回し光の帯がそれを追いかける。

 チョッカーンはずっとそれを凝視していた。彼はそっと仲間たちの後ろへ下がり、静かにつぶやいた。


「美月さん、君のことをずっと好きだった。でも、俺思ったんだ。君とは、ええと、恋人というよりもいつまでも、友達でいたいってね」


 優理の目がまるくなり、辮髪のクラスメートの方を振り向く。そして光弾に照らし出されるチョッカーンのいつにない真剣な表情を見て、怪訝そうに眉をひそめた。


「そしてもう一人の美月さん、いやローエングリン。お前とケンカしていた時が一番楽しかった。現実に戻れたら、いつまでも友達(だち)で居てくれ」


 急に、独り言の様な小声になるチョッカーン。


「で、でも、男と思っていたから、言えなかったけど……いちどくらい、その桜色の唇でキスされてみたかったよ」


 つぶやきの最後は吹き付ける風の中に消えていく。


「美月さん。マークと、幸せに……」

 

 その言葉の後、チョッカーンは静かにしゃもじを振り上げた。

 彼の目は吊り上り、気を窺う獣のように研ぎ澄まされた闘気が立ち上っていた。 顔は苦痛で歪み、額からだらだらと汗が流れ落ちている。彼らの後ろに下がったのはこの姿を仲間に見せたくなかったからかもしれない。






 それは、唐突に起こった。

 光の帯が走った瞬間、急に未だかってないほどの細い帯になり、矯正されたかのようにまっすぐに穴の底に突き刺さった。

 激しい爆発が地面から噴出する。

 同時に塔が左右に大きく振れた。バランスを崩して鐘楼の手すりから落ちかかるマークを優理がしっかりと抱きとめる。

 轟音とともに真上にいた船の底を襲う炎の柱。

 まるでスローモーションのように炎に打ち抜かれて真二つになった船が、そのまま地上に落ちて炸裂した。

 船を屠った後も、天然ガスに燃え移った火の柱は穴から噴出し続けている、炎が船の残骸が落ちるたびに華々しい光が当たりを明るく照らした。

 閃光に顔を照らされながら、鐘楼から無言で見つめ続けるマーク。

 目の前から一瞬にして無限兵が消え、高柳も呆然と立ちすくむ。


「や、やっつけたの?」


 美月が震える声でマークに尋ねた。


「ア・カーン、バ・カーン、コリャイ・カーンは……」


 あの娘たちのキャラなら、無事であればとっくの昔に鼻高々で帰ってきているはずだ。火の海に変わった眼下を見ながらマークは力なく首を振り、後ろを振り向いた。


「終わったようだ、チョッカーン……」


 マークは息を飲んだ。

 チョッカーンはその場に仁王立ちになりながら、穏やかな顔で目を閉じていた。

 片手にはしっかりとしゃもじが握られている。

 しかし、いつも悪戯っぽく歪んでいる大きな口は、すでに息をしていなかった。


「まさか、今のまっすぐに穴に入った光弾は……円筒形のキャプスレートで弾道を誘導したためか」


 キャプスレートの発動は、ダメージが大きすぎて一気に彼のポイントを奪っていったようだ。


「お前、極限まで自分のポイントを使い切ったのかっ」


 慟哭に近いマークの声が塔に響き渡った。

 徐々に親友の体が光り輝き始め、消えていく。

 呆然と立ちすくむ三人、そして優理のすすりあげるような泣き声が響いた。


「軍勢に勝っても、お前が居ないと……みんなでここから脱出しないと意味がないんだよ」


 マークがつぶやく。


――そんなことないさ、ゲームの目的を忘れたか? 俺達は美月さんを助けに来たんだよ。


 どこかからか、チョッカーンの声が聞こえる。


 マークの頭には、どんぐり眼の笑ったチェシャ猫の様な親友の顔が浮かんだ。


「ああ、そうだった。パスワードを思い出して、きっと君を復活させ美月さんを連れて帰るから冥界でもう少し待っててくれ」


 マークは、赤い目で親友が消えた後を見つめながらつぶやいた。


「ごめんなさい、私が悪いの。むざむざ拘束されたりするから、みんなをこんな目に遭わせてしまって……私何もできなくてごめんなさい……」


 しゃくりあげる優理からとぎれとぎれに言葉が発される。


「これから私たちはどうなるんだろうな」


 高柳が溜息をつく。

 ガシャン、鎧の大きな音がしてマークは優理を後ろにかばった。


「冥界で朽ち果てるだけだ」


 しゃがれた声とともに、彼らの前には生きた鱗翅王が姿を現した。手負いなのか少し足を引きずっている。


「よくも、息子に激しい恐怖を味あわせて冥界に落してくれたな」


 怒りに燃えた声が空気を震わす。鱗翅伯爵はこのゲーム世界から冥界に落ちたようだがさすがチートに近い能力を持つ鱗翅王は船からすんでのところで脱出できたようだ。

 剣をマーク達に付きつけながら、隙の無い所作で一歩一歩近づいてくる鱗翅王。

鱗翅王はマークを憎悪で煮えたぎった目でにらむと、一刀両断とばかりに剣を振り上げた。

 その時。


「止せ、オヤジ」


 向かってきた剣を横から間一髪で遮る白銀の刃。

 鱗翅王は走りこんできた黒い影に塔の隅っこに吹っ飛ばされる。

 黒いマントを着たその男、高柳良は長い剣を構えると鱗翅王の額にぴたりと照準を合わせた。


「お前、養父になんだ、その態度は」


 黄金に輝く鎧に身を固めた鱗翅王は、肩を震わせながら高柳に怒鳴る。


「カッカすると血圧上がるぜ親父。マミーボックスの中で脳出血でもしたら発見が遅れて助からないぜ」


「ずば抜けて賢いお前の才能を買って、養子にしてやったのに、牙をむくとは恩知らずめが」


「親が、息子をスパイ代わりに使うか? クラスメートの誘拐の片棒を担がせるか? 金を出すだけで、親面したあげくいいように利用されても、うざいだけなんだよ」


 剣を切り結ぶ、二人。

 しかし、疲労も極限の高柳は徐々に追い詰められて、額に玉の汗を浮かべ始めた。


「マーク逃げろ。インフィニティの倫理機能にアクセスできない今、こいつらが自ら行ったチート設定はこの世界最強の力を持っている。私が攻撃をかわせるのも時間の問題だ、逃げろ、お前が切り札なんだ。インフィニティへアクセスするパスワードをなんとかしろ」


 横で優理がマークの手を取る。


「逃げましょう、マーク」


「でも、美月さん、た、高柳を置いて逃げるなんて」


「彼の気持ちを無駄にしないで」


 優理は気丈にマークの腕を引っ張る。


「早く行け」


 高柳の声が金切声に変わった。

 その声に弾かれるように、鐘楼に向かう二人。

 高柳の声が聞こえなくなった。


「高柳君……」


 優理が唇を噛みしめる。

 ごつごつした石の階段が、鐘楼に続いている。

 鐘が吊り下げられている鐘楼の四方には天井を支える柱があり、その柱の根元には人が一人やっと立てるくらいの足場がぐるりと取り巻いていた。

 もちろんそこには手すりも何もない。

 そこが、足で行けるもっとも高い場所だった。

 マークは優理を柱につかまらせると、彼女をかばうように前に立った。

 背を向けたまま、彼は優理に話しかける。


「巻き込んでしまってごめんね美月さん。君をこんな目に遭わせて、本当にすまないと思っている」


 自分でも、驚くくらい彼の声は落ち着いていた。

 もう、ここで冥界に落されて、助からないかもしれないのに。

 口封じのために、現実世界でも抹殺されてしまうかもしれないのに。

 頭の中は、不思議なくらい冷たく透き通っている。


「感謝してるわ、マーク。助けに来てくれてありがとう。でもこれで終わるわけじゃない」


 先ほどまで泣いていたとは思えないりんとした声で、優理が背後から話しかけた。


「あなたなら、きっと成し遂げられる」


 ローエングリンを思い出させる美月の芯のある声に、マークはかすかに微笑んだ。

 パスワードなど受け取ってない、と彼はずっと思いこんでいた。

 しかし、スターアニスと葉月が再開した時、スターアニスが語った『私を引き寄せるあなたのその感触、声のトーン、そして香りは、私の奥深くに刻みつけられている』という言葉が、がちがちに固まっていたマークの頭のドアのカギをまわした。

 父親はきっと、自分の中に何かを残してくれているはずだ。

 母親はちょっと、音を外す傾向があった。だから父親の音程を正しく伝えていないのかもしれない。

 幼いころにさらわれたスターアニスの記憶に残っていたように、彼の頭の片隅にも父親の言葉が残っているかもしれない、その言葉を正しく思い出すには……。


「美月さん、何が起こっても驚かないで」


 マークは皆の思いを一身に背負っている。

 姫を助けなくては。

 きっと、これが最初で最後のチャンスとなるだろう。

 もう、これしかない。これに賭けるしか……。


「美月さん、鐘を鳴らしてくれる? 何があっても止めないで」


 美月は、マークの背中をじっと見つめると、うなずいた。

 高らかな鐘の音が再び空に響き渡る。


「お父さん、僕に力を」


 マークは優理をそこに残してだしぬけに鱗翅王に向かって走り出した。

 剣を構える、鱗翅王。

 マークは思い切り鱗翅王に打ちかかる。


「血迷ったか、そんな剣でお前に何ができると言うのだ」


 にやりと笑いながら、鱗翅王は思い切り青年の刀に打ちかかった。一刀両断とばかりに首を狙った一撃を何とかかわすと、青年は腰砕けのまま剣を振り上げて突進する。

 鱗翅王は薄笑いを浮かべながら、剣を一閃した。

 カンと高い音を立てて、無情にも青年の長剣は空高く舞い上がる。

 そして。

 徒手空拳の青年の胸に、黄金の刃が深々と吸い込まれていった。

参考文献:燃える水 中国古代の石油と天然ガス 

     申 力生 主編 東方書店


今後の掲載予定です

8/31、朝10時にその6、そして午後3時にエピローグを掲載予定。

その6、とエピローグの間にちょっとだけ掲載時間を空けたかったので(妙なこだわりですが)このような変則的な掲載になります。まとめてお読みになりたい方は8月31日午後3時以降においでください。

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