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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
第12章 これでお別れ……なんて大間違い!
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その3

今回サソリが登場します。嫌いな方はお気を付けください。

「姫様は御不在のようですう……」


 姫のテントから顔を出したア・カーンが首を振った。


「トイレも居なかったし、ここら辺で見かけた人はいなかったみたいだよ」


 羽をばたつかせながら周りを探していたバ・カーンとコリャイ・カーンも報告する。


「何処に行ってしまったんだろう。姫様に何かあったら、皆に合わせる顔が無いよ」


 マークは途方にくれながら大きな瓦礫が散乱する城内をゆっくりと周囲を見回した。

 その時。マークのマルコムがけたたましく受信を継げた。

 嫌な予感に苛まれながら、マルコムをつけた左腕の上部に投射される画面に目をやったマークは、思わず息を飲んだ。


「お、お前……」


「やあ、久しぶりだな。マーク」


 小型のホログラムになって浮かんでいるのは、黒い騎士装束に身を包んだ高柳であった。切れ長の瞳が吊り上り、口元には勝ち誇った笑みを浮かべている。

 しかし、マークの視線が釘付けになっているのは高柳ではなかった。その両手が抱きかかえている人影。瞳を閉じてぐったりと細い顎を反らし、白い首筋を顕わにしているセーラー服の少女。その豪華な巻き毛は高柳の腕からあふれて、滝のように垂れ下がっている。無造作に抱えられて、スカートからこぼれ出た桜色の膝小僧とそれに続く完璧な脚線。

 彼の両腕に抱かれているのは、まさに美月優理であった。


「高柳っ、お前クラスメートだろう、美月さんのファンだろ、なんで誘拐するんだ」


「人聞きの悪い」


 大きく眉毛を上げて、高柳はフン、と鼻を鳴らした。


「おいでになったのは、姫様の方からだよ」


 姫様の彼への恋心はまだ消えていなかったのだ。予想はしていたが、高柳の言葉に少なからずショックを受けてマークは絶句した。


「ま、そんなことはどうでもいい。あの爆発の中でまだ生きているとは鱗翅王様もびっくりしていらっしゃったよ。さすがマーク・チート、相当な悪運、いや無限のご加護があるようだな」


「大きなお世話だ」


 姫様を奪われた悔しさに唇を噛みしめるマーク。


「さて、私はお前と取引がしたいんだ。姫様を無事に返して欲しければ、牢獄の塔に一人で来い。我々が欲しいのはお前の命だ、それさえ成就すれば、姫は解放してやる」


「本当に、解放してくれるんだな」


「ああ、でも時間がかかると姫の身に何が起こっても保証はしないぞ」


 マークの返事を待たずに、勘に触る高笑いとともにホログラムは揺れて消え去った。


「僕一人で行く。妖精さん達はここに居て」


「大丈夫ですかあ?」


「すべては僕の責任なんだ。僕がどうにかしなければならないんだ……」


 自分に言い聞かせるようにつぶやくとマークは姫が連れ去られた塔を睨む。彼の背後で不安そうに羽ばたきながら妖精達は互いに顔を見合わせた。





 崩れた王宮の残骸で歩くのもままならない城砦の中、呼びかけの塔と対になった牢獄塔はところどころ壁が剥がれ落ちながらも何とか倒れずに踏みとどまっている。

 兵力不足でおそらく十分に探査されないままに放置されたのだろう。そこにあの高柳が残っていたとはなんという不覚。マークは唇を噛みしめて、ともすれば踏み抜きそうな亀裂の入った階段を一歩一歩探るように足を付けながら上がって行った。

 高柳への強い嫉妬や、彼女を巻き込んでしまった責任。彼の後頭部は、様々な思いが去来してあぶられるように熱い。しかし逆上の余り彼の頭の中は真っ白で、頭でっかちの美徳である「用意周到」や「熟慮」はどこかに深く埋もれたままであった。

 姫様を助け出した牢獄の入り口に差し掛かった時、


「ようこそ、我がサソリの間に」


 石の壁に高柳の声が響くが、姿は見えない。


「来ちゃだめっ、マーク」


 姫の声に慌てて、周囲を見回すマーク。

 その時、ガザガザという音とともに彼の眼前に現れたのは、マークの身長の3倍はあろうかという巨大な黄土色のサソリだった。その甲冑にも似た外皮を光らせながら尻尾をくるりとカールさせて蠢いている。尻尾は侵入者に向かって大きく振り上げられており、その先には湾曲した棘が禍々しく光っていた。尻尾の屈曲はかなり柔軟で針は尻尾の付根付近に向けられていた。

 彼の眼は尻尾の付根に釘付けになる。なぜなら、その尻尾の付根にセーラー服姿の優理が縛り付けられていたのである。


「どこだ、高柳っ。まず姫を解放しろっ」


 マークが叫ぶ。しかし、低くくぐもるような高柳の笑い声が聞こえたのみで返事は無かった。


「巻物クンっ、このサソリを分析して」


「お呼びを待っておりました」


 彼の背中に巻物の歓喜の震えが伝わってくる。


「巻物くん、このサソリの弱点を」


「これはシニスター(sinister)・スコーピオン。通常は拙速動物門、鋏角亜門(きょうかくあもん)……」


「弱点は無いのっ」


「背中の上に二か所の目があります。あれを塞げば何とかなるでしょう。あ、聴覚はありませんが、振動は感じるのでご注意を。それとこれは重要なことですが、あの尻尾の針から注入される毒は致死性があります。恐ろしいことに刺された時には、ポイント委譲をブロックしますので、刺されてはいけません」


「一発あの世行きか。この敵キャラはオオカミ野から分岐する3コースの内の一つだったな。そういえばみんなが避けるって……」


 考えている暇は無かった。

 マークに向かってサソリが飛び掛かってくる。

 素早い動きだったが、動体視力に優れたマークは間一髪で逃れ、バリアーを発動する。


「バリアなんか張っていると、姫がサソリの毒牙にやられるぞ。苦しいらしいぞ、サソリの毒でやられるとな」


 高柳の陰湿な声が響く。


「美月さんを解放しろ、騙したのか高柳」


「もういいの、これが恋だと勘違いした私がバカだったの。マーク私を助けるなんて馬鹿なことは止めて。私の事は良いから、逃げてっ」


 姫の高い声が高柳を遮った。


「黙れっ」


 黒い鞭が一閃して姫を襲う。苦痛に唇を噛み、姫は言葉を止めた。

 物陰から姿を現したのは、黒い鞭を手にした高柳だった。


「止めてくれ、美月さんは関係ないんだ、そして友人達も。全ては鱗翅王と僕だけの問題なんだ、他の人は皆解放してくれ」


「マーク、早くバリアを解放しないと、姫がどうなるか保証はしないよ」


 高柳の視線が、好色そうに優理をなめる。


「せっかく色気の無い緑の上着からセーラー服に変えたことだし、私も楽しませてもらおうか」


 高柳の手が姫の顎を掴む。姫は顔を背けるが強引にその顔は高柳の方に向けられた。


「マーク、君がバリアを解けば姫は救われるんだよ」


 強く顎を掴まれ、声が出せない優理だが、視線はマークに投げかけられている。その目は、逃げろと懇願していた。

 すっ、とバリアが解かれる。

 それを見越していたかのように、サソリがマークに向かって襲い掛かった。

 彼の身体がサソリの(はさみ)に捕えられそうになった、その時。

 マークの背後から飛んできた一本の細い短剣がサソリの頭に突き刺さり、サソリは牢獄の奥へと後退した。


「お、お前はっ」


 高柳が短剣の飛んできた方を見て、身構えた。

 振り向いたマークは声を出せずに立ちすくんでいる。

 優理も目を丸くしている。


「よくも私が居ない間、好き放題やってくれたな『キャラ高柳』」


 全く同じ服装、同じ顔をした高柳が数本の短剣を手で弄びながら現れた。違いと言えば、服のところどころが破れて土で汚れているぐらいだろうか。


「き、君は……」


「私が本物だ。養父に勝手に姿を使われたんだ。王宮でスターアニスを助けに来て爆発に巻き込まれた時に助けてやったのは私なんだぞ」


 彼はマークの横に肩を並べた。


「よう、お前は正直大嫌いだが、姫のために協力してやる」


「ぼ、僕だって君は大嫌いだが、姫のためなら仕方ない」


 二人は、サソリとキャラ高柳の方に向かった。


「ふん、反抗的なオリジナルより私の方が断然使えると鱗翅王様がおっしゃっていたぞ。お前も所詮マークをおびき寄せるための使い捨てだ。葬り去ってやる」


 キャラの言葉に逆上したか、オリジナルは短剣を腰に収めると長剣を引き抜いた。


「ま、まてっ、私を攻撃すると、ひ、姫がどうなるか……」


「ええい、この世界で傷物になっても、痛いくらいで実際の身体に傷がつくわけでないっ、そんな脅しに乗るかっ」


 隅に後退したサソリ。そこに縛り付けられている優理の顔が引きつった。

 猛然とキャラ高柳に斬りかかるオリジナル。キャラも長剣を引き抜いて対応するが、やはりオリジナルには勝てない様子だ。じりじりと壁に追い詰められる。


「鱗翅王に助け出された時、お前の裏切りをすべて話してやった。すでに現実でのお前は破滅している。まあ、息子とは名ばかり。もともとお前は鱗翅王の手駒の一枚にすぎなかったわけだがな」


 キャラ高柳は憎々しげに叫んだ。


「クラスでも嫌われ者、そして帰る家も無い、お前はとことん悲惨な奴だなあ」


「うるさいっ」


「まって、高柳。まずこいつに美月さんを解放……」


 マークの言葉が耳に入らないのか、目に憎悪をたぎらせた高柳は長剣を振り下ろした。真二つに両断された、キャラ高柳は光の粒と化して人型から空中に四散していく。


「ハハハハハハハ、お前達は終わりだ。私が居ないと、アイツは暴走す……」


 高笑いしながら、キャラ高柳は消えて行った。

 はっ、と正気に戻ったのか消え去った空間を見つめるオリジナル高柳。

 優理の悲鳴とともに、サソリが二人に襲い掛かった。






 無限に表れる敵にシュヴァーンが輪を描いて一閃し、ローエングリンの周りには黄金の渦巻きが上がる。視界に輝く光の粒をうるさそうに払いながら、彼は猛然と突き進んだ。

 先頭を走る彼の後ろには八人衆が付き従う。


「おい、もうすぐ船だ」


 ダイアが指をさして叫ぶ。

 彼らの眼前、約100メートルに王宮がそのままうかんでいるかのような巨大な黒い武装帆船が浮かび上がっていた。張り巡らされた黒いマストには鱗翅王のマントと同じカラスアゲハの模様が入っている。もともと宙を浮くように作っているのだろう、胴体の左右に砲塔がずらりと並んでいるほかに、真下にも大きな砲塔が設置されていた。

 厚い敵の包囲をまるでキリでつくようにローエングリン達は突破している。彼らの前の敵は四散するが、彼らの後ろに味方が付いてこれず、完全に味方からは分断された一団となっていた。孤立をしたことによって分は悪いが、全体を見渡すとごくわずかな動きでありそこかしこで上がる大きな戦闘の火花に埋没していた。


「ローエングリン、少しはポイントを受け取れ」


 チョッカーンが真横を走りながら叫ぶ。


「っていうか、頼むから補充させてくれよ」


 ローエングリンはまっすぐに向いたまま剣を振る。


「邪魔だ、どけ」


 うるさそうに、チョッカーンを払いのけるローエングリン。辮髪の青年はその手をぐっと掴んで引き寄せた。すかさずローエングリンの場所にオロチが入り、草薙の剣で薙ぎ払いながら先頭を走る。


「なんなんだ、お前。戦闘中だぞ」


「あのな、お前もっと自分を大切にしろよ。美月さんをこのままにするつもりか。キャプスレートっ」


 横合いから飛び込んで来た敵を断熱圧縮すると、彼は言葉を続けた。


「高柳みたいなヘンな奴に引っ掛かるし、どうもお前が居ないと彼女ピンとしないんだ。お前は彼女にとって大切な人格なんだよ」


「慰めなくてもいい、私なんか、ここで消滅すればいいんだ」


「バカ、自暴自棄になるな、俺もマークもお前が大切なんだよ」


 まっすぐに見つめるチョッカーンの瞳。その瞳から逃げるようにローエングリンはまた先頭を走りだした。


「そろそろ、ここらで作戦遂行するか」


 オロチが叫ぶ。彼らはローエングリンを中心に輪を描いて立ちどまった。


「それじゃ、金髪の旦那、頼むぜ」


 武器屋の親父が輪の中心に入る。

 吸盤の付いた彼の数本の手が植物の蔓のようにグングン伸びる。


「テレキネス」


 ローエングリンが叫ぶと、彼らは船の下方に浮き上がった。無事に吸盤でくっつけたらしい。

 八人衆達は戦いながら、一人、また一人とタコの足につかまって船底に取りついていく。


「よし、次は俺だ……」


 チョッカーンの声は顔面にいきなり貼り付いた物体によってかき消された。


「ご主人様あ~~」


 ぼろぼろになった妖精達が顔面からぽろぽろと力無くはがれて、チョッカーンの大きな掌に(すく)われる。


「マーク様と優理様が大変なんですう」


 チョッカーンとローエングリンは顔を見合わせた。

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