表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
第12章 これでお別れ……なんて大間違い!
68/73

その2

「さて、戦況は膠着しているようじゃの」


 カローンが戦場から生み出される光の波で白髭を照らされながら、首をひねった。


「猛者ぞろいの八人衆も、鱗翅王の繰り出す無限兵には勝てんと見えるな」


「無限兵? さっきオロチもそんなことを言っていたが、それはなんだ」


 ローエングリンが聞き返す。


「鱗翅伯爵は密かにこの世界で自己完結的に別な演算を行うプログラムを不完全ながらも編み出したのだ。それはインフィニティの下部組織のチェックをかいくぐり、この世界でインフィニティのプログラムのように擬態してふるまうことができる。このプログラムで無限の兵を作り出したのだ」


 カーロンは戦場を睨む。


「インフィニティの作るキャラとは違い、鱗翅伯爵の無限兵は個々の能力も低く、動きも画一的だ。しかし、そんな脆弱な兵でも無限に居るとなると話は別だ」


 カーロンは深いため息をついて顔を(うつむ)けた。


「鱗翅王の再攻撃がとうとう始まったのね……」


 テントから出てきた優理が、皆の方に歩いてきた。ぼろぼろのドレスは着替えたらしく、まるでロビンフットを彷彿とさせるような緑の上着と茶色のズボンを穿いている。

 マーク達が城砦から見下ろすと、水堀のまわりをびっしりと鱗翅王軍が取り囲んでいるのが見えた。水堀にどんどん敵が飛び込んでくる。激しい塀際での攻防が繰り広げられ、金色や青色の光で城砦の輪郭が縁取られている。

 しかし、塀際では敵の兵士が絶命した時に上がる金色の光が華々しくスパークしているにも関わらず、土煙を上げて寄せてくる大群は一向に減る様子を見せず、何処から湧いてくるのかどんどん包囲の輪を厚くしている。

 そして空中には禍々しく黒光りした巨大な黒い帆船が浮かんでいた。その砲塔は今にも火を噴かんとばかりに城にぴたりと照準を合わせている。

 はるか彼方、マーク達がカローンに踏み込まれた宿屋のあったあたりは焼き討ちされたのか炎が燃え盛っていた。


「宿屋の女将さんたち、無事ならいいけどな」


 マークの言葉にチョッカーンも眉をひそめる。


「結局宿代も前金しか払ってないし……それにしてもあそこの風呂は気持ちよかったぜ」


 休息を取る前に城内の井戸から水をくみ上げて簡単に体は洗ったが、とても湯を沸かす余裕など無かった。風呂好きの日本人としては大いに不満の残るところである。


「無事に帰れたら、銭湯行こうな、銭湯。ほら浴場に大きな富士山が描いてあるような」


 マークとチョッカーンは、にやりと笑って約束だとばかりに拳をぶつけ合った。


「戦況は極めて不利じゃ。無限兵をまずどうにかせんといかん」


 カローンのつぶやきが彼らを現実に引き戻した。この世界に引き寄せられた4人とオロチに向き直った老人は白髭をしごきながら顔をしかめる。


「無限兵は帆船の中の演算装置から産生されている。どうにかしてあの船を破壊しなければならない。それには皆の力を結集することが必要だ」


「もちろん協力する」


 ローエングリンが間髪入れず返答する。

 無謀ともいえる勢いで、自分の身を顧みず戦いに飛び込む彼に、ちらりと不安げな視線を投げかける優理。


「私はこのバカ娘と、この2人を現実に戻すためならなんだってやる」


 そう言いながら、緑の瞳が優理を真剣な表情で見つめた。優理は頬を膨らませてそっぽを向く。


「優理、これが君と落ち着いて話す最後になるかもしれない。私は君がしたいこと好きなものをことごとく否定して、君の人生を窮屈なものにしてきたかもしれない。本当に悪かった。でも、私は君がそれを望んでいるとばかり思っていたんだ。君を傷つける気はなかった。本当にすまない、許してくれ」


 優理は、力なく頭を垂れるローエングリンの方には振り向かなかった。

 肩を落とすローエングリンに、チョッカーンが話しかける。


「大丈夫だよ、お前さんの心はきっと伝わっている。あまり気に病むな」


 ローエングリンは大きく溜息をついた。


「お前に優しくされるなんて、私もヤキが回ったものだ」


「だから言ってるだろ、俺はレディには紳士なんだよ」


 和ませようとしているのか、大げさにカッコをつけるチョッカーンの方を向いて、ローエングリンはくすりと笑った。


「お前と話していると女性もなかなかいいもんだ、と思うようになったよ」


 ローエングリンはチョッカーンの肩口をコンとグーで叩くと、いたたまれないとばかりに彼の横をすり抜けて輪を離れた。


「ちぇっ、無理してやがる」


 揺れる金髪を眺めながら、チョッカーンはそっと溜息をついた。

 姫は口を一文字に結んで、その後姿をじっと見つめている。


「美月さん、差し出がましい口をきいて申し訳ないけれど、あなたにローエングリンから僕が言われた言葉をそのままお返ししたいと思うんだ」


 姫に向かってマークから言葉が投げかけられる。


「姫様は自己評価が低すぎると思う」


「お、おいマークっ」


 クラス一輝いている美しい姫君にそれはないだろう、とチョッカーンが親友の顔を覗き込む。


「姫様はずっと、肩肘張りすぎだよ。その女性離れしたカッコよさは魅力だったけど、僕は痛々しいくらい無理してるようにも感じてた。なんだか外にもう一人の姫様がいて、それが厳格にあなたを律しているような。今思うとそれがローエングリンだったんだね。もう美月優理を演じる必要は無いよ、もっと心のままに、振る舞ってもいいんじゃないのかな、そんな姫様に幻滅する人もいるだろうけど、もっと、好きになる人もいると思う」


 マークはまるでつぶやくように、言葉を続けた。


「人の評価を気にせずに、もっと、もっと好きになってほしいんだ。本来の自分を」


「自分を好きに……」


 優理は口の中で数回繰り返した。

 ここに来て、彼女のマークに対する評価は徐々に変化していた。課題を嫌がらずに見せてくれることだけが取り柄の穏やかなガリ勉君としか思っていなかったが、控え目ながらも次々と難題を解決していく彼にはなにか、得体のしれないカッコよさがある。

 優理は黒眼鏡の無いマークをそっ、と見る。

 眉間にしわを寄せ、そのずば抜けた視力スキルで城外の戦況を見つめるマークは優理の視線に気が付かない。

 しかし、そんな優理をチョッカーンがじっと見つめていた。

 ふと、チョッカーンと視線が合ってしまった優理は、慌てて逃げるように視線を外した。空をさまよう瞳がふと壊れかけた塔に向けられたとき、彼女の顔が強張り、視線は凍りついたように一点に貼り付いた。


「ごめんなさい、気分が悪くなったの。テントに戻るわ」


 彼女は一人用のテントに走り去った。






「お前さんたちは呼びかけの塔に居ろ」


「だけどあそこはそのうちあの巨大な帆船が狙い撃ちしてくるんじゃないか。何と言ってもあの塔はフィルタープログラムにアクセスする大切な塔だから」


 カローンの言葉にチョッカーンが首を傾げる。


「あれが破壊されるとアポトーシスプログラムが働きこの世界が一気にジ・エンドとなる可能性がある。奴らにしても、もう少しで攻略できそうなこのプログラムが一気に四散することは望んでおらんだろう。もちろんこちらとしても、メインプログラムを介さない一斉のゲームシステムのダウンでどんな被害が起こるかは想像すらできん、脳への急激な刺激で一般の使用者に傷害が起こる可能性すらある。あの塔は敵味方どちらにとっても不可侵の塔なのじゃ」


「あの塔は安全ということだな、と、なれば姫様とマークにはあそこに居てもらおうじゃないか。俺とローエングリンは戦闘に加わってくる」


「ぼ、僕も戦うよ……」


 友の言葉に鼻を膨らませて反論する、マーク。


「マーク、君の仕事は戦うことよりも、なんとかフィルタープログラムにアクセスすることだ。もう一度頑張ってみてくれ」


 チョッカーンがマークの肩をたたく。


「お前ならできるさ。自分を信じて」


「そうじゃな、少なくともマークは塔に上っておいたほうがいいな、いつ何時正しいパスワードを思い出すかもしれん」


 カローンもうなずく。


「なあ、カローン。あの蝶親子をゲーム世界で絶命させたらどうなるの」


「この世界は基本的にインフィニティが統治している。彼らもゲーム参加中は例外ではない、ログアウトが間に合わずに絶命したら冥界に囚われるじゃろうな」


「何とか瞬殺しろという訳だね、二人が冥界に囚われたら誰かが救出に来るまでのんびりと風呂にでも浸かって待っていればいいし」


 チョッカーンのその言葉が終わるか終らないうちに、何処からともなくバタバタと不穏な羽音が聞こえてきた。


「風呂と言えば垢すり。お疲れのご主人様の垢を擦っちゃうのです~~」


 赤いバスタオルに身を包んだ妖精が、大きなたわしを持ってチョッカーンの頭を擦り始めた。


「いてててっ。やめいっ」


 慌てて頭からア・カーンを引きはがすチョッカーン。

 今度はタブーの曲に乗せて、これまた赤いバスタオルに身を包んだ妖精が横たわったまま身悶えしながら飛んできた。


「欲情なのですう~~、あんたも好きねえっ」


「誰が伝説のギャグをやれとーーっ」


 空いた手でバ・カーンを引きはがすチョッカーン。


「旦那様―――っ、お口をあけてええええ」


 黄色いチュチュを着たコリャイ・カーンの声に振り返ったチョッカーン。思わずぽかんと開かれたその口に、いきなり大きな赤いリンゴが丸ごと突っ込まれる。


「ふが、ふが、ふがっ」


 怒りで目を血走らせつつ、リンゴで一杯になった口で必死に言葉を発しようとするチョッカーン。どうやらこれはなんだ、と怒鳴りたいようである。


「入浴、ニューヨークなだけに……ビッグアップル」


 気の毒そうな目で親友を見ながらマークがぼそりとつぶやいた。


「そろそろ私も出撃する」


 城砦の周りで上がる光の色が徐々に変化している。最初は敵方のやられた時に出る金色が主だったが徐々に緑色に、そして青色が濃くなってきている。


「奴らの城内突入は阻止しなければ」


 まばゆいばかりに輝く銀色の甲冑に身を固めたローエングリンが現れた。


「私も加勢するぞ、皆は城内の安全なところに居ろ」


「バカ言うんじゃねえ、騎士様だけにいいカッコはさせないぜ。俺も行く」


 リンゴをかじりながらチョッカーンが鼻をこすった。


「じゃあ、僕は姫様と塔に上がっておく」


 マークは二人と握手をした。


「気を付けて、また後で」


「おお」


 二人は手を振って、オロチとともに去って行った。






「全軍突撃っ」


 オロチの号令で鱗翅王軍にいっせいに襲い掛かる反乱軍。今にも城砦になだれ込みそうになっていた鱗翅王軍の一角に金色の火花が上がる。しかし、鱗翅王軍もその無尽蔵の兵力でたちまちその穴をふさごうと怒涛の反撃を見せた。

 まるでぶつかり合う波と波。その波頭に両軍の兵たちが絶命する激しい光が点滅する。


「ええい、まどろっこしい。私が戦端を切り開くから皆付いて来い。船に近づいたら、テレキネスで皆船に取りつくぞ。オロチは軍勢の指揮を頼む」


 ローエングリンがシュヴァーンを振り上げた。


「よし、行くぞ」


 ローエングリンは稲妻のように金髪をなびかせて敵陣に飛び込んだ。その後には八人衆が続く。

 激しく左右に振り回されるシュヴァーンは、雷神の鉄槌のように黄金の光を振りまきながら、無限兵を光の粒に変えて行く。

 彼の後ろを追うチョッカーンの目の前にはまるでモーゼが海を割った時のような敵兵のいない道が出来上がっていた。殿(しんがり)は葉月が務め、長い鞭で追いすがる兵達を叩きのめしていく。


「相手は雑魚キャラとは言え、さすがゴールドパスの戦闘能力は半端じゃないよなあ」


 チョッカーンがつぶやく。


「でも、まるで最初から全速力で走るマラソン選手のようだわ……」


 葉月の言葉にぎくりとした表情でチョッカーンが振り向いた。

 チョッカーンは鼻を膨らますと足の回転数を速めて、なんとかローエングリンに追いつくと肩を並べた。


「お前、ペースを考えろっ」


 しゃもじが振り上げられてキャプスレートが発動される。

 前方から襲い掛かる大量の兵士たちが一網打尽となって透明なゴム風船の中に閉じ込められた。


「断熱圧縮」


 閉じ込められた兵達は空間の圧縮とともに光の粒となり消えて行く。


「バカ、お前こそ考えなしにスキルを使うんじゃない。キャプスレートもポイントを使うじゃないか。お前、次には仮死状態が無いんだぞ」


 どいておけとばかりにチョッカーンの肩を押すローエングリン。


「女性を大切にする家系なんだ。お前は腐ってもレディだからな」


 涼しい顔でキャプスレートを頻発するチョッカーン。


「私は男だ、勘違いするな」


「無理するな」


 にやり、とした笑いを浮かべてキャプスレートを発動するチョッカーン。

 弾む息の下、隣の辮髪青年を睨むローエングリン。愛剣シュヴァーンを縦横無尽に振り回しながら、その頬が微妙に色を変えたのには誰も気が付かなかった。






 一方、こちらは優理。

 彼女はテントに戻るふりをして、自分がもと幽閉されていた塔の方に向かっていた。

 王宮の瓦解に伴って塔の一部が破壊され、塔の周りにらせん状に配置された階段がむき出しになっている。

 兵士達は防衛ラインに皆繰り出しているのか、塔の周りには警備の兵は誰も居なかった。

 彼女は確かに見たのである。自分に向かって手をふるその姿を。

 心の一番深い所をわし掴みにされて操られているかのように、優理は無我夢中で塔を登って行った。

 忘れていたあの甘い想い。うずくような、引きずり込まれるような快感。


「高柳君……」


 最上階の彼女が幽閉されていた場所に立っていたのは、黒い騎士の衣装に身を固めた高柳だった。


「姫様、やはり私の元に戻ってきましたね」


 切れ長の黒い瞳が獲物を射程距離に捉えた猛獣のように鋭く光る。


「さあ、姫。私の方に」


 さすがに最後の一歩を踏み出せずに躊躇する姫の手を高柳はぐっ、と掴んで引き寄せた。そのまま姫を抱き寄せる。強く抱かれたまま、彼女は身を震わせていた。


「怖いのですか?」


「あなたは敵なの、味方なの?」


「その答えは、あなたが一番よくわかっておられるはずです」


 その言葉と同時に姫の鳩尾に高柳の拳がめり込んだ。

 がくりと黒マントの中に倒れこむ優理。


「敵だと思っていても、抗えずに飛び込んでしまう。いや、この恋愛の衝動ってものはやっかいなもんですねえ、ふふふふふ」


 高柳は姫を肩に担ぐとそのまま部屋の奥に入って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ