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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
第12章 これでお別れ……なんて大間違い!
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その1

 朝靄にけぶる、城砦に立ちすくむマーク達一行の耳に不吉な羽音が飛び込んできた。


「お、俺、丸一日寝てないからかもしれないけど、幻聴が……」


 チョッカーンが顔をしかめて額に手を当てる。

 ドゴーーーーンっ。

 その顔に弾丸のように飛んできた何かがめり込んだ。


「ご主人様、ちょー会いたかったのです」


 チョッカーンの顔に赤いチュチュの妖精、ア・カーンがしがみついている。


「おっ、お前っ、泣くのは良いが鼻水はやめろ、目っ、目に入るっ」


 視界を奪われてじたばたしながらチョッカーンがうめく。


「旦那の辮髪が恋しかったぜっ」


 よろめくチョッカーンの辮髪をはっしと掴むと振りこのように左右に大きく揺らす青いチュチュのバ・カーン。勢いを利用して辮髪をくるくるとわが身に撒きつけ、編んだ髪の間から豊満な胸をはみ出させた彼女はチョッカーンの頭にしどけなく横たわった。


「ああんっご主人様、そんな趣味があったなんて……堪忍してえ」


「ええいっ、俺の頭の上でSMごっこするなっ」


 振り払おうとするチョッカーンの足に何かが飛びついた。


「ここであったが百年目。もう、離しませんっ」


「やめろおおおおおおっ」


 叫びも空しく足を払われて、体勢を崩すチョッカーン。黄色いチュチュのコリャイ・カーンの華麗なタックルによって彼は勢いよく転倒した。


「なりふり構わず追う女に、男はほろりとくるものですううう」


「構えっ、このバカ娘どもっ」


 王宮の瓦礫の上に肩で息をするチョッカーンの、どこかうれしそうな怒号が響き渡った。




「おおいっ」


 妖精に引き続いて、手を振ってやってきたのは八人衆だった。ペリドットは鈴木達クラスメートも引き連れている。


「良かった。皆、無事のようだな、旦那以外……」


 チラリ、と妖精に弄ばれる主人に目をやってオロチは溜息をついた。


「オロチ、ご苦労様。そして、この世界を守ってくれてありがとう。父に代わってお礼を言わせてもらいます」


 マークがぺこりと頭を下げる。


「やめてくれ、マーク。これは私達の使命でもあるし、存在理由なのだから」

 反乱軍を率いての闘いで消耗したのだろう、オロチの赤い目が落ちくぼんでいる。

 しかし、その目は何時にもまして光を強く発していた。


「それに、私の方こそ礼を言わねばならない。君たちは我が同胞を取り戻してくれた」


 傍らにスターアニスを中心にダイア、葉月、八重が微笑んで立っている。


「乳臭いガキには、あったかい家庭が必要だからな」


 妖精を振りほどいたチョッカーンが立ち上がりながら口をはさむ。


「子ども扱いすると後悔するよ、おじさん」


 その言葉にチョッカーンの頭が一瞬で沸騰したらしい。


「俺はまだ17歳だっ。お前みたいな礼儀知らずはキャプスレートで球体に閉じ込めてそこらじゅう転がしたるっ」


「そうだ、十七歳はおじさんぢゃないぞっ」


 珍しくローエングリンもチョッカーンに加勢する。


「まあ、まあ、ローエングリン、これから礼儀は教えますから、怒りを鎮めてください。そ、それにしても、怒った顔もなんて美しい……とぁっ」


 葉月に足を踏まれて、ダイアが飛び上がる。


「お兄ちゃん、お父さんを反面教師にしてね」八重がつぶやいた。


 ふとマークは見慣れない人影が二つ、八人衆の中に混じっているのに気が付いた。


「彼らは?」


 そう言いながら2人の内、金糸の縫い取りのある黒いローブに身を包んだ人物をよく見たマークの眉毛が吊り上った。


「先生、先生じゃないですか」


 それは、この世界に入り込んだ時にマークの骨折を治した初老の道士だった。確かセンドと名乗っていたが、彼もまた八人衆の一人だったわけだ。高い鷲鼻にへの字口。相変わらず寝癖が残った頭をしている。

 

「あの人はオキシジェン。ヒーリングとともに酸素を沢山作り出せる能力も持っているのよ」


 先生は、さりげなく挨拶するように顔の上に軽く手を上げた。

 もう一人。

 もそもそと人影から出てきたその男を見たチョッカーンは、思わずダッシュして飛び掛かった。馬乗りになって、胸倉を締め上げる。


「コイツは裏切り者だああああっ」


 慌ててチョッカーンを引きはがす八人衆。チョッカーンは目を吊り上げて肩で息をしながら、はあはあ息を弾ませている。


「武器屋のオヤジなんだ。コイツの嘘八百のタレこみのおかげで俺達は妙な昆虫親子に殺されかけたんだよっ」


 小狡い顔をした中年太りのオヤジは、苦笑いしている。


「でも、広場で捕まっている時にあんた達が武器をすぐ手にできるように、兵士に金を掴ませて、あんた達にわかるようなところで持たせていたのも、私だよ。いろいろ陰で小細工をしていたんだぜ」


「それにしたって、死にかけたんだぞ、俺達」


「すまなかったな。転覆者かどうか知るために試練を受けてもらわねばならなかったんでね。あえて偽の罪を作って通報したのさ。お前達は最初から戦い方といい、インフィニティの采配も妙だったからな。本当にただのプレイヤーかどうか試す必要があった」


「ある意味あんたの家を宿に選んだ俺の直感は正しかったわけか」


 悔しそうにチョッカーンがつぶやく。


「まあ、終わりよければすべてよしってことで」


 武器屋は握手しようとばかりに手を差し伸べる。


「ちょっと待て、まだ許すとは誰も……」


 目を吊り上げてその手をはじくチョッカーン。だが、同じ方向から出た別の手とがっちり握りあってしまった。

 思わず、握手しながら、はじいたはずの手を見るチョッカーン。


「うわあああああっ」


 その武器屋のオヤジの手は左右3本ずつ、6本がわさわさと動いていた。


「普段は隠しているが、実はワシは6本の腕を持つ。足を合わせて8本、四肢ならぬ八肢をもっていることからオクトパスを略してオクトと呼ばれているんだ。八肢には吸盤も付いていてタコのように吸い付くこともできるんだぞ」


 オヤジは、媚びるように笑うとうねうねと手足を動かした。

 チョッカーンはしばらく腕組みをして顔をこわばらせていたが、悪人面を何とか柔らかく崩そうとする武器屋の顔に、とうとう噴出した。

 マークはじっ、と鱗翅王の帆船が消えた空の彼方を見ている。


「さあ、救世主達、昨日から全然寝ていないんだろう。鱗翅王がログアウトしているこの間に少しでも休息を取るがいい」


「だけど、鱗翅伯爵はまだこの世界にいる……よね」


「それについては大丈夫じゃ。あの鱗翅伯爵は天才プログラマーではあるが、自分から主体的に物事を動かす能力は欠如している。常に父親の言うとおりにしか動かない。だから、数時間は状況に変化はないと考えていいだろう」


 片手で白髭をしごきながらカローンがつぶやく。もう片方の手はちゃっかりペリドットの腰に回されている。


「次に、鱗翅王が戻ってきた時が勝負じゃな」


「ご、ご主人様っ。私達も戦うのですっ」勇ましく矛を持ってア・カーンが登場した。


「これはどんな盾でも突き通せる矛ですう」

 

「これはどんな矛でも突き通せない盾だよ」今度は盾をもってバ・カーンが登場した。

「どちらが本当か試すですう」


 ア・カーンの槍がバ・カーンの盾に突き出される。

 ガシャッ。

 折れた矛と、破れた盾を持ってひっくり返る二人の妖精の間に立ったコリャイ・カーンが声を張り上げた。

「応急処置になんでもくっつくこの接着剤。今なら10本まとめ買いでこの矛盾セットが付いてま~す」

「なに胡散臭いテレホンショッピングごっこしてるんだあああ」

 チョッカーンの怒号が再び響き渡った。





 葉月特製の滋養あふれる粥を食べて、マーク、チョッカーン、ローエングリンは応急にしつらえられたテントに横になった。優理は、女性であるため特別に一人用のテントを与えられている。

 先ほど確認しあった三人の流通ポイントはマーク13010MP、チョッカーン4140MP、ローエングリン10993MPであった。水堀を埋めたキャプスレートでチョッカーンの流通ポイントが激減しているため、マークがほぼ無理やりにチョッカーンにポイントを譲渡。マークが3010MP、チョッカーンが14140MPに変化している。ローエングリンは頑として譲渡を受け取ろうとしなかった。

 垂れ下がる黄ばんだ布の天井を見ながらチョッカーンが口を開く。


「今、現実世界ではいつ頃なんだろう」


「もうここに来て10日めになるね、僕らがマミーボックスに入ったのが7/29の午後2時ごろ。こちらの時間は現実の30倍だから、大体夜の9時ごろかなあ」


「いっその事、僕らが帰らないって大騒ぎになればいいんだ。もう停学になっても、内申書が悪くなってもいいから……」


 マークがつぶやく。


「成績至上主義者だったお前の言葉とは思えないな……俺、思うけどお前変わったよな」


「ここに来て、まだ10日。だけどあまりに濃い日々だったんで、価値観がなんか崩壊しちゃったみたいだ」


 マークがくすりと笑う。


「勉強や、知識は大切だけど、でもこの世にはもっと大切なものがあるってわかったよ」


 天井を見つめる彼の眼に、いろいろな出来事が走馬灯のように横切っていく。


「友情、そして……信頼」


「なあ、マーク」


 ローエングリンがふと、口を開いた。


「確かに、他者に対する信頼も大切だけど、君に一番必要なのは、自分への信頼じゃないか」


「自分へ……の?」


「そうだな、ローエングリンの言うとおりだ。自己評価低すぎなんだよ、お前」


 チョッカーンが我が意を得たり、とばかりにうんうんとうなずく。


「だって、僕は、僕なんて……」


「お父上は君のことを信じてこの世界を託したんだと思う。多分、君はその信頼を得る何かを持ってたんじゃないかな。もっと自分を好きになって、自分を信頼してあげたらどうだい」


 まさか。マークは不意に訪れたとろりとした眠気に包まれながら、自問する。

 自分は信頼されていたのか。信頼に足ると、思われていたのか。そして信頼に答える働きができるのか。

 自分は自分を信じられるのか……。

 そのまま、マークは深いまどろみの中に落ち込んで行った。





 マーク達はいきなりつんざくような砲撃の音で目を覚ました。

 押し寄せる軍勢の叫び声が耳に飛び込んでくる。


「大変よ、お兄ちゃんたち。兵がびっしりと城砦を取り囲んで人海戦術で堀をこえようとしているわ」


 大人や男たちは前線にでているのだろう、八重がテントに飛び込んできた。

 慌てて3人はテントから飛び出してオロチのいる司令本部に向かう。

 攻守入れ替わった両軍だが、鱗翅王軍はまるで無限の裂け目から兵士が湧き出すように見る見るうちに城砦を取り囲んでいた。


「どういうことだ」


 勢力は五分五分。士気が高い分こちらの優位と踏んでいたオロチの表情に焦りが浮かぶ。城壁を守る味方の兵士がやられて消える光が先ほどより明らかに激しくなっている。


「おい、オロチ。どうなっているんだ。あいつら倒しても倒しても、尽きないぜ。約10分に一回くらい、新しい兵達が沸くように出てくるんだ」


 ダイアから連絡が入る。


「鱗翅王が戻って来たんじゃな、そして鱗翅伯爵がついに無限兵のプログラムを発動したに違いない」


 カローンが険しい顔で敵軍を睨む。


「きっと悪玉親子がこの世界側からプログラムをいじってるんだな、無限の兵力を持つ相手と消耗戦を戦って勝てるわけがない……」


 総司令、オロチの整った白い顔に影が射した。

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