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その4

 スターアニスは彼を見て敬礼する警備の兵への答礼もそこそこに、まっすぐに城内の二つの塔にはさまれた四角い建物、王宮に入ると王の居室のある4階に駆け上がった。


「鱗翅王から呼び出しを受けた」


 警備兵に居室エリアの外にある、側近専用の謁見の間で待つように伝えられ彼は片膝を立てて控えながら王の出現を待つ。

 暫くすると顔を赤く上気させた王が屈強な伴の兵士を前後に付けて登場した。


「自分勝手にわが軍を采配するなど、お偉くなったものだな、スターアニス」


 いきなり浴びせられる皮肉に少年はただただ平伏する。

 その赤みががった金髪を檀上から不機嫌そうに睨むと、鱗翅王は極彩色の斑点が散りばめられた黒いマントを揺らせて彼に近づいた。


「越権行為も甚だしい。どの面を下げて来た」


 手に持った黄金のステッキがひざまずく警備隊長の頭をぐいっ、と逸らす。

 湖水のように青い瞳が、臆することなく鱗翅王の底なし沼を彷彿とさせる黒い瞳をまっすぐに見上げた。


「城砦内の一般人をあのままにしておくと、彼らは戦闘に巻き込まれ少なからず命を落とすでしょう。彼らあっての王都、戦闘前に避難させておくのは当たり前の話だと考えますが」


「雑魚など、そのまま反乱軍への盾として使えばよいのだ」


「我が軍の兵士にも感情があります。同胞を盾にするなどと言う卑怯な作戦は戦闘意欲をそぐこと間違いありません」


「ふん、雑魚兵士も所詮消耗品だ、戦闘意欲が欠如するようであれば使い捨ててしまえ。そのうち我が息子が無限兵の生産を行い始める。感情の無い、ひたすら戦うことをプログラムされた兵達が尽きることなく供給できるのだ」


「人の心を無くした指揮官からは、いつか人心が離れていくでしょう」


 スターアニスの瞳が鋭い光を放ちながら、王の瞳を射る。

 憎々しげに舌打ちをして王は視線を逸らせた。


「えらそうな口をきけたものだな。少しは使えるかと思って孤児だったお前を育ててやった恩を忘れたか」


「孤児……」


 少年の頭にあの女性の姿が浮かび上がる。

 彼と同じ赤みがかった金髪を緩く後ろで束ね、青紫の瞳を持つたおやかな女性。

 『やめてっ、ダイア。この子はスターアニス。赤猫に誘拐された私たちの子供よ』

 転覆者一味の隠れ家で、葉月と呼ばれていた女性が口にした一言が脳裏に蘇える。

 そして、彼女の姿を思い出すと同時にいつも、彼の鼻腔には何とも言えない優しい甘い臭いが蘇ってくるのだった。


「私は鱗翅王、あなたに一つお伺いしたいことがある」


 鱗翅王の返答を待たず、彼は続けた。


「私は本当に捨てられていた身寄りのない孤児だったのか」


 実は、スターアニスの心の奥では、鱗翅王に一言の元に否定して迷いを断ち切って欲しいと言う願望が首をもたげていた。今まで全てを捧げて信奉してきた育ての親との関係がゆらぎ、この世を転覆させようとしている敵の一味であるなどという許しがたい事実は彼の存在意義すらも危うくしかねない。

 しかし、彼は心のもう一方でなぜかあの女性に対する抗しがたい思慕が沸き上がるのを止められない。

 鱗翅王が何か言おうとした時に、窓の外が輝いて、外から雷鳴がとどろく様な群集の叫びが伝わってきた。


「何の騒ぎだ」


 彼は傍らにあるコンソールの上で指を躍らせた。

 いきなり部屋の片側の装飾の無い白い壁が、巨大スクリーンとなり夜空に浮かび上がるマーク達の姿を映しだした。それとともに、部屋がぶるぶると振動するほどの地響きを携えて群集が堀を渡る様子が映し出された。


「この無能もの、なんてザマだ」


 鱗翅王が少年をののしる。

 しかし、少年の耳にその怒号は遠雷のごとくかすかにしか響いていなかった。彼の瞳は、スクリーンに映し出された反乱軍の中にいる一人の女性の姿を凝視していた。

 その女性は、八人衆の隠れ家で会った時とは違って赤みがかった金髪をきっちり頭の上に結い上げている。猟師のような獣の皮のベストと、白い上着、細い足にぴったりとフィットしたスパッツを思わせるような黒いズボンといういでたちで、細身ではあるが、剣をふるうたびに豊かな胸が大きく揺れた。

 画面が彼女から離れても、彼の瞳は吸い付いたようにスクリーンから離れなかった。


「どうした、何を呆けている。早く前線に戻ってこの事態を収拾して来い」


 スターアニスは凍りついたような表情で、鱗翅王を見た。


「王のために死ぬ覚悟はできております。どうか、わ、私の迷いを払拭してください」


「なんだ? その迷いとは」


「私は捨て子とおっしゃいましたね。しかし、八人衆の一人と思しき女が私はさらわれた彼女の子供だと……」


 声が震えている。


「ふん、所詮乳臭いガキなのだな、お前も。母と言われたくらいで動揺するなんて」


 救いを求めるように青い瞳が、王に向けられる。


「しかし、私には確かに覚えがあるのです。あの、吸い込むと鼻の奥に広がっていく甘い香りが……あれは」


 葉月の血を引いているのか、彼の嗅覚も並はずれて強い。理性は否定していても、彼の本能は彼女が母だと悟っていた。

 鱗翅王の目が光る。

 じっと自分の方を見つめる少年に皆まで言わさず、彼はそっと手を振った。

 たちまち物陰から現れる兵達が彼を取り囲む。


「な、何をなさるんです」


「残念だよ、スターアニス。八人衆の事に気が付かなければ、もっと部下として使ってやっても良かったのだが、まあ潮時という奴か。寝返られてもたまらないから、ここらで本来の目的だった人質として利用させてもらうとしよう」


 不気味にほほ笑みながら、鱗翅王は部屋を後にした。


「もうお前は戦場では用無しだ。無限兵の投入で決着がつくのも時間の問題だからな」


 部屋の外から鱗翅王の高笑いが聞こえてくる。

 長い剣を振り上げる少年に向かって、ぐるりと囲んだ兵たちが大きな盾をもって突進した。

 振り下ろす剣は盾にはじかれる。

 彼は戦いながらも、四方から迫る盾の中に吸い込まれていった。




 王都になだれ込む軍勢を、鱗翅王の軍勢も迎え撃つがスターアニスが指揮をとっていないため今一つ反撃に今までの切れが無い。まるで恐怖を知らぬアメーバ―が触手を広げるように、反乱軍は城壁をのりこえて浸食していった。

 全軍が城砦の中に吸い込まれたのを確認してチョッカーンはその時点でキャプスレートを中止した。かなりポイントを使ったのだろう、肩で大きく息をしている。疲れが見えるのはテレキネスを使っているローエングリンも同じだ。

 しかし、彼らの意気は最高に上がっていた。


「やったな、マーク。大人気じゃないか」


「チョッカーンと、ローエングリンのスキルがあってこそだよ」


「それにしてもすごいな、キャプスレートってスキルは……改めて最初にこれを選んだ慧眼を尊敬するよチョッカーン」


「やるわね、チョッカーン、マーク」


 4人は空中で盛り上がる。さすがにカローンはその若々しい会話には入りきらないらしい。


「このまま、僕らを王宮の頂上にお願い」


 ローエングリンにマークは叫んだ。

 マークが前面にバリアを作り、ローエングリンは5人の身体を王宮の屋上に着地させる。屋上はびっしりと兵達が居るが、シュヴァーンの一線で彼らの周りの兵達は光の粒となって四散した。

 次々に迫ってくる兵士をローエングリンが薙ぎ払う。チョッカーンがキャプスレートを発動する隙を与えない。


「無駄なことはするな。ポイントは温存しておけ」


 会話の間にも、彼の右手はまるで流れ落ちる滝のように動き、向こう5メートルにわたって兵が四散する光が帯となって浮かび上がった。


「こんな雑魚、私だけで十分だ。しゃもじはしまっとけ」


 彼らの後ろはマークのがっちりしたバリアーが守っている、ポイントが充分なため今までで最強の障壁だ。


「おい、ローエングリン無理するな」


 チョッカーンが心配そうに獅子奮迅の働きをする仲間を見つめている。


「なんか、アイツ見てられないぜ。なんかやけっぱちって感じで……」


 ローエングリンとは、最初から本音でぶつかり合ってきた喧嘩友達である。それだけに彼は今のローエングリンに切なくなるほどの危うさを感じていた。

 それにしてもさすがに王宮の警備だけのことはある。後から後から湧き出してくる兵士達に、ローエングリンにも疲れが見え始めた。片手で振っていた剣はいつのまにか両手で握られている。唇を真一文字に引き締め、相手の消滅光で瞳をギラギラと光らせながら鬼気迫るほどの迫力で立ち向かっているが、呼吸とともに肩が上下し始めた。止まることなく流れるように弧を描いていた剣先が、徐々に下を向いて静止する時間が長くなる。

 その、ほんの一瞬の隙。

 再び剣が振り上げられる間を縫って、兵士達がローエングリンに切りかかった。


「キャプスレート」


 兵士の塊が、真空パックのようにぴったりとした空間に捕えられ、窒息して消えていく。

 しかし、取り残された一人の兵士が剣を振り上げてローエングリンに突っ込んでいた。


「あ……っ、つ」


 チョッカーンの叫びに、慌てて振り向いたマークが見たものは。

 ピンクのドレスから伸びた長い左足が、兵士の胸板に蹴りをめり込ませ吹っ飛ばしている姿だった。そして、そのまま両手で持ったごつごつした白い杖を自分の左(わき)にえぐりこませるように突き立てる。

 姫の背後から襲い掛かろうとした兵士が金色の光に包まれて消えて行った。


「姫様っ」


「戦うって言ったでしょ、私だって名うてのプレイヤーだったんだから」


 カローンの杖を構え、ちょっと恥じらうような表情を見せて優理が微笑む。


「要らないことをするな、どうせ私なんか死んだ方が良いんだろう」


 吐き捨てるような言葉とともに、ローエングリンは再び鬼神のごとく立ち回り始めた。


「私はそんな血も涙も無い人間じゃないわ。あなたもどうしようもないひねくれものね」


 優理の言葉は、戦いに没頭する金髪の青年には届いていない様であった。

 尽きることの無いと思われた兵士が徐々に減っていく。そしてその先には王宮に降りる階段の入り口が見え始めた。


「みんな、行くぞっ」


 ローエングリンが剣を振り回しながら突進する。彼の前にはモーゼの渡海のごとく両側が黄金に輝く道ができて行った。






「そろそろ奴らをここにおびき寄せてもいい頃かな」


 鱗翅王が血走らせた白目をぎょろりと部屋の隅に向ける。

 その視線の先にはスターアニスが口元から血を滴らせて柱に縛り付けられていた。


「大人しく捕まればいいものを、抵抗するからだ」


「……あなたを信じていた。あなたに仕えることが私の存在理由だと思うくらいに」


 絶望の色を浮かべた青い瞳がじっ、と鱗翅王を見る。


「甘いな、私は他人を信じない。そんな甘っちょろい感情を持っているから自分の目的も遂げられずに、生涯を閉じねばならないのだ。マークの父親のようにな」


 スクリーンに屋上が映しだされる。


「さあ、あの飛んで火にいる夏の虫どもが来るぞ」


 スクリーンに大写しになるマーク。部屋には鱗翅王の低い笑い声が響き渡った。


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