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その3

「それはそうと、姫様はどうするんだ、マーク」


 頭をさすりながらチョッカーンが姫様の方にちらりと視線を向ける。


「高柳と会う確率は王宮に行く僕達の方が高いと思う。でも、安全なのはペリドットと一緒に行って早く八人衆と合流するほうだ、だから……」


「嫌よ、私はあなた達と行くわ。もちろん高柳君には会いたいけど、それだけじゃない。鱗翅王とあなた達の戦いも見届けたいの」


 避難を進める彼らの方を強い光を放つ瞳で見ながら、お願いとばかりに姫がマークの二の腕をそっと引き寄せた。その仕草を見たローエングリンが苦々しい表情を浮かべる。


「お前、足手まといだってことがわからないのか」


「あなた達と違ってこの世界ではプレイヤーとしての力は無いけれど、それでも運動神経は良い方よ。何かの役にはたてるかもしれないわ」


「ふん、なんだよその手は。マークが初心(うぶ)なのをいいことに、どんな時でも甘えればわがままが通ると思ったら大間違いだからな」


「そ、そんなこと全然思ってないわ」


 優理は掴んでいたマークの手を慌てて離す。片割れ同士はお互いにそっぽを向きあった。


「まあまあ、自分同士でいがみ合うのはいい加減にしろよ。それよりも作戦前に、恒例のポイントチェックと行こうぜ」


 チョッカーンの提案に三人はそれぞれマルコムをチェックする。

 先ほどのクラスメートからの補填で流通ポイントはかなり増えていた。

 マーク17010MP、チョッカーン16140MP、ローエングリン16993MP。

 これだけあれば結構な大技が発動できる。


「先ほどの円柱で作ったキャプスレートが500MPだな」


 流通ポイント使用履歴を確認するチョッカーン。


「以前だったらもっとポイントが減っていただろうけど、俺もこのスキルを使いこなしてきたのか、だんだん一つの技に消費するポイントが減ってきたぜ」


「おい、チョッカーン、気を付けるんだぞ。お前にはもう仮死状態という執行猶予期間はないんだからな」


 放置しておけば、成り行きのままどこまででも際限なくポイントを使ってしまいそうなチョッカーンにカローンが苦言を呈する。


「心配するな、エロジジイ。絶対お前らの再婚式には出てやるから安心しな。人の事を心配する前に、ご祝儀が不祝儀にならないように残り少ない自分の寿命を大切にするんだな」


「大きなお世話じゃいっ」


 捨て台詞を吐きながらもカローンは心配そうに、血の気の多い辮髪(べんぱつ)の青年を見た。勇気と男気に溢れた真っ直ぐな熱い男だが、どうも後先顧みない危うさが全身から漂っている。

 傍らに立つマークも疲れでどす黒い顔をしながら目だけはらんらんとさせている。ここに来たばかりの愛玩動物のような弱々しい目ではなく、今の瞳には何か獲物を狙う野生の獣のような輝きが宿っていた。

 ローエングリンは髪を振り乱しながら仁王立ちになっている。自らの半身との諍いに精神的に疲れ果てているはずなのだが、それでも仲間を見る目は優しく力強い。しなやかで美しい肢体から、立ち上る闘気が見えるようだ。


「インフィニティ、彼らにご加護を」声を出さず、白髭に埋もれた唇が動いた。






 吹きさらしの塔のてっぺんには秋の夜風が清冽な空気を運んでくる。

 ふと見上げると空にはまるで銀の粉をまき散らしたかのような満天の星。

 都会の厚い雲に覆われた空しか見たことの無いマークはいつもこの星空に感動を覚える。

 視線を下ろすと、彼の横で優理が同じようにして天空を見つめていた。

 こうして一瞬でも姫と並んで星を見るなど、現実では絶対にありえない状況である。無言で(たたず)む姫様の美しい横顔をマークは半ば信じられない面持ちで見ていた。

 しかし、姫様の顔は何処か寂し気、そして頼りなさげ。

 きっと、離れ離れになった高柳の事を考えているに違いない。

 それでもいい……。

 マークの心の中に自然に浮きあがってきた感情は、彼自身にとっても意外なものであった。しかし、今の彼は嫉妬や独占欲などという陳腐な感情を超越した、何か違う感情が心の内から湧き上がってくるのを感じていた。

 彼女が誰を好きでも、振り向いてもらえなくても構わない。

 彼女がまた、現実に帰ってあの元気な「俺様姫」に戻ってくれるのなら。

 今から大きな作戦が始まる。彼は再び視線を夜空に向けて大きな深呼吸をした。


「姫様、僕はこの身を賭けても、あなたとあなたが好きな高柳を現実の世界に帰します」


 なんの(てら)いも無く、気負いも無く、空を見上げるマークの口からふと言葉が漏れた。

 そんなマークを驚きの表情で優理は見つめた。


「私の事を怒っていないの? 私が軽率なばかりにみんなをこんな事に引きずり込んでしまって……、その挙句に敵である高柳君を好きになっただの、帰りたくないだの、わがままばかり言って」


 マークは首を横に振った。


「僕は、ずっと誰かの役に立ちたかったんだ。あの日から……」


 それは、兄が母の望みをかなえてしまった合格発表の日。それからというもの彼は行き場が無くなって宙ぶらりんになった心を持て余してきた。

 何のために勉強するのか、何のために生きるのか、そもそも僕の夢はなんなのか。

 マークは今まで惰性で生きてきた自分を感じている。

 でも彼には今ここで、新しい目標を見つけた。

 マークは優理に向き直った。


「僕は、皆を連れて帰るよ。絶対に……だから」


 マークのアーモンドの目が今までにないほど強い光を放っている。


「何があっても、僕を信じて」


 その言葉に、まるで催眠術をかけられたように優理がうなずく。

 マークは周囲を見回した。

 仲間達もマークの方を見ている。

 マルコムに表示された時間はそろそろ作戦発動時間が近いと告げていた。


「みんな、帰ろう。鱗翅王を撃破して」


 まなじりを決して、マークが高らかに叫んだ。

 おおっ、皆の声が天空に響き渡る。


「城内突入まで、あと35、34、33、32、31……」

 

 30と数えると同時に、チョッカーンのしゃもじが上がった。

 そのしゃもじからは極彩色の花火が立て続けに発射される。

 それはまるで鳳凰がパールカラーの羽を広げて漆黒の空を乱舞するかのごとく、筆に光を付けて夜空のキャンバスに描いているかのよう。

 王都の人々、敵も味方もすべて夜空を埋め尽くす派手な花火に目を奪われた。


「俺、花火師のセンスあるな」


 チョッカーンのつぶやき通り、満天に描かれる花火の模様ははかなくも華麗。豪快かつ繊細。才人チョッカーンの面目躍如の出来栄えであった。

 花火で埋め尽くされた夜空はまるで真昼のように輝いている。


「3、2、1……」


 チョッカーンに代わってカウントしていたマークの声が途切れる。

 その瞬間。

 ふわり、マーク、チョッカーン、ローエングリン、優理、カローン。五人の身体は宙に浮かんだ。

 ローエングリンがテレキネスを発動したのだ。

 しゃもじから今度は金色の光の帯が噴出し、滝のように落ちる。それはまるで彼らの背後に光の屏風を作るかのように輝いた。

 それを背に4人は槍や投石の届かない高度に浮かびあがる。


「マーク・チートだ、転覆者たちが降臨したぞっ」

「邪悪な悪魔に魅入られたこの世の崩壊を救う男だ!」

「創造主が我らに遣わされた、救世主達だ!」


 王都の周りをぐるりと取り巻いた軍勢は波のように揺れながらまるで呪文を唱えるかのようにマークの名前を連呼した。


「お前なんだか、知らないうちにカリスマ化してるぞ」


 チョッカーンが目を丸くする。

 マークは頬を赤らめながらも、もう自分の責任から逃れられないと肝を据えたのか、黙ってうなずいて、右手を高らかに差し上げた。

 遠眼鏡を持つ者が居るのだろう。救世主降臨を確認した反乱軍の人々がマーク達を呼ぶ声はさらに熱を帯び、歓声とともに王都の水堀に突進した。


「チョッカーン、花火を止めてあたりを暗くしろ。円柱でペリドット達をあの陰におろしてくれ」


 マークが闇の中でも見えるその驚異的な視力で兵達の手薄な場所を指し示す。

 ペリドット達はかねてからの打ち合わせ通り、キャプスレートで作った円柱で塔の上から脱出して行った。

 王軍は警戒していたものの、花火に気を取られて若干の油断があったことは否めない。彼らは反乱軍に対峙して塀際をかためてはいたが、広くて長い水路にかかる跳ね橋はあげられており、容易に堀をこえられない状態になっていた。現に水路の中に船が下ろされようものならすぐさま兵の構える弓矢の餌食にされている。彼らとしてはしばらくはこのまま水堀を真ん中にした睨みあいが続くだろうとふんでいたのである。

 しかし。

 押し寄せた軍勢は、そのまま一気に水路を渡り城塞を囲む壁の上に飛びついた。まるで、水など無いかのように軍勢は次から次へと渡河する。

 彼らの足の下の水堀には、頑丈な透明の空間がまるで水堀に蓋をするかのように形成されている。もちろん、それはチョッカーンが流通ポイントを湯水のごとく使って発動したキャプスレートのなせる業だった。

 不意打ちをされると正規軍は案外もろさを見せる。

 反対に訓練されていない烏合の衆だが、こういう軍勢は乗せると怖い。

 マーク・チートの出現にまるでエネルギーを与えられた分子のように、激しく動きまわり膨れ上がった軍勢は、異様な盛り上がりとともに城壁を越えまるで洪水のように王都の中になだれ込んだ。

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