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その1

「カローン、優理の洗脳をクラスメートのように解いてくれないか」


 あまりのローエングリンの落ち込みを見るに見かねたチョッカーンが宿敵に向かって懇願する。宿敵は白髭をしごきながら力なく顔を横に振った。


「無理じゃ。確かに鱗翅伯爵によって増強されているところはあるが、もともと彼女が抱いている恋心は洗脳ではなくあの状況下におかれた乙女にはよくある疑似恋愛の反応じゃからなあ」


「じゃ、どうすればいいんだよ」


「そのうち時間が解決してくれるとは思うが……、新たなる王子様が出現するまで待つしかないじゃろう。ま、残念ながらお前は王子様って柄ではないな」


 いやみったらしく最後の一言を発すると、カローンは視線を別な方向に流した。


「そんなことより、今はもっと大切なことがある」


 視線の先には、ひとり離れて立ちすくむマークの姿があった。

 仲間達はそろった。そして鐘楼に来た。ここまでおぜん立てが整ったのに、肝心のマークはパスワードを思い出すことができないでいる。チャンスは2回だけ。マークの眼は座り、顔色はのしかかる重圧のためか、蒼白となっていた。


「ありゃあ、何にも浮かんでないな……」


 自分自身から存在を否定されたローエングリン。そして仲間を救うことができずに苦悶するマーク。二人の戦友を助けることができないチョッカーンは己の無力さに歯噛みした。

 突然、彼ら3人のマルコムとペリドットの通信機がけたたましく鳴り響いた。


「オロチだ」


 マルコムの上部に現れたホログラムを見て、マークとチョッカーンは歓声を上げる。ローエングリンはかすかにほほ笑んだものの、まだ立ち直れていないのか他の二人に比べて反応が鈍かった。


「心配したぞ、無事か。こちらは皆無事だ、お前達を助けようと軍勢をかき集めて今王都に向かっている」


 彼らの眼前に、ポニーテールに結ばれた銀髪を揺らし、赤い目を吊り上げた青年が現れた。彼の周りにはてんでバラバラだが防具をつけた兵士達が沢山集まっている。


「ああ、こちらも何とかみな無事だ。俺達は今塔の頂上に居る、鐘楼は目の前だ。マークがパスワードを思い出したらすぐにフィルタープログラムにアクセスする」


 マークとインフィニティの関係など、状況はすでにペリドットから聞いているのだろう。オロチは当たり前のように頷いた。しかし、次の瞬間彼はぼそりとつぶやいた。


「フィルタープログラムを通過したら、どうなるんだろうな、この世界は」


 マークは転覆者と位置付けられている。インフィニティにアクセスすることができれば、鱗翅王達の悪事は潰えるが、この世界はそのまま消滅するのではないだろうか。表情は変えないが、オロチの一言にはキャラクター達皆が抱く葛藤が集約されていた。


「八人衆が守ってきたんだもんね、この世界を。それなのに、ぼ、僕はもしかしたら君達が守ってきた世界を……」


「気にするな、マーク。正義のためだ。それにインフィニティが望むなら、我ら八人衆、消滅など全く恐れはしない。特に八人衆筆頭の私は、お前を守る任務を与えられている。だから、お前が自分の思った道を突き進んでくれるのを助けるのが私の一番の使命なんだ。ただ……」


 一瞬の沈黙。


「おい。なんでもずけずけしゃべる口の悪いお前らしくないぞ、言いよどむなんて」


 横合いから入る主人の一言。発される言葉は悪いが、遠慮なく言え、とばかりに背中を押す気持ちが痛いほど伝わってくる。だから自分はコイツが好きなんだ、オロチはそっと目を閉じてにやりと口角を上げた。


「ああ、確かにな。本心を言おう。やっぱり未練はないと言いながらも私は好きなのだ、この世界が、八人衆の仲間が、そして、お前らもな」


 最後の言葉を言うと、オロチは口をへの字に曲げ顔を横に向けた。まるで異性への告白を終えた少年がどんな顔をしたらよいかわからず、そっぽを向いてしまうように。


「ぼ、僕も、オロチ達と冒険できて楽しかった。こんな恐ろしい罠で一杯の世界を暗中模索しながらの旅だけど、でも、沢山のいい出会いがあった、君もその一人だよ」


「もちろん俺もそう思ってるさ。ま、気がむいたらまた俺の胃のなかに招待してやってもいいんだぜ」


 オロチの持つ通信機の上に笑顔のマークとチョッカーンが大きく投影された。


「私は今まで人間が嫌いだった。プレイヤー達はゲームとはいえ異性に対して貪欲、そして自分が姫を得るために人を出し抜こうと言う意識がギラギラして、愚かなその姿に私は辟易した。だからこの世界を守りながらもプレイヤーには正体を明かさず、そして極力近づかなくてもいいように玉に変化(へんげ)していたのだ。で、退屈しのぎに時々目に余る強欲なプレイヤーに悪戯しながら、いつかお前達がここに来るのを待っていた」


「へっ、ゲームでギラギラするのは当たり前じゃないか。悪戯なんてするから、『やっちまっ(たま)』なんて名づけられるんだぞ」


「うるさい。どこの誰が言い出したかわからないが、言うに事欠いてこの八人衆の私に、やっちまった、など失礼極まりない」


 そのあだ名は、よっぽど気に入らないのだろう。オロチの鼻が膨らみ口先が尖る。


「待って、オロチ。君は誰がその名前を付けたのか覚えていないの?」


「ああ、マーク。知らない間に、そんな名前が流布されていたのさ」


 マークの頭の奥底で、かすかに何かがちくっと刺すような感覚があった。

 なんだ、この感覚は。マークは自問する。確かに今砂底をひっかいて石に当たるような感覚があった。この感覚には覚えがある。幾多の危険を潜り抜ける際に、彼が何かを思いつく前の兆候。無意識からの、声の無い叫び。


「オロチ、これは大切なことなんだ。やっちまっ玉は、どこかのプレイヤーが名づけたのかい? それとも……」


「知らないんだよ、知らないうちに蔓延していたんだよ、その呼び名が」


「プレイヤー達が命名して常用化したなら、ネットとかにもっと出てきていいはずなのに、俺が検索した範囲ではなかったぞ」


「私は一般的なゲームについてかなり知識のある方だ。このゲームの動向も気になってネットでチェックしていたが、膨大なこのゲームの情報の中でオロチが変化した玉の噂に関しては数件しか読んだことはない。もちろんやっちまっ玉と呼ばれているという記事は全く読んだことが無かった」


 ローエングリンも口をはさむ。


「玉形態の時の君のあだ名、もしかしてもともと設定としてプログラミングされていたのかも」


 マークの声がか細く震える。

 転覆者と、オロチは常に寄り添う。という言い伝えがこの世界には残されている。そして、オロチに課せられたマークを守るという使命。もしかしてこれはマークを守るというよりも、常にマークにオロチという存在に目を向けさせるため、ということは無いだろうか。

 マークの脳裏に、母の調子っぱずれの声が響いた。

 父が唄っていたという、あの妙な子守歌。


「ヤチマタ、ヤチマタ、ヤッチマッタ~~」


 これだ、これに違いない。

 父親から自分に託された唯一の伝言。

 マークの胸が早鐘のようになり、彼は知らず知らず大きな叫び声を上げた。

 その時、塔の頂上に通じる上り口に築いたバリケードから鈴木の声が上がる。


「きやがったぜ」


 見ると、鱗翅王の軍勢が今にもバリケードを押し倒して入って来ようとしている。


「ここは俺達に任せろ」


 駆け出していくクラスメート達。ペリドット、ローエングリン、カローンも彼らに続く。

 優理はどうしていいかわからない様子で、彼らを見ながら呆然とたたずむのみ。


「さあ、行くぜマーク。思い出したんだろう」


 チョッカーンがにやりと笑ってマークの肩を叩く。

 マークは口を一文字に引き締めてうなずいた。

 彼らは、一気に鐘楼に通じる階段を駆け上がった。






 塔の頂上には、階段がありそれを登ると鐘楼に出る。重厚な赤茶色の屋根と白い漆喰で形作られたその鐘楼はほとんど壁の体をなさないほどに窓が大きく打ち抜かれそこから直径2メートルはあろうかという巨大な金色の釣鐘が覗いていた。

 鐘は横棒に固定して吊り下げられている。傍らの太い綱を引っ張るとこの横木が動いて鐘が揺れることによって、鐘の中にぶら下げられている金属が当たって音が出るしくみになっていた。


「この鐘を鳴らしながら、呼びかけの言葉を叫べ。それですべてが終わる」


 チョッカーンの言葉に上気した頬を膨らませて、マークがうなずく。マークは自分の心臓の音で押しつぶされそうだった。

 濃厚で目まぐるしい日々もこれで終わる。

 インフィニティを呼び出して、美月さんやみんなを連れて帰るんだ。

 彼は、大きく深呼吸をして目を瞑った。

 頭の中には、母の姿。

 台所でいつも聞かせてくれた父の思い出話。


「お父さんに届け」


 マークは思いっきり綱を引っ張る。

 ガラアアーン、空気の振動がそこにいるすべての人々の顔を直撃した。鐘の音がすると同時に鐘から虹色の光が広がって行く。

 敵も気を取られたのだろうか、バリケードに押し寄せる敵の軍勢の声が止んだ。


「気付け、気付いてくれ、インフィニティ」


 絞り出すようなチョッカーンの声。

 夕焼けに虹色の波紋を描いて広がっていく鐘の音。

 マークは声を張り上げた。


「ヤチマタ、ヤチマタ、ヤッチマッター」


 彼は目をつぶって空に向かって声を限りに叫び続んだ。

 そっと、目を開けてみる。

 だが、彼らが期待したようなことは何も起こっていなかった。

 叫ぶ前と後、何一つ変化はない。

 いきなり時が動き出したかのように、再びバリケードで戦闘が始まった。


「うそだ……何も起こらないなんて。間違いないと思ったのに……」


 がっくり膝をつくマーク。


「あきらめるな、何度も叫んでみろ」


 チョッカーンの励ましに、声を限りに叫び続けるマーク。

 鐘を鳴らし続けるチョッカーン。

 しかし、空はただ、寂しげな赤い光を湛えてそこにあるだけ。

 声がかすれ、マークはとうとう叫ぶのを止めた。

 お読みいただいてありがとうございます。申し訳ありませんが、諸般の事情で6/22の更新は一回休ませていただきます。時々修正で更新することはありますが、次回は6/29です。6/22に10章その5に文章の付け加えを行いましたが大勢に変化ありません。6/22修正等行う予定です。

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