その4
「何か洗脳を解く方法はないの? カローン」
マークが振り向く。
「彼らをキャプスレートで封印したり、テレキネスでふっ飛ばすことはできると思うんだけど、クラスメートにそんな乱暴なことはしたくないんだ。なんとか、彼らの洗脳を解くことができれば……」
「わしも脱洗脳プログラムを作りかけてはいるのだが、残念ながらまだ不十分な状態だ。このプログラムでは、固く築かれた彼らの意識の防壁は突破できん。なんとか脳を混乱に陥れることができればいいのだが……」
その言葉を聞いた途端、チョッカーンが手を打った。
「催眠術の方法が役に立つかも、そういえばあれも……。何とかなるかもしれないぞ」
「本当にお前、テストに出ない雑学には強いな」
カローンが顔をしかめる。
「ご長寿カップルさん、ちょっとお耳を拝借するぜ」
辮髪青年は、老人の白髪に隠れた耳をぎゅっと引っ張り、耳元で何かつぶやいた。ペリドットも体を寄せて彼の言葉にうなずいている。
「チョッカーン、何をこそこそしているっ」
後方の四人が小声で会話しているのに気づき、先頭にいる鈴木が声を荒げて刀を振り下ろした。
ローエングリンがそれをがっちりと受け止める。その瞬間。
「キャプスレート!」
チョッカーンの声とともに、彼らが掲げる松明が小さい空間に包まれた。
酸素を消費して松明の火が消える寸前、ペリドットが飛び上がり、クラスメートたちの頭上をひゅんとまるでモモンガのように飛びながら明かり取りの窓に張りついた。
狭い螺旋階段が一瞬で暗闇に閉ざされる。
「みんな、正気に戻れっ。花火スキル発動っ」
チョッカーンが振り上げたしゃもじから、赤と青の火花が飛び出した。それは同心円を形成して、空間全体がストロボでフラッシュしているかのようにすごい速さで点滅する。
「うっ」
目を瞑ると相手にやられるかもしれないとの恐怖で、クラスメート達は皆開眼している。数分その光が続いた時点で、クラスメートの江藤が体を小刻みに震えさせながら硬直して倒れた。同時に叫びがあちこちで上がり、一人、また一人と倒れていく
集団ヒステリーであろうか、過呼吸を起こしているかのような、ゼイゼイとした息も響いてくる。過呼吸は広がっていき手のしびれからか、剣を落とすものまで現れた。
彼らと対峙しているローエングリンも、背後から光を浴びているにも関わらず、気分が悪いのだろうかとうとう寄りかかるように片手を階段の壁に付いた。それを見た鈴木も剣を手から落として膝をつく。
カローンは背中に担いでいた機械を下ろすとカチャカチャとキーを叩き始めた。一体のリズムを刻みながら打たれるそれは、まるで何か魔法の言葉を詠唱しているかのように狭い空間に響いていく。
点滅する青と赤の光の中、過呼吸で座り込むもの、けいれんして倒れる者が続出した。しかし、彼らはカローンが打つキーの音を聞くと、次第に安らかな顔になり、弛緩した身体を階段に横たわらせていく。
しかし、残りの数人はまだ坐った目でマーク達を睨んでいた。
青の光は消え、赤い光だけが先ほどよりゆっくりと点滅し始めた。
「思い出せ、俺達はクラスメートだ」
チョッカーンの低いつぶやきが繰り返される。
赤い光は、次第に彼らの高校の校章に形を変えていく。
「もう冥界から出たんだ、恐れることは無い、俺達は味方だ。クラスメートだ、思い出せ、俺は勘助、こいつは誠だ」
赤と青に反応しなかった者達に反応が現れた。
何かを振り切るように顔を振るもの、目を丸くして空を見上げる者。
キイを打つカローンの指先から奏でられる音は、点滅に同調するかのように静かに階段の壁に吸い込まれていった。
「よおし、完了だ。彼らは洗脳から脱している」
カローンが叫んだ。
明り取りの窓からペリドットが離れたのか、あたりは薄い光に包まれた。
そこには、クラスメート達がきょろきょろとあたりを見回しながらぽかんと座り込んでいた。
「洗脳されていたのは覚えておるか?」
カローンの問に、皆うなずいた。
「はっきりとじゃないけど、頭の中を締め付けられるようにして他の思考ができなかったのを覚えている。まるで広い荒野の中で道筋が一本しかない道を歩かされているような気分だった」
鈴木が頭を振りながら、溜息のように言葉を発した。彼は照れたように彼らを見上げる。
「解放してくれてありがとう、勘助、誠。いや、ここではチョッカーンとマークか……」
「僕は何もしていない。これはすべてチョッカーンの手柄だよ」
「一概にそうとも言えない。光刺激をしても反応するのはごく一部だ。確かに過呼吸や催眠作用のある赤い光の点滅も脳をかく乱するのに役立ったのかもしれないが、やはり創造者の息子がもつ神通力がインフィニティの下部組織のジャッジメントを甘くして脳波かく乱の加担をさせた可能性が大きい」
チョッカーンが腕を組んで額に皺を寄せた。
「しかし、何処からこんなことを思いついたんじゃ、チョッカーン」
「ずいぶん昔、アニメーションで激しい点滅が起こって救急車で沢山の人々が搬送されたことがあった。以前その話題になった時、江藤の親がそうなったことがあるって話を聞いたんで、一か八か試してみたんだ。それに、誰かが反応すると集団ヒステリーを起こして連鎖するかもしれないと思ったしな。後の赤色の点滅は催眠術の時に使う手法だ」
「行き当たりばったり思いついたことを皆やってみたという訳か。ま、おかげで彼らの脳波が乱れて、障壁がもろくなってわしのプログラムが忍び込むことができた。チョッカーンお前は本当に型破りな奴じゃ」
その時、階下から剣と剣がぶつかり合う音がした。
「追手だよ、三人とも早く行きなっ」
いつの間に、下方に行ったのか、ペリドットの声がした。彼女が追手を押しとどめているらしい。
「わしはペリドットとここで防ぐ。お前達は上で姫を助けろ」
「俺たちもここに残って加勢するぜ」気がついたクラスメート達も声を上げる。「姫様によろしくな!」
「みんな……、すまないっ。あとで会おう」
チョッカーンはマルコムの光を掲げて薄暗い階段を駆けあがる。
マークもそれに続くが、羽根が生えたような親友の足には追いつけない。
しかし。
靴音がひときわ早いサイクルで高鳴り、信じられないスピードでローエングリンが二人を追い抜いて行った。
「おいっ、抜け駆けはっ……」
チョッカーンがその金髪を引っ張ろうとするが、するりとかわされて、彼の手は宙を泳ぐ。
螺旋階段の曲がりを抜けると、横に明るいシャンデリアに照らされた部屋の入り口が見えてきた。
その部屋の入り口には、姫様通信で見慣れた銀色の格子がはめられている。
奥に人影が見えた、と同時にシュヴァーンが一閃する。
まるで銀色の飴細工のように、いとも簡単に崩れ去る牢の格子。
肩で息をしながら、三人は無言で立つ。
舞い上がる銀の欠片の中、牢の奥の壁にすがりつくようにして美月優理が呆然と立ちすくんでいた。
彼女の頭上では宝石が散りばめられたティアラがキラキラ光っている。
白い首にかかったネックレスにはシャンデリアから垂れ下がるガラスの滴を思わせる飾りがあしらわれ、体の微妙な揺れで七色に輝いた。胸から下を覆う薄い桜色のドレスはおとぎ話のヒロインのように腰までは体の線を強調し、そしてくびれた腰から下はギャザーが入ってふんわりと膨らんでいる。ちらりと裾から覗くハイヒールは真珠色に光っていた。
姫様、の名前にぴったりのお姫様ファッションを優理は完璧に着こなしている。
肩で大きく息をしながらローエングリンが姫の前に立って叫んだ。
「おい、姫様。救出に来てやったぞ、それもご自分でなっ」