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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
第10章 姫様、脱獄してください! だから、ご自分でっ
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その3

「あの……」


 手を取り合う二人におずおずとマークが話しかける。


「もう少し時間をください。僕、できるだけ父の作ったインフィニティにコンタクトできるように努力してみます。胡蝶プロジェクトの薄汚い企みを伝え、インフィニティにゲームプレイヤーを解放させた上で、その後の事は任せようと思うんです」


 マークのアーモンドの目がきっ、と吊り上り並々ならぬ決意を伝えている。


「わかった、お前なら何かしでかすことができるかもしれん」


 カローンは白いひげをしごきながらうなずく。


「最初会った時から、お前は何か違っていた」


「坊や、この世界の運命を、そして現実世界の運命を背負ってみるかい?」


 ペリドットが青年の顔を下から覗き込むようにして尋ねる。

 マークは唇を引き締めて、大きくうなずいた。


「簡単なことではないぞ、マーク。インフィニティの中枢。倫理プログラムにアクセスするためには、キーワードを探し、フィルターと呼ばれるプログラムを突破しなければならん。洗脳プログラム等の危険なプログラムが忍び込まないように、倫理プログラムにはアポトーシス機能がついたフィルタープログラムが付いているのじゃ。もし、抵抗不可能な強大な敵の攻撃を感じた時にはインフィニティは自死するように仕掛けられている……」


 受験問題に出てくる範囲なのだろう、マークはアポトーシスがわかる様子だが、他の二人はきょとんとしている。カローンは、少し頭を傾げながら一語一語彼らにわかるように言葉をつないだ。


「アポトーシスは生物用語で、細胞の死に方の一つじゃ。オタマジャクシがカエルに変化する時要らなくなった尻尾の細胞を消失させる時などに使われるアポトーシスという死に方は自己の死を誘導するいわば細胞のプログラムされた死じゃ、この世界にも同じような自死機能があって、フィルターに妙なアクセスがあれば、この世界を消失させるプログラムが発動する。もしこのアポトーシスプログラムの発動でインフィニティが急に自己崩壊したら、多分参加者達は正気を失うじゃろう」


「不用意にフィルタープログラムにアクセスできないね……」


 マークが額に皺を寄せる。


「アクセスするには王都の中にある二つの塔のうち、背の高い鐘楼のある塔に上り、まず鐘を鳴らす。そして鐘を鳴らしてから、お前が父親から受け取っているはずの合言葉(パスワード)を叫べ」


「違う言葉を2回続けてしくじったら、フィルタープログラムにアクセスできなくなるって言われているんだよ」


 ペリドットが口をはさむ。


「厳重に守られているのさ。なにせインフィニティの直属の私らでさえ、倫理プログラムには近づけないからねえ」


「下手な鉄砲数打ちゃ当たるという訳にはいかないんだね……」


「大丈夫か、勝算はあるのか? お前、パスワードとか聞いた覚えないんだろう」


 不安げなチョッカーンの問にマークは目を伏せる。


「確かに、僕とお父さんは会話をしたこともないし、物心ついたときにはもうお父さんは他人の記憶の中の人でしかなかった。でも、なんとかもう一度記憶を呼び覚ましてみるしかない。やるしかない、やるしかないんだ……」


 彼は自分に言い聞かせるように繰り返した。


「その前に優理を助けなければ。優理はどこだ。どこに幽閉されているんだ」


 ローエングリンがカローンに詰め寄る。


「知らないとは言わさないぞ、この梅干し弁当ジジイ」


 確かに言われてみれば、白髭の中に埋まった赤鼻が日の丸弁当の梅のようである。気品にあふれていたローエングリンの豹変にカローンは気おされたかのようにつぶやいた。


「美月優理はお前達が囚われていた牢のある塔の最上階にいる」


「では、その近くに戻してもらおう」


 カローンが杖を一振りすると、部屋にコンソールが出現した。数枚のディスプレイに城の様々な場所が映し出される。


「ここらが警備が手薄かのう、姫がいる最上階から2階ほど下の階段に出口を開けるぞ。おっ、そうそう、ポイントは返しておいたしスキルの限界設定も解除しておいた」


 カローンは彼らにマルコムと巻物、武器を返した。そして自らも小型のコンピューターらしき四角い箱を肩に担ぐ。


「多分、鱗翅伯爵はわしの翻意に気が付いている。このリバースルームも使えなくなるのは時間の問題だ。ペリドットとわしもここから出て、お前さん達の加勢をするつもりじゃ」


「頼んだぜ。でもお二人さん、二度目の新婚生活に支障がない程度にな」


 チョッカーンはにやりとして、目の前に現れたドアを押した。




 彼らはマルコムの灯りを頼りに暗い螺旋階段を息せき切って登る。階段は男三人がやっと立てるほどの幅だ。

 姫様、優理に会える。そう思うとマークの頭の芯が得も言われぬ感慨で痺れる。 

 無理だと何度思ったことだろう、でも、とうとうこの時が来た。

 しかし、その時。

 聞き覚えのある声がマーク達一団の頭上から降り注いだ。


「おい、待て」


 声とともにいきなり視線の先に、立ちはだかる多数の影が出現した。待ち伏せをしていたのか、何人かが松明に灯りをつけ、階段が急に明るくなる。


「お、お前ら……」


 チョッカーンが絶句する。

 そこにいたのは、オオカミ野で冥界に落されたマーク達のクラスメートだった。しかし、彼らの目はどこかうつろで、視点が定まっていない。

 一番前に立つ鈴木が階上から彼らを見下しながら剣を構えた。


「この転覆者ども、下手なこと考えずにおとなしく鱗翅王の軍門に下るんだな」


 教室ではお調子者でムードメーカーである鈴木が、起伏の無い声を発しながら詰め寄る。


「お前達とは、戦えるはず無い……」


 一色触発、先頭にいたローエングリンが青ざめながら一歩階段から退いた。


「鱗翅王様がこの世界をより幸せな、より快感の多い世界にしてくださるのをなぜ邪魔する?」


 鈴木の言葉にクラスメートたちはそれぞれの武器を構えた。


「目を覚ませ、鈴木っ、みんなっ」


 マークとチョッカーンの叫びも彼らの耳に届いていない様子だ。


「軍門に下らぬと言うのであれば、切り刻まれて冥界に沈め。底知れぬ暗闇の恐怖に(おのの)くがいい」


 冥界の恐怖と殺戮によって与えられる快感、この二つの刺激でクラスメート達は洗脳されてしまったらしい。

 脅しに動じないローエングリンに業を煮やしたか、鈴木が大刀を振りかぶる。

 がっちりと受け止めるローエングリン。


「目を覚ましてくれ、お前達も優理を助けに来たんだろう」


 本気を出せば簡単に切り伏せられる相手ではあるが、本来なら仲間になるはずのマークのクラスメートである。ローエングリンはもどかしさに桜色の唇を噛みしめた。


「優理? それは、誰だ?」


 彼らは現実の記憶さえも奪われているようだ。

 あまりの変貌に、マーク達は息を飲む。


「だめだ、クラスメートを斬ることはできない……」


 ローエングリンの身体が小刻みに震える。


「な、何とか洗脳を解けないのか、日の丸ジジイ」


「彼らが冥界を出てこの表舞台に居るという事は、鱗翅伯爵の洗脳プログラムには侵されているがインフィニティの演算下にもあるという事だ。という事は、わしにも勝算が無いわけではない……が少々難題だな」


「悠長に考えるなっ」


 鈴木の刃を押し返すと、斬りかかる他のクラスメートの剣を振り払う。それでも二十人近くいる男子生徒がかわるがわる斬りかかり、ローエングリンは階段を次第に後退していった。


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