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その4

 松明を頼りに言われたとおりに長い抜け穴を歩いていく。途中に数か所蛇行や分岐点があったが、八重に間違うと地上に出られないと釘を刺されていたため、彼らはお互いの記憶を確かめながら慎重に進んで行った。

 ゆうに数時間は立ったであろうか、不意に上方に向かう階段に行き当たった。

 行き止まりのその空間には、わずかだが薄い木漏れ日が射している。

 厚いガラスでできた小さな天井を開けると、落ち葉の積もった山の中の、けもの道に出た。彼らはいきなりの明るさに目をしばたたかせながら周囲を見回す。


「マルコム、ここは何処?」


 提示された地図では、この山を超えるともうそこは王都らしかった。

 傾きかけた陽はすでに一部が山に差し掛かり、あたりに満ちる光はオレンジに近い濃い黄色と化している。

 彼らは見晴らしのよさそうな場所に行きつくと、山の上から王都を一望した。

 そこには百科事典が提示した画像と同じ景色が広がっていた。

 王都は円形に近い形で、周囲を深い堀と城壁に囲まれていた。見える限り入り口は一つ、その中心には今まで見たものとは比べものにならない大きなそして装飾を凝らされた城。その城の周りにも厚い城壁が張り巡らされている。マークのずば抜けた視力には、要所要所に厚く配された屈強な兵や何台もの大きな投石機が映っていた。城の中には2つの塔があり、高くて太い方には鐘楼が付いていた。塔にはさまれるようにして王宮だろうか、四角い建物がそびえていた。

 城下は広く、そこかしこに櫓の様なものが立ち並び煙がたなびいている。

 建物はすべて石造りの堅ろうなもので、城ほどではないにしても豪華なものが多かった。

 城から放射線状に伸びた道にそって、市場や広場が見える。活気にあふれた市場では、色とりどりの野菜や、何かの獣肉をつるしたもの、服や調度品までもが売られて、人だかりが起こっていた。

 ここはずいぶんと裕福な都市らしい。

 しかし残念ながら彼の視力をもってしても、美月さんが居そうな形跡を見つけることはできなかった。


「幽閉されているお姫様って、塔の上ってイメージだよな。それに実際、牢って地下のイメージがあるけど、本当は逃げにくい天井近くにあったらしいからな」


 雑学に強い、チョッカーンが二つの塔を眺めながらつぶやいた。


「城壁に囲まれた王都の中にいきなり突入するのは危険だ。今日は王都の外で宿を取り、情報収集しよう」


 ローエングリンの言葉に二人は頷き、傾く陽に追い立てられるように山道を降りて行った。




 宿を物色している最中に、マルコムにオロチから全員無事との連絡が入った。

 彼らは隠れ家を引き払い、潜伏しながら王都を目指しているとの事だった。マルコムには、彼ら専用の通信装置から通じているらしい。

 無事の連絡を受けて3人のテンションはいきなり上がった。


「流通ポイントもあるし、どこかいい宿でゆっくりしようぜ」


 今回も、チョッカーンが彼のインスピレーションで宿を決める。

 ひなびた温泉宿といった小さな和風の旅館で、中年の女将一家が切り盛りしていた。


「あの感じの家族なら、大丈夫だろう。それに……」


 チョッカーンはこの世界で初めてと言ってよい、温泉マークを見てにんまりした。

 今まで純西洋風の宿屋だったが、王都の近くに来て日本の旅籠を思わせる宿屋が増えてきている。きっと風呂には期待できそうだ。今までは、冷たいシャワーか、良くても沸かした湯をためたバスタブでの入浴でそれぞれが順番に入っていると最後の方では冷めて震えることも多かった。


「湧くの? 温泉が」


「いいえ、湧きませんが、いくらでも温かいお湯をお使いいただけますよ。もちろんタダで」


 女将はふっくらとした細い目の女性で、にっこりするとその目はほとんど曲線と化した。


「燃料が豊富なのかな?」


 マークが首を傾げる。


「山が裏にあるから薪が使い放題なんだろか、川も流れているから水は取り放題だし。それともあの(やぐら)が何か関係あるんだろうか」


 近くに立つ櫓を見て、首をひねるチョッカーン。

 石造りの簡素な宿屋だが、裏に竹藪もあり、風呂場に向かって太い竹の管が横になって何かの配管のように連なっていた。


「さあさ、お入りなさい。近くの海の塩をこの街で製塩しているの。この街の塩は深い甘みがあるって評判なのよ。キノコの天ぷらにこれをつけるととびきり美味しいから楽しみにしておいてくださいな」


 この街が裕福なのは塩の交易にあると巻物が言っていたが、この産業は彼らが想像した以上の富を稼ぎ出しているのかもしれない。

 マークはあの不思議な配管について聞こうと思ったが、すでに女将は中に入り部屋の支度を始めたようだった。




 一風呂浴びて、久しぶりにさっぱりした3人は、用意された浴衣でくつろいでいた。用事があるとかで時間をずらして入浴したローエングリンも鼻歌を唄いながら部屋に戻っている。風呂がよっぽど気持ち良かったようだ。


「夕ご飯のお支度をしますよ」


 仲居さんが運んできたのはなんと純和風の夕ご飯。

 温かい白いご飯に味噌汁、納豆に小魚の焼いたもの。そして裏山から採ってきたという山菜やキノコの天ぷらがざるに山盛りになっている。

 マツタケあり、シメジあり、今まで食べたことの無い白いふわふわの丸いキノコもあった。3人は歓声をあげる。


「キノコって、それぞれ皆味や匂いが違うんだねえ」


 天つゆに浸してかぶりつきながらチョッカーンが感極まった様子で首を振る。


「こういう設定を見ると、つくづく作ったのは日本人だって気がするな」


 そう言いながらローエングリンがマークの方を向く。


「お前の家族とか親戚とかに、この世界に関係したと思われるプログラマーとかゲームクリエイターいないのか」


 マークは首を振る。


「聞いたことないんだ……」


「まあ、まあ固い話はそのくらいにして。考えてみれば、今晩はなんか今までで一番くつろいだ夕ご飯だよね。これから何があるかわからないし、核心の王都に向かう前に皆で乾杯しよう」


 チョッカーンは、皆に酒をそそぐ。


「あああ、2人とも酒癖悪いんだから気を付けてよ」


 マークが青くなる。


「大丈夫、一杯ずつだけだ」


 ローエングリンが微笑む。

 チョッカーンがお猪口を顔の高さに掲げた。


「この先、何があろうとも僕たちは仲間で親友だ。いいな」


 マークとローエングリンも大きくうなずく。


「我ら、最高のチームに乾杯」


「乾杯」


 三人はぐいっ、と杯を空にした。


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