その5
「次は、おまえじゃ。さっさと決めろ」
杖で自分の肩をぽんぽん叩きながら、めんどくさそうにカローンがチョッカーンの方を向いた。
「ま、お前さんは無難なところで、火器スキルと、剣くらいを持っておいた方が良いんじゃないか。あと、ヒーリングも少し……」
無謀な相方をもったチョッカーンを少し気の毒に思ったのか、白髭の老人は先ほどまで猿犬の仲だった青年に助言をしかけた、が。
「じいさん、これ、何?」
チョッカーンが指さしたのは、料理に使う透き通った耐熱性の丸いボウルを裏返したような絵だった。1000MPがついている。
「あ、それか。それはキャプスレート、カプセル化するという奴でな、魔法系道士系のスキルに採用されたのはいいが、人気が無くて埃をかぶっておる」
「ふうううん……」
「やめとけ、やめとけ、別に相手に攻撃力を持つスキルではないし、カプセル化すると言ったって、ポイントをためて強化しなければ包囲力もそんなに強いもんではない。面白そうだからと作られたが、あまり使いでがなくてな。防御ならバリアーにしとけ、そのほうがよっぽど使える。おまえ、相方があの選択だぞ。まともな攻撃力をもたないと、戦闘では一瞬であの世行きだ」
カーロンは憐れむように諭した。
「おれ、道士系に憧れるんだよね」
辮髪男は、じーっ、と裏返したボウルのような絵を見る。
「火器系とか打撃系とかって、その使い方しかなくてなんか技に広がりが無いんだよね。これ、独創的でおもしろそうじゃん」
「止せ」
カーロンが慌てて青年を制した。
にやり、と笑ってチョッカーンは顔色を変える老人を見上げる。
「これに決めた」
老人は言う事を聞かない孫を持て余すかのように、肩を落としてやれやれと深いため息をついた。
「仕方ない、ユーザーの希望は覆せんからな。で、どれくらいポイントをつぎ込むんだ」
「3500MP」
チョッカーンは自分の能力ポイントをほとんどこの得体のしれないスキルにつぎ込むらしい。
「お前ら、本当にやる気があるのか? 年長者の助言をことごとく無視して……」
白髭が逆立って、明らかに怒っているのがわかる。
「俺の直感が閃いたんだもん、仕方ないじゃん」
ぱらぱらとページをめくりながら、チョッカーンがうそぶく。
「ま、ちょっと攻撃力くらい持っとこうかな。ええっと」
「あと、500MPじゃ、ろくなスキルは無いぞ」
吐き捨てるように老人が言う。
「せいぜい、火花を散らす『花火スキル』くらいかな。攻撃力というより、趣味スキルに入るが相手を脅かしたり、干し草に火をつけたりするくらいはできよう。このスキルをゲットするためには100MPだ」
「花火、花火を上げることもできるのか?」
「ああ、だが、大きな花火を上げたり、少しは火力を持つ設定にするのであれば最低パワーには350MPは要るだろう、合計450MPだな」
「じゃあ、そこに350MP。花火かあ、楽しみだなあ、俺、かぶりつきで大きな花火見てみたかったんだ。できたら可愛い女の子と……」
そこで、チョッカーンはハタと手を打った。
「あ、そうだ。ここには使い魔とかいないの? 俺に仕える、とびっきり可愛い」
「お前、もうポイント50しか残ってないんだぞ」
呆れたを通り越して、なにか得体のしれない生物を見るかのような目で老人がつぶやく。
「いないの?」
「水先案内人用の妖精はいるが……」
「妖精、いいじゃん、いいじゃんっ。で、可愛いの?」
「可愛いが……」
老人は口ごもる。
チョッカーンはにたあ~~っと相好を崩してそんな老人を見つめた。
「まて、50MPだから、能力的にはお勧めできるものでは……」
「可愛い妖精だろ」
「ああ、それも、トリオだ」
老人は、なぜかチョッカーンから目をそらした。
「いいじゃん、いいじゃん、それいこっ、それ」
「お前のカラーに染まって出てくるが、いいんだな」
「いいよ、いいよ、俺色に染めちゃって」
チョッカーンは有頂天である。
マーク・シートはなぜか、老人が小刻みに震えているように見えた。
「それでは、深遠なる虚空から出よ! 妖精たち」
いきなり、極彩色の爆発が起こり、チョッカーンとマーク・シートは吹っ飛んだ。
大音声で流れ出す、三味線とアコーディオンの陽気な関西風の曲。
「は~い! 呼ばれてしまったのですう」
身長15センチくらいの羽のある物体が3つ、何か叫びながらチョッカーンの頭の周りをぶんぶんと飛び回った。
よく見ると、バレリーナの着るロマンティックチュチュ、ふわりと広がったスカートが付いたワンピースみたいなもの、を着た小さい妖精たちが嬌声を上げながら飛んでいる。
ホバリングしていると、上下に揺れるたび、ひらひらの服が揺れる。
体型は小さいながら、くびれもあり、しっかりと胸も揺れている。
「デ、デズニー協賛かよっ」
悪態をつきながらも、まんざらではなさそうなチョッカーン。
「あたしは、萌え系どじっ娘、ア・カーン」赤いチュチュの妖精が手を振る。
「あたしは、アダルト系エロっ娘、バ・カーン」青いチュチュの妖精が、投げキスをする。
「あたしは、天然系暴走娘、コリャイ・カーン」黄色いチュチュの妖精はなぜか四股を踏んだ。
「私たち、頭の中身はすっからカーン」
三人はきゃははははは~と笑いながら狂ったように頭の周りを飛び回り、チョッカーンの辮髪を振り回し始めた。
「私が居れば、御主人様に近づくハエはこれでいっぱーつっ、なのですう」
ア・カーンと名乗った赤いチュチュの妖精が叫ぶ。
どこからともなく飛んできたハエが辮髪に叩かれ、場外ホームランのように飛んで行った。
「屠ったのですう」得意げに叫ぶア・カーン。
「よせっ、俺の辮髪はハエ叩きじゃないっ」
チョッカーンが怒りのあまり赤くなる。
「怒るなよ、旦那」
青いチュチュのバ・カーンが流し目でチョッカーンを見つめる。
「旦那あ、宝石にちょっとカネを使いすぎちまって、貢いでくんない?」
「俺はお前のパトロンじゃないっ、もう、参加費に全部つぎ込んで、出るものなんて何もないんだ」
チョッカーンは身を震わせる。
「旦那さまあ、出ないのなら、カンチョーです、カンチョー! チョッカーンとカンチョーって似てますねえ」
黄色いチュチュの妖精、コリャイ・カーンが体の2倍もある大きな浣腸らしきチューブの付いたなすびみたいなものを持ってきた。
「カンチョーですううう、ご主人様っ。一発入れさせていただきまーすっ」
「よせっ、バカ、やめろおおおっ。なっ、なんなんだ。こいつらっ」
憮然とした形相で振り向くチョッカーン。
後ろでは、体をくの字に折り曲げて、苦しそうに引きつけながらカローンが笑っている。
さきほどの震えは、笑いをこらえていたらしい。
「もう返品はきかんぞ、だって契約しちゃったもんね~~」
老人は無礼で言う事を聞かない若者に一矢報いたとばかりに、髭の間からべろりと細長い舌を出した。
「くうぬうううううっ」
顔を赤くして悔しがるチョッカーンだが、すでにあとの祭であった。