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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
第8章 ローエングリン絶体絶命
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その6

 ローエングリンは意識を混濁させて、手をフックに繋がれたまま垂れ下がっている。

 火であぶられた金髪はところどころ焦げ臭いにおいを漂わせ、上着もぼろ布の様相を呈していた。

 金髪からは何度もかけられた液体がぽたぽたと滴り落ちているが、今の彼はすでに苦痛すら感じない。


「次は焼け火箸で起こしてやろうか。あのきれいな顔に一生残る焼印をつけてやる」


 ガーゴイル達がひそひそと相談して、火箸を真っ赤に焼き始めた。


「これくらいじゃあ、わしの角の償いにはならん」


 角を切られたガーゴイルが、ピクリともしないローエングリンに火箸を向けた瞬間。

 空を切って飛んできた短剣が、背中に突き立った。

 一瞬のうちに絶命する、角の無いガーゴイル。

 目にも留まらぬ速さで飛ぶ短剣は残りの3体のガーゴイルを次々に襲う。


「屋上にお前らが居なかったので、結構探したぜ。塔の上に隠し扉があってここに直接通じていることがわかるまではな。借りは返させてもらったぜ」


 入り口に立っていたのは、シュヴァーンを担ぎ、右手に短剣を数本握ったダイアだった。


「おまえ、よくあのループを抜け出せたな。見るからに単細胞そうなお前に捻じりの解除ができるとは……どうして、表がわ、かっ、た……」


 目を怒りに赤く染め、よろめきながら一匹のガーゴイルが声を絞り出す。

 その胸を短剣がふかぶかと貫いていた。


「そこのローエングリンが階段に引っ張り込まれる寸前に表側に爪痕を残しておいてくれたおかげでな。へへっ、さすが美青年。爪痕を残すなんて、ずいぶん色っぽいぜ」


 ダイアの言葉が終わるや否や、うめいて地面に勢いよく倒れるガーゴイル。

 倒れた衝撃で、角が砕けた。

 ダイアは周囲を見回した。4体のガーゴイル達が倒れているが、他に兵士の気配はない。

 よく見ると、3体の角のあるガーゴイルは、そのすべての角に細かいヒビが入っている。


「もしかして、ローエングリンがテレキネスで徐々に力を加えていたのか」


 テレキネスは本来物体を動かす超能力であるが、ローエングリンは彼らの角に対し同時に何方向かの違う向きに引っ張る力を加えたり、ねじれ方向に押す力を加えたりして微細な破壊を行い続けたのであろう。彼の流通ポイントが低かったこともあり、それは長時間にわたるゆっくりとした変化でしか行えなかったが、むしろそれが幸いしてガーゴイル達に気づかれなかったようだ。

 その結果、角が行っていた妨害電波の発生に不調をきたし、ダイアは状態は悪いもののマークと会話することができたのだ。

 しかし、あらためてローエングリンの方を見たダイアは言葉を飲む。

 

「それにしても、酷いことを……」


 ローエングリンの身体を抱き寄せると、縄を切るダイア。

 そのまま、傷だらけの半裸の身体を自分のマントでそっと包む。

 意識がないのも手伝ってか、身体を動かすたびに顔を苦痛にゆがめて、大きくあえぐローエングリン。


「すまない、私がふがいないばかりに。そうだ、葉月の薬湯がある」


 ダイアは、腰に付けた小さなビンから液体を口に含むと、おもむろに口に含んだ。

 抱き上げて、そっとその桜色の唇に顔を寄せる。

 その途端、ローエングリンの緑色の目がぱっちりと開いた。


「何をするっ」


 ぼこっ。

 マントから突き出たローエングリンの右手が、ダイアの下あごを的確に捉える。

 彼はのけぞりながら、口から紫の液体を吹き上げた。

 そしてそのまま、ダイアは仰向けに倒れ、ローエングリンは床に投げ出される。


「ど、どさくさに紛れて、この、助平男っ」


 目が覚めたローエングリンが肩で息をしながら睨みつける。


「ご、誤解だ……っ」


 ダイアは哀しげなその一言を残して、沈没した。




 あたりはすっかり闇に包まれている。

 ローエングリンとダイアは闇に乗じて塔から抜け出した。てっきり塔の周りには敵兵が押し寄せているかと思った二人だが、拍子抜けするくらいの警備に首を傾げる。


「ガーゴイルが功を一人占めするために、仲間を呼ばなかったらしいな」


 敵の間にもいろいろ確執があるようだ。


「隠れ家に案内する。そこには妻子がいるから、何分にもよろしく……」


 左の下あごを腫らしたダイアが懇願した。


「命の恩人を売るようなまねはしないが、これにこりて慎むんだな」


 ダイアの肩を借りて足を引きずりながらローエングリンがちらりと横目でにらんだ。

 入り組んだ迷路のような路地を何度曲がっただろう、彼らはやっと木の陰に隠れた小さな黒い家にたどり着いた。

 ダイアは周囲を見回すと、何度かリズムを変えて木の幹を叩く。

 黒い家の扉が開いた。


「あんた、帰りが遅いんで心配したよ。あ……」


 扉を開いて出てきたのは、赤みがかった金髪を後ろでまとめた、紫の瞳を持つ落ち着いた感じの女性だった。細い肢体だが、胸が大きく腰は自然なラインでくびれている。

 彼女は、全身傷だらけのローエングリンを見て声を上げた。


「あなたはチョッカーンの同行者の……」


 皆まで言わず、素早く二人を家の中に引っ張り込む女性。


「な、なんだい、知り合いかい、葉月」


「お昼にこの人のお友達がから揚げ屋を手伝ってくれたんだよ。でも、そのお友達は……」


「チョッカーンは無事か」


 葉月の肩を両手でつかみ、揺さぶるようにして問いかけるローエングリン。

 彼女の表情が曇る。


「仮死状態だわ」


「流通ポイントを渡せばいいのか、いくらでも私のポイントを奴にやってくれ」


 葉月は彼のマルコムに表示された流通ポイントを見て首を振った。


「3じゃ足りないわ。仮死状態の人間が2人になるだけよ。仮死状態からの復帰には1000以上のポイントが必要だわ。相当拷問がひどかったのね、こんなに消耗するなんて」


「奴らの角を砕くために、意識を失ったふりをして脳内でカーロンにアクセスしてテレキネスのスキルに2000つぎ込んで微妙な力を何方向にもかけることができるようにしたんだ。で、ガーゴイルの角を砕くためにほとんど流通ポイントをつぎ込んでしまった……」


 がっくりとつぶやくローエングリン。

 開けられたドアをよろよろと壁伝いに進んだローエングリンは、象牙の様な白い顔をした仲間の姿に絶句した。すでに生気は無く、すでに冥界に落ちたように見えるが、かすかな呼吸がまだ彼の命の灯が尽きていないことを示していた。情報を知っていたとはいえ、目の当たりにした仲間の姿に、ローエングリンはショックを隠し切れない。

 気力で持たせていた力が抜けてしまったように膝を付き、ベッドの縁から出ているチョッカーンの手を取る。


「馬鹿野郎……、お前なんでそんなにお人よしなんだ。私たちを置いていくなんて、絶対、絶対許さんぞ」


 震える声は最後に嗚咽に変わった。


「あったかいスープでも飲んで、体力を回復なさい。そうすれば、流通ポイントが増えてチョッカーンを助けることができるわ」


 葉月はどろりとしたポタージュスープを器に入れ、その上から数枚のハーブを散らした。


「お父さん、お帰りなさい」


 八重がダイアに飛びついてくる。


「あ、きれいなお姉さんだ。どうしたの? すごい怪我……」


 ドレス姿しか見ていない八重は、目を丸くした。


「お前、こんなにいい家庭を持っていながら……」


 思わず口について出た言葉に、ダイアの顔色が蒼くなる。しかし、ローエングリンのそのあとの言葉はあくびの中に吸い込まれた。


「睡眠作用のあるハーブを入れておいたの。ゆっくり寝て体力を回復したほうがいいわ」


 ベッドの上に倒れこむようにして寝入ったローエングリンを、ダイアが抱えて隣のベッドに寝かせる。


「どうなんだ、この辮髪の青年の具合は?」


 ダイアの問いに、葉月は顔を曇らせた。


「多分、今晩は持たない……。ローエングリンが下手に流通ポイントをつぎ込んだら二人とも共倒れになってしまうわ、だから眠らせたの」


 そう言いながら、エプロンで目を押さえる葉月。ダイヤは一瞬ためらったが、妻のふるえる肩をそっと抱きしめた。

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