表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
第8章 ローエングリン絶体絶命
47/73

その5

今回は話の途中で出てくる迷路の展開図を一番下段に入れています。もしよければご覧ください。

 地下の獄舎に、荒い呼吸が響く。

 天井からつりさげられたフックにローエングリンの細い手首がまとめて縛り付けられ、鞭がしなるたびに、金髪が空中に舞う。


「吐けよ、お前はどうして洗脳が効かないんだ?」


 もう、何十回目になるだろうか。繰り返される質問に、ローエングリンは苦しい喘ぎの下ギラギラと敵意を顕わにした瞳の一瞥を投げかけるのみ。


「もっと味わいたいらしいな」


 ガーゴイルはローエングリンの顎の下を鞭の柄で上向かせる。

 ローエングリンの強気な目とは裏腹に、憔悴しきった顔からは生気が失われていた。


「カビ臭い顔を近づけるな、この雨どい野郎が」


「自分の置かれた状況を理解してないようだな。お前と一緒に来た男は無限階段に閉じ込められている。あの捻じれが解けない限り、あそこからは出ることができない。まあ、見るからに単細胞のアイツには無理だろうがな」


 ガーゴイルの言葉とともに、鞭が前にも増して激しく彼を襲う。黄色いしぶきが身体にかかるたびに、ローエングリンの吐息にうめきが混じる。

 裂けた上着から白い肌が覗き、鞭がその肌を切り裂いて血が垂れるたびにますますガーゴイル一味の嗜虐性をかきたてているようだった。

 とうとうローエングリンの反応が止まった、意識を失っているらしい。

 ガーゴイルたちはつまらなさそうにその身体を棒で小突いたりしていたが、やがてひそひそと相談すると彼の頭の上から、黄色い液体をぶちまけた。

 傷つけられた身体に走る苦痛に、たまらず喘ぎ声を出すローエングリン。


「まだまだ、寝かせないぜ。遊び足りないんでね」


 ガーゴイル達は、不気味な笑い声を地下室に響かせた。


「ちょうどいい、もっと目の覚める話を聞かせてやろう」


 鞘に入った剣で肩を叩きながら地下室に入ってきたガーゴイルがうれしそうに皺だらけの口角を上に上げた。


「お前のお仲間の情報が入ったぞ。マークは一角鬼に追い詰められているし、チョッカーンは死にかけている」


 疲労に閉じかけていたローエングリンの目が、動揺を隠しきれずに見開かれた。

 まだ、彼らが生きているらしいことはわかったが自分同様置かれている状況は最悪らしい。ローエングリンは唇を噛みしめる。


「チョッカーンのバカは関係の無い街の人々のために自分の流通ポイントを使い切って、仮死状態に陥っている。命の灯が消えるのも、もう時間の問題だろう」


 さもありなん。

 ローエングリンは、一匹狼のくせして妙に男気があるチョッカーンの姿を思い出した。

 奴も頑張ったんだ。そしてあのひ弱なマークも一人で頑張ってる。

 今度は私の番だ。

 ローエングリンは薄笑いを浮かべるガーゴイル達の角を睨みつけた。

 何とかしてここから逃げなくては。

 しかし、縄はがっちりと彼の手首にくい込んでおり、鞭は彼の体力を容赦なく奪っていく。助けも期待できない今、ここから自由になるのはほぼ絶望的だ。

 気の強い彼も、今回はさすがに自らの心が折れそうになるのを感じていた。

 だが、まだ望みは捨てない。


「私はこんなところで終わるわけにはいかないんだ。あの娘を助けるまでは……」


 彼は自分に言い聞かせるようにそっと心の中でつぶやいた。




 チョッカーンは浅くて深い呼吸をしながら、仮死状態のままベッドに横たわっていた。

 そのベッドの傍らで、薬草の入った鍋を火にかけながら葉月が心配そうに青年の青い顔を覗き込む。


「お兄ちゃん、大丈夫かなあ」


 八重が熱のある額に置かれた布を新しいものに変えながら紫水晶の瞳を潤ませる。


「あれから丸一日たつからねえ」


 葉月が鍋をかき混ぜながら、中に石や、光るコケを次々に投入する。そのたびに鍋は違う色に輝きながら次第に金色に変わっていった。


「これが私の精一杯、ずいぶんとチョッカーンの状態は悪いよ。あと一日は持たない」


 葉月の言葉に、オロチが舌打ちする。

 彼はベッドが置かれた部屋の片隅に、剣を抱くような姿で座り込んでいる。まるでその姿は忠実なチョッカーンの番犬のようだ。


「畜生、いくらこのマルコムを操作しても、あの2人に連絡がつかねえ」


 彼はマルコムを放り出して深いため息をついた。


「なんてこった、こんな後先考えずに見ず知らずの人間のためにポイントを使ってしまうバカ主人を持ったばかりに心労がはんぱない」


「でも、あんたはそんなご主人様が好きなんだろ」


 葉月の言葉に、力なくうなずくオロチ。


「バカな男ほど可愛いもんだからねえ」


 葉月は何か一人で納得しながら鍋をかき回し続けた。




 延々と続く階段。登りきったと思うとまた元の場所に戻っている果ての無い迷路。

 途中にあるはずのない踊り場もあり、そこから直行する階段が見えている。驚くことにその階段を上るとまるで円柱の中を歩いているようにぐるりと天井に続き、またもとの踊り場に降りてくる。円柱の外側を歩いていると思しき場所もあるが、どちらにせよ先の見えない堂々巡りだ。

 すでに上下の感覚もなく、重力とは無縁の空間を歩いているかのようだった。

 ダイアは剣を振り回すだけではここからの脱出が無理と悟ったのか、じっと考え込みながら階段に座り込んでいる。

 その時、彼が手にしたマルコムが軽い音を立てた。

 明るくなった画面は乱れてザラザラだが、砂嵐の合間からかろうじて血と泥で汚れた顔の青年が見えた。

 画面の先に映った青年、マークは予期せぬ相手の顔に目を丸くしている。


「あなたはどなたですか? 僕はローエングリンと話すつもりでマルコムをかけたんですが」


「わ、私はダイア。ローエングリンが捕まった」


 マークの表情が凍りつく。


「捕まる寸前にローエングリンがこの通信機を私に渡したのは、この通信で話せる誰かが彼の窮地を救えると考えての事だろうと思う。それが、あんたなのか?」


「僕はマーク……」


 マークはこの若い男を信じていいものだろうかと逡巡(しゅんじゅん)しているようだった。その時、マークを押しのけるようにして画面の中に老婆が現れた。


「なんだい、ダイアかい」


 緑の瞳をにやりと細めて、ペリドットが呼びかける。


「おおかた金髪の美青年に惑って、巻き込まれた口だろう。でも、動機は不純だがお前さんの嗅覚は間違ってないよ。ローエングリンはこの世界のカギを握る人間の一人のようだからねえ」


「そこの若いのに敵じゃないと言ってくれ、ペリドット。こっちはローエングリンが捕まって、私も果ての無い階段に閉じ込められているんだ」


 乱れた画面にもかかわらず、何もかも見透かすようなペリドットの視線がダイアを射抜き、彼はやや目を逸らしながら溜息を付いた。


「この堂々巡りはねじりを取らなければ先にいけないらしい。何とかする方法はないか」


 ペリドットが話しているのを見て安心したのか、マークが画面に顔をのぞかせた。


「果ての無い階段?」


「ああ、もうとっくに頂上についているはずの距離なのに螺旋階段を行っても行っても果てが無いんだ。ここは表が裏、裏が表になる空間らしい」


 ダイアはマークに自分が脱出できない迷路の説明をした。


「きっとどこかで空間がねじれて繋ぎかえられているんだね、メビウスの帯みたいに。だから距離が長くなるんだ」


 マークの頭には幾何学で出てきたメビウスの帯が浮かぶ。メビウスの帯は一本の帯に一回ねじれを加えて繋いだ輪。帯の上に鉛筆で線を描いていくと一周してまた元のところに戻る表と裏がなくなる不思議な形。

 ダイアの話を聞きながら、脳内で形を構築していくと、どうもメビウスの帯のような空間に細い円筒がくっついているようだ。平たく言えば、パーティなどの飾りによく作る輪っかどうしを交差してをつないだもの、片方の輪をねじったメビウスの輪のようにして、もう片方の捻じりのない輪をそこに固定して貼り付けた感じだろうか。この形だと、メビウスの輪だけでなく、固定された円筒の中も外も通り出口のない堂々巡りとなる。


「単純に階段を切断できないの? 輪を切断するようにすぱっ、と」


「ローエングリンを連れ去った奴の一味が、横に切断すると階段の連続性が切れて異空間に行くと言っていた。なんとか、捻じれを取ればいいらしいのだが」


「難しいなあ。横に切ってはダメなんだよね……」


 不意にマークの脳裏に父の口癖がよみがえる。


「物は一方向からではなくて、横の物も縦から見てみろ」


 そういえば。頭の中でしばらくシミュレートした後、マークの目が光った。


「それなら、階段の線に垂直になるように、階段を二つに分けるように真ん中から切って行って、踊り場のところは交差する階段二つとも同じように切って。もし、交差した輪っかのうちの一つが、単純なメビウスの帯ならばねじりが取れるはずだ」


 こうなればもうマークの言葉を信じるしかない。

 ダイアはうなずく。


「で、どちらが裏でどちらが表なんだ」


「最初にいたところが表だと思うんだけど……」


「もう、どこがどこだかわからない。いや、まてよ」


 ダイアは階段をじっと見つめた。

 しばらく階段をさまよった後で、ダイアは立ち止った。そこにシュヴァーンで軽く印をつける。

 深呼吸するとおもむろにシュヴァーンを根元まで階段に突き立てると、階段に(ひざまず)くようにしながら真ん中を縦に切りながら動かした。さすが、名匠の鍛え上げたものだけあって、剣は階段に細い筋を残しながらスイスイと滑っていく。

 切れた階段は二つに分かれ、切れ目からは底のない白い空間が見えた。

 先の見えない階段を汗をかきながら進んで行く。どのくらいの時間がたったであろうか、目の前に切り始めた階段が見えてきた。


「もうすぐ切れる」


「気を付けて、ダイア。一回捻じりのメビウスの輪なら真ん中を切って、直行する輪も中央を切ればねじりのとれた一本のつながった帯になるはず。でも相当揺れると思うよ」


「ねじりが何回もあったら?」


「ねじれた輪っかが交差して、手が付けられなくなる……」


 そこで画面が数度揺れると、マーク達からの通信が途絶えた。


「ま、なるようになれだ」


 声とともにシュヴァーンが勢い良く走る。

 ぐらぐら揺れ始めた階段にしがみつきながら切り進むダイア。

 スパッ。

 すべての切り口がつながった途端、今まであった階段が長方形をふちどりするような形になって白い空間に浮き上がった。

 投げ出されそうになったダイアは印をつけた部分の階段に走りより、しがみつく。

 揺れながらmねじれながら階段はやがて四角形の辺を太くしたような形に展開された。

 彼は目の前に垂れ下がる階段の切れ端を見つけた。ここから切断されて、堂々巡りのループに閉じ込められていたらしい。階段は途切れているが、空間は無事につながっているようだ。

 上方、約5メートル。足場はぐらぐら。

 しかし、ダイアは不敵な笑みを浮かべてつぶやいた。


「元騎士の底力を見せてやる」


 彼は掛け声とともに跳躍して上に続く階段の端っこに手を伸ばした。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ