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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
第8章 ローエングリン絶体絶命
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その4

 マルコムで仲間との通信はできないが、そのほかの機能は温存されている。

 ローエングリンは改めて自分の持っているMPを確認した。

 能力ポイント2000、流通ポイント450。

 スターアニスの軍勢と戦った時に使ったテレキネスでかなりポイントを消費している。


「やはり、テレキネスはかなりMPを食うな」


 そっとつぶやきながら、あの技はいざという時のためにとっておこうと決意するローエングリン。

 能力ポイントはあるが、変に交換してスキルアップするとその技を発動した時に消費する流通ポイントが大きくなりすぎてかえってダメージになる危険性がある。彼は能力ポイントはこのまま温存することにした。


「おい、あれだ。見えてきたぞ」


 家の陰に身を隠しながら来たせいもあり、尖塔にたどり着くまでにかなり時間を食ってしまった。山の端ははっきりと太陽の存在を知らしめるようにオレンジ色に染まっている。

 塔は空に突き刺さらんばかりの先端が尖った長細いものだった。先端に近い位置に鐘が吊り下げられている。ゴシック建築の塔に似ているが宗教的というよりも、実用的側面が強い塔のようで彫像や特別に華美な装飾は無く、ところどころに小さいガラス窓が入っているだけだった。目立つのは、塔の上の四方向に取り付けられている雨どいの機能を持つ彫刻、ガーゴイルだった。

 この塔のガーゴイルは膝を抱えるようにして座り込むあばら骨の浮き出た尖った耳と一本の長い角を持つ人型の彫刻だったが、顔の上半分が鷲鼻の吊り上った目をした凶相の老人、そして下半分がカラスの様な(くちばし)という異様な願望をしていた。

 尖塔の入り口を指さしながらダイアは塔の周りを観察した。


「歩哨は二人いるが、眠そうな目をしている。そろそろ交代のこの時期が一番眠いのかもしれないな。噂によるとあの塔の上に留まっている、ガーゴイルのあの角から妨害電波が出ているらしい。まずは塔の上であの彫像を探ってみよう」


「見たところ中世ヨーロッパの設定なのに妨害電波とは……無粋なことだ」


「それじゃあ、ひとりずつ、で行くか」


 二人は目配せすると、全身を朝焼けでオレンジ色に光らせながらダッシュする。


「はああああっ」


 ジャンプして歩哨の目の前に飛び降りるとそのまま鳩尾に拳をめり込ませるローエングリン。慌てて、警笛を吹こうとするもう一人の歩哨に飛びついたダイアがその太い腕で首を固め、いとも簡単に落としてしまった。


「いいコンビだな」ウィンクするローエングリン。


「もう一歩踏み込まないか?」


 ダイアの未練がましい誘いの返事は、戯れにしては強すぎる肘鉄であった。

 そのまま、塔に入り込む二人。

 だが、というかやはり、入るなり鉄製の大きな扉が2人を出迎えた。

 錠前ではなく、扉じたいにカギを突っ込んで開けるタイプだ。


「シュヴァーン、出番だぞ」


 肩から剣を引き抜くと、ローエングリンが扉に振り下ろす。

 さくっ、まるで固いゼリーにナイフを入れたように、騎士の刀は滑らかな断面を描いて扉に三角形の穴を開けた。

 目の前の螺旋階段を駆け上がる二人。


「全く、仕事は最高の出来栄えなんだがなあ。人格が残念すぎる……」


「何か言ったか?」


 走りながら憮然とするダイア。だが、振り向きざまに手に持った短剣を一閃する。

 うめき声を上げて、階段の壁に作られてあった隠し扉から忍び寄った鎧兜に身を包んだ兵士が階段から落ちて行った。白い螺旋階段はほぼ大人三人が立てるくらいの広さがある。

 彼らに向かって、一斉に駆け上がってくる十数人の兵士たち。


「ここは任せろ、お前は先に行ってガーゴイルどもを叩き壊せ」


 ローエングリンが先に行き、ダイアが後ろから兵士と戦いながら、続く。

 ダイアが兵士を片づけた時にはローエングリンは螺旋階段の一階分ほど先に行っていた。背後のダイアを無意識のうちに警戒していたのか、ローエングリンはダイアとの距離をかなりとっていたのだ。

 その時。

 階段がまるでクリームになったかのようにぐにゃりと変形して、ローエングリンのブーツをすっぽりと包み込んだ。そして階段は足を(くわ)えこむかのように締め付ける。

 石膏で固められたように、左右の足ががっちりと階段に捕まったローエングリン。

 不意を突かれて彼は思わず声を上げる。


「どうした、ローエングリン!」


 叫び声を聞き、ダイアは最後の敵を切り伏せると慌ててローエングリンを追う。


「だめだ、全身が痺れる。引きぬけない……」


 ダイアがローエングリンの姿を見た時、彼の体は軟体動物のように這い登ってきた階段の一部に覆われそのまま階段の中にずぼりと取り込まれてしまった。


「ダイア、これを……」


 敵にわたることを恐れて投げられたローエングリンのマルコムが、高い音を立ててダイアの足元に転がる。

 同時に階段を転がって落ちるシュヴァーン。

 かろうじて階段から出た細い指の先端が何かをひっかくように数度曲げられたが、それも空しく、すぐに階段の中に消え去って行った。

 ダイアが到達した時には、平らな元通りの階段が残されるのみ。


「待ってろ、今、助けに行く」


 階段をドンと踏み鳴らすがびくともしない。

 いきなり階段がぐらりと揺れ、ダイアのすぐ後ろの階段がすぱりと切断された。

 階段の端と端は勢いよく離れていく、ダイアのいるほうの階段は反るように曲がっていき、彼は振り落とされかけて慌てて階段を駆け上った。

 どん、と何かがぶつかったような衝撃が伝わり、ダイアは壁にしがみつく。

 しかし、揺れが収まった後も行けども行けども階段は尽きることなく……、十階以上上ったと思われても全く先が見えない。

 手当たり次第、階段を渾身の力で切りつけながら、ダイアは地団太を踏んだ。

 その時、螺旋階段に不気味な低い声が響き渡った。


「ふふふ、悪戯に階段を切るだけとは、可愛そうなくらい単細胞な奴だ」


「お前は誰だ」


「私はこの塔の守護者、ガーゴイルだ」


 しわがれた笑い声がダイアの頭上から降り注いだ。


「ローエングリンをどこにやった」


「お前のきれいな連れには、聞きたいことがある。まあ、こっちはこっちで楽しませてもらうぞ」


「化け物、ローエングリンをすぐ返さないと後悔するぞ。私は借りを千倍にして返す男だからな」


 ダイアは目を血走らせて、あたりを見回す。しかし、声の主はどこにも姿を現していない。


「お前の貧弱な思考力で、そこから抜け出せたら借りでもなんでも返してもらおうじゃないか、ふふふふふ」


 ガーゴイルのバカにしたような高笑いに、ダイアの顔が一気に紅潮する。


「お前が立っている無限ループは果てのない階段。途方に暮れて、裏から表、表から裏に無限にさまようがいい。ま、捻じりを取って最初に居た表側に立っていれば迷路からは抜けられるのだが、お前には無理だ。バカネズミよろしく階段をくるくる走り回っていろ、観賞用くらいにはしてやる」


「簡単なことだ、この捻じれたループを私の鍛えた名剣でたたき切ればいい」


「一つ忠告しておくが単に階段を横に切断したら、ほかの空間との関係性を立たれて奈落の底に落ち込むだろう。ローエングリンの悲鳴を聞きながらな」


 その声は、地を這うような笑いとともに消え去った。


「な、なんだと……捻じれだと」


 声が響いていた空間を剣で手当たり次第に切り裂いても、空しく風切り音が響くのみ。


「いったいどうすれば……、ああ、ローエングリン」


 ダイアは周囲を見回すと、悔しそうにこぶしを壁に叩き付けた。




 一方こちらはローエングリン。

 彼は暗い湿った部屋で目を覚ました。

 彼の目の前には、爬虫類の皮膚に鷲鼻に吊り上った目そして尖った嘴を持つ、腰にぼろ布を巻いた角のある異形の生物が見えていた。

 ただ、通常と違うのはそいつの姿が上下逆に見えていることである。

 加えて、体の自由がきかない。

 後ろ手に縛られて、体じゅうぐるぐる巻きにされて足からつりさげられているローエングリンは目の前の怪物を睨みつけた。

「おい、雨どい野郎(ガーゴイル)、私をどうするつもりだ、殺すならさっさと殺せ」


「餌は黙ってな」


 ガーゴイルが不機嫌そうに目を吊り上げる。


「お前は転覆者をおびき寄せる餌になってもらう」


 血がうっ血しているのか、ローエングリンは次第に重くなってくる頭をなんとか持ち上げようと体を動かした。


「苦しいか?」


 濁った白目の中を、灰がかった黒目がぎょろりと動く。その表情には、かすかに悦楽が浮かび上がっていた。


「苦しめ、苦しめ。若いきれいな男が苦痛にあえぐのが何よりの肴だ」


「ふん、この心の穢れた老いぼれが」


 ローエングリンはバカにするように鼻を鳴らした。


「そうだ、思い出した」


 つかつかとガーゴイルは部屋の片隅によると細い鞭を取り出した。


「そろそろお前の正体を吐いてもらおうかな。洗脳が効かなかったお前の秘密をな」


 ガーゴイルは傍らの水桶に入っている黄色い液体に鞭を漬けた。


「この液体で痛みが倍増する。皮膚にしみこんで千の針に刺された感覚を植え付ける。その上からこの鞭で優しく悶えさせてやるから楽しみにしておれ」


 流通ポイントは450。

 これを効果的に使うには。

 ローエングリンは拍動とともに押し寄せる頭痛と戦いながら考える。

 彼の視線は、入り口にかけてある短剣を捉えていた。


「音に聞こえた屈強な若者どもがすすり泣きながら、わしに許しを請う眺めは何度繰り返しても、たまらんものだ。特にお前の様な華奢できれいな騎士様ならばな」


 来たるべき痛みに備えて唇を噛みしめる、ローエングリン。その目は激しい怒りの炎を湛え、異形の怪物を睨みつける。

 彼の口が何かをつぶやくように小さく動いた。

 その途端、ガーゴイルが振り上げた鞭は、急に折れ曲がり自らの首に巻き付いた。

 激痛に悲鳴を上げ、細い目から目玉が飛び出さんばかりに隆起して、首に巻き付いた鞭をはがそうと握り締めながらよろめくガーゴイル。

 機を逃さずに自らを振り子のように大きく振ったローエングリンは、勢いをつけてガーゴイルに向かって肩からぶつかって行った。

 跳ね跳ぶ怪物。


「テレキネス」


 彼の叫びとともに後ろ手に結わえられているローエングリンの手に、戸口に掛けられていた短剣が飛び込んできた。

 ザクリと身体にまかれていた縄を切り、肩から床に落ちる。編まれた髪は当の昔にほどけており、床の上に豪華な金髪が投げ出された。

 縄から抜け出して立ち上がるローエングリン、体の端々にまだ軽いしびれが残っている。

 鞭に絡まれたガーゴイルに飛びついたローエングリンはその角を切り落とし、部屋の隅に蹴り飛ばした。


「くそっ、やりやがったな」


 悪態はつくものの切られた痛みは感じないのか、ガーゴイルは憎々しげに叫ぶ。

 その時、彼の背後からいきなり数本の鞭が絡みついた。


「せっかくのお人形を逃がすと思っているのか」


 そこには先ほどとは別のガーゴイルが3体立っていた。

 激しい苦痛に思わず声を上げるローエングリン。

 鞭はぎりぎりとローエングリンの細い身体を締め付ける。言葉通り、その痛みは火傷の後に何度も針がつき刺さるような苦痛。筆舌に尽くしがたい感覚に、彼は体を小刻みに震わしながらも、果敢に抵抗する。

 しかし、体のダメージは相当大きく、流通ポイントは急速に奪われていった。

 とうとう膝を付き、床に崩れ落ちる。

 角を切られたガーゴイルが、怒りに身を震わせながらおもむろに首から鞭を外した。

 流通ポイントの低下のため、テレキネスが効かなくなったようだ。


「よくもやってくれたもんだな」


 赤く腫れあがった首をさすりながら、にやにや笑ってローエングリンに近づいたガーゴイルは襟首を掴みあげると拳でその顔を殴りつけた。


「もっと可愛がって欲しいようだな。なあに心配するな我々は4人兄弟だ。休むことなくお前に悲鳴を上げさせてやれるぞ」


 ローエングリンの口の端から白い顎に血が流れる。尖った爪をその顎に突き立てながら、ガーゴイルは再び手中に収めた美しい獲物に向かっていっそう不気味な笑みを浮かべた。

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