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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
第8章 ローエングリン絶体絶命
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その1

 マークが燃え上がる宿屋から一角鬼に連れ去られたころ、ローエングリンもまた窮地に陥っていた。

 狭い路地の一角、目の前には薄ら笑いを浮かべる高柳。

 縛られた美月さんがローエングリンの脳内に転送されている。

 高柳の配下のものと思われる、黒いマントに黒い胴着、そしてこれまたご丁寧にも黒いマスクで顔を隠した男がもがく美月さんに短剣を突き付けている。

 ローエングリンは高柳を睨みつけながら、じっとその場に佇んでいた。


「ドレスなんか着やがってこの変態野郎」


 高柳が細身の剣を振り上げて、流星のごとくローエングリンに切りかかった。


「お前に言われたくは無いな、このタコ柳」


 幾多の戦いを共に切り抜けた来た盟友のシュヴァーンはいないが、ローエングリンは宝石の付いたドレスを翻すとひらりと体をかわして長い指で剣を握る高柳の両手首をがっちりと握った。

 細い指のどこからこんな力が出るかと思うくらい、ぐいぐいとローエングリンの手は高柳の手首を締め付ける。

 お互いの息遣いがわかるほど近くに顔がより、2人は血走らせた目を吊り上げて睨みあう。

 高柳の手は血が止められて欠陥が浮き上がり白っぽく変色してきた。

 耐えきれず、手からポロリと剣が落ちる。

 その瞬間を逃さず、ローエングリンの肘が曲げられて、黒い騎士の鳩尾(みぞおち)穿(うが)たんばかりの勢いで突く。

 ウシガエルの泣き声を連想させる妙な声を出し、高柳が崩れ落ちた。

 ローエングリンは、剣を拾い上げてひしゃげたカエルのようにうつ伏せる高柳の首に付きつける。


「おい、ボスがどうなってもいいのか。人質交換だ」


 ローエングリンが叫ぶが、美月優理に剣を突き付けている配下の者は微動だにしない。


「おい、聞こえないのか」


「ふふ、無理だ。俺に万一の事があっても姫は解放しないように命令している」


 足下から絞り出すようなうめき声が聞こえてきた。


「姫がどうなってもいいのか。はなせ、この女装男」


 ローエングリンの顔のすぐ横で高柳が苦痛のため絞り出すような声を発する。


 いやおうなく、脳内に転送される姫の画像。

 その白い頬には、涙の痕。柔らかいウェーブのかかった茶色の髪がみだれて、頬に張り付いている。


「やめろ、優理に指一本ふれるなっ、すぐ助けに行くから待ってろ優理」


 叫ぶローエングリン。

 大きく見開かれた少女の瞳、しかしその瞳は何かから逃げるように伏せた睫毛に隠された。


「あの白い頬にすうううっ、とナイフの傷が入ったらどうする? 女だからと言って容赦はしないぜ。もちろん実態が傷つくわけじゃないが、痛みや恐怖はトラウマとなって心に深い傷を負わせるだろうな、一本、一本切れ目が入るたびに味わう恐怖は格別だろう。ふふふ、再起不能になるかもしれないね」


 ローエングリンの顔色が青ざめる。


「や、やめろ。やめてくれ」


 ローエングリンの注意がそれた一瞬を高柳は見逃さなかった。

 地面から飛び上がると長い足を振り上げて、ヒールのあるブーツでローエングリンの端正な顔を蹴り上げた。

 金髪が宙に舞い、無抵抗で路地に吹っ飛ぶローエングリン。

 手から離れた剣が路地に転がる。

 すかさず、黒マントの騎士は左手で長い金髪を掴むと勢いよく右の頬を殴りつけた。

 そして先ほどのお返しとばかり、鳩尾に強い膝蹴りが見舞われる。

 地面に血の塊が散り、ローエングリンの体が地面に沈んだ。


「剣の腕は一級品のようだが、フィジカル弱すぎじゃね?」


 無抵抗をいいことに、高柳の攻撃は執拗に続く。


「意識が無くなったな」


 足の先で蹴っても、ピクリとも動かなくなったローエングリンを満足そうに見て、高柳がほくそ笑む。


「招かれざる客のくせに活躍しすぎなんだよ」


「殺さないで、お願い。どこの人かわからないけど、私を助けに来てくれたの。命はとらないで」


 高柳の脳内にも転送されている牢内の画像の中で、姫が我に返ったかのように必死で叫んでいる。


「恋のライバルですからね、姫。この剣を突き立ててもいいんですが……」


 ローエングリンの胸の真上に切っ先を当てる高柳。

 優理が悲鳴を上げる。


「高柳様。その男、いったいどうなさるおつもりで」


 姫に短剣を突き付けていた、顔をマスクで覆った男が尋ねる。


「俺には上位プログラムから特殊技能が授けられている。今からインベージョン(侵略)プログラムを起動してこいつを意のままに操ることにする。そして、我らの傀儡になったこいつを使ってマークとチョッカーンが油断したすきに、一網打尽にしてやろうと思っているのだ」


「ローダ、インベージョンプログラム」


 高柳が剣を振り上げると虚空から稲光の様な細い光がその剣に落ちてきた。

 光を受けて、輝き続ける剣先をローエングリンの頭に当てる。


「これは?」


「今、この男が横たわっている施設を検索して、本体の脳に直接信号を送りこの世界のアバターの主権をのっとっているんだ」


 部下の問に、得意げに高柳は答えた。

 頭に送られる光が徐々に強くなりローエングリンの眉毛が歪み、頬が引きつった。


「脳内がかき回されて苦痛を感じているらしい。バカな男だ、美女に惹かれてこんな危険なゲームに参加するとは。ま、きれいなフランス人形のようなその外見のまま、本当にお人形さんになってもらおうかね」


 高柳が鼻を鳴らしてつぶやいた、その時。

 頭に当てられた剣が赤色に点滅し始めた。


「どうしたんだ」


「エラー、エラー。この男には実体が認められません」


 剣から無機質な声が発せられる。


「お、お前何者だ。どこから紛れ込んだんだ、幽霊か……」


 その声は勢いよくぶつかってきた拳によってかき消された。

 顔をねじ曲げて高柳は空中を舞う。

 すかさず飛びかかり、首元をつかみさらに拳を見舞おうとしたローエングリン。

 だが。


「そこまでだ。姫は返す」


 ローエングリンは脳内に浮かび上がる画像に息を飲む。

 姫の傍らに立った男が、姫の縄をばらりと切っていた。

 姫の前の鉄格子の扉が開いている。


「姫、お逃げください」


 うろたえるように、逃げろと促すその男を振り返る姫。


「あなたは……」


「今なら高柳様も昏倒しています。このゲームは通常進行ではありません。このままでは現実のあなたの命も危うくなる、だから」


 男の説得、しかし姫はまるで根が生えたようにそこに佇んだまま。


「優理、どうしたんだっ、大丈夫か」


 ローエングリンが血相を変えて叫ぶ。


「呼び捨てに、しないで……」


「は?」


 感謝の言葉がシャワーのように降ってくるかと思いきや、予想外の言葉に固まるローエングリン。


「私を呼び捨てにしていいのは、高柳君だけ……」


「な、何言ってるんだ。お前」


 その後の言葉が出てこない金髪の騎士。


「好きになっちゃったのよ。強引なあの人が」


 姫の頬から涙が伝う。


「強引に迫るけど、妙に優しく、好きだって言ってくれる。無理やり連れてこられたけど、私、私……もうこの気持ちをどうしようもできないのよ」


「そんなの美月優理じゃない」


「これが私よって、言ってるでしょう。強がってるけど、中身は何処にでも居る女の子なんだから」


 優理は開けられた格子を自らの手で閉めた。


「ありがとう、もういいの。あなたたちだけでも現実世界に、帰ってちょうだい」


 姫は背中を向けると、顔に手をやって泣き始めた。

 あっけにとられるローエングリン。

 足元で高柳が息を吹き返したのか、うめきが聞こえてきた。

 

「姫、それは君の本当の気持ちじゃない、このゲームの罠なんだ。絶対助けに来る、待っていろ」


 高柳の仰向けの体が、なんとか立ち上がろうと横向きになる。

 その尻を足で思いっきり蹴飛ばすと、ローエングリンは金髪をなびかせて風のように走り去った。


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