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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
第6章 息つく暇が欲しいんですが
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その5

「これを着ていくのかい?」


 マークは不満げにメイド服をつまみ上げる。


「ま、変装するに越したことはないからなあ……」


 ローエングリンが宝石の沢山付いたドレスに再び身を包み両手を腰に当てる。

 本人はどうやらこの格好が気に入ったようだ。


「さ、早く宝石を換金して、何か美味いもんでも食って寝て、流通ポイントを回復させようぜ」


 すでにドアノブに手をかけているパンダが二人を振り返った。

 妖精達は、ローエングリンのびらびらのドレスの(ひだ)の中に、もぐりこんでいたが、チョッカーンに留守番を言い渡され、しぶしぶベッドの上に並んで座っている。


「まず、街を確認してから戦士の休息といこうぜ」


 意気揚々と飛び出すチョッカーン。


「ま、休息より腹ごしらえの方を優先する男だからな」


 半日の休憩を提案したローエングリンは苦笑いする。

 あの様子では、少なくともあの男の胃袋は休憩できまい。


 三人は、まず街の中心に向かった。

 道の両側には、木造のカラフルな家が立ち並んでいる。

 家には出窓や、ベランダがしつらえてあり最初に訪れたオオカミ野の近くの町に比べて洗練されている、そしてあのコガネムシが領主の街よりはホンワカとした印象を受けた。


「両替屋はここかな」


 軒先からつりさげられた看板に札とコインが描いてある店の前でローエングリンが立ちどまる。

 そっと、中を覗き込んで、彼は二人に向かってよさそうだとばかりにうなずいた。


「おばあさん独りの店のようだ」


 三人は、挨拶しながら店の中に足を踏み入れる。

 店の中は極彩色の鳥のはく製や、人形、宝飾類が飾ってあった。


「こんにちは」


 編み物をしていた老女が顔を上げる。

 外から見ると小柄な老婆としか見えなかったが、その左目には斜めに長い刀傷が入り、もう右目は左目の視力を補うかの如く鷹のように鋭かった。

 一瞬、躊躇する三人。


「はい、こんにちは」


 鷲鼻をうごめかせながら、その老女は小声で挨拶をする。

 笑ったのだろうか、幾重にも刻まれた皺が口のあたりでわずかに湾曲した。


「ここは宝石を両替してもらえるのか?」


「モノによるがね」愛想のかけらもない声で老女が答える。


「じゃあ、これはどれくらいの価値になる?」


 片手一杯の宝石を両替屋の小さいテーブルに置くと、老婆の片目が素早く輝き始めた。

 老婆は、宝石を太陽に透かせたりルーペで調べたり、ためつすがめつ眺めた後、鼻を近づけて顔をしかめた。


「なんだか蛇くさいね、この宝石」


 ヤマタノオロチの口の中に入っていたからだろうか。

 三人は気が付かなかったが、老婆の嗅覚は相当なもののようだ。


「で、いくらなんだ?」


 ローエングリンがせかす。


「この匂いが無けりゃねえ……」


 三人をちらりと見上げて、老婆は首を傾げる。

 さすが、独りでこの店を切り盛りしているだけあって、一筋縄では行かない相手のようだ。


「お前さんたち、片手いっぱい100MPはどうだい」


「うそだろ」チョッカーンが声を荒げる。


 この宝石2,3個で高価なドレスが買えるのだ。片手一杯がそんな値段で落ち着くはずがない。


「まあ、この値段で売っときな。老人に功徳を施すとそのうちいいことがあるよ」


 狡猾そうな視線で三人を見渡す老婆。


「俺は腹いっぱい食いたいんだ、こんな渋い両替屋お断りだい」


 踵を返して出て行こうとする三人に老婆がぼそりとつぶやく。


「この店以外この近隣に両替屋はないよ。宝石で物々交換はできるが、自分のMPにしようと思ったら、ワシの店で変えるしかないねえ。街の外には怪物たちがうようよしているし」


 にやり、とばかり顔全体の皺が大きく歪み、鋭い目も皺の一部と化してしまった。


「仕方ない、じゃあそのレートで両替をたのむ」


 ローエングリンがマントにくるんだ宝石をどさりとカウンターの上に置く。

 最初から大量に見せると安く見積もられそうだということで、最初は少量から、そして交換レートが決まってから大量に見せようという、これは当初からの作戦だった。


「ほおほお、あんたらもしかしてあの化け物花を倒しなさったな」


 さすがの老婆も片目をまるくする。

 彼女は宝石を秤にのせて図りながら、独り言のようにぶつぶつとつぶやき始めた。


「大きな獲物を倒したときには、噂に上りやすい。上位中枢に情報が行くとまた王都から新たなる刺客がやってくるかもしれんのう。王都ではこの世界を無にする『転覆者』がとうとう現れたと騒然となっているらしいから、お前さんがたもおちおちはしておれんなあ」


「なんだそれは。ばあさんもっと詳しく聞かせてくれ」


 チョッカーンが身を乗り出す。


「こうしている間にも、監視の目がこちらに向いているかもしれん。ワシがしゃべったと知れたらせっかくの蓄財もすべて取り上げだ……」


「いくら欲しいんだ、おばあさん」


ローエングリンが静かに、しかし殺気がこもった声で問う。


「人を強欲婆のように言うではないよ」


 百戦錬磨の感がある老婆は、宝石を両手ですくい上げると片目をギラリと光らせた。


「美しいお姫様、何が聞きたいんだ?」


「転覆者とは、なんだ?」


「この世界が作られた時、造物主はこの世界に暗示をかけられた。もしこの世界が悪しき方向に向くのであれば、『転覆者』が来てこの世界を滅ぼすであろうと。時が流れ造物主はすでに無く、その威光のみがこの世界を動かしている。どだい神の手を離れ一人歩きを始めた世界なんてものは、悪しき方向に向かうもの。『転覆者』がいつ現れてもおかしくはないとは思っておったがね」


 そう言いながら、老婆はため息をつく。


「この世界を作った造物主、すなわち神、とは誰だ」


「知るもんかね。気がつけばワシらはここに居て、日々の営みを繰り返している。それだけじゃ」


「王都には、姫君が囚われているのか? 冥界って聞いていないか?」


「さあ、姫君の居所なんて知らないね。冥界ねえ、冥界なんて死んじまえばどこにでもあるもんだからね」


 老婆はこれらに関する情報を持たないらしくむにゃむにゃとはぐらかした。


「転覆者であるかないか、なんてどこでわかるんだ?」


「転覆者には、大蛇の加護があるという昔からの言い伝えだ、それ以上は知らないね、王都に住む王に聞いとくれよ、今回の転覆者騒ぎも奴がどこかから啓示かなんか受けたんだろうし」


「王はどんなヤツなんだ?」チョッカーンが口をはさむ。


「さあ、誰もその姿を見たものはいないよ。強大で冷酷で、この世界を統べる野望を燃え立たせているらしいがね」


「野望……ってことは、この世界を今総べている者とは?」


「決まっているじゃないか、造物主から世界を委譲されたインフィニティ()だよ」


 老婆は疲れたとでも言うように大きく背伸びをした。


「質問はここまで。宝石は一人800MPに両替させてもらうよ」


 片手が100MPとしたら明らかにそれ以上あると思われるが老婆はそれ以上の値はつけませんとばかり、100MP札を1人に8枚ほど押し付けた。

 老獪な交渉に破れ、多分ずいぶん安いレートだと思われるが宝石の一部を換金した彼らはマルコムに札をかざし、自分たちの流通ポイントとした。


「ワシは儲けさせてくれた客には不義理なことはしないから、安心しな。ま、がんばんなよ」


 三人が店を出るとき、背中から老婆のつぶやきが聞こえてきた。




「おっ、あれ食おう、あれっ」


 街の真ん中には円形の広場があり、大きな時計台とコスモスに似た花が揺れる花壇、そして噴水があり、食べ物を売る露店が並んでいた。

 チョッカーンは目ざとくその一つに駆け寄ると、長細いパンに野菜や卵、ハムやチーズなどがこんもりと挟まっている豪華なサンドを3本、そして桶に入った飲み水を持って帰って来た。

 三人は噴水の縁に座ると早速パンにかぶりつく。

 特にチョッカーンはパンがまるでのどに吸い込まれて行くような食べっぷりだ。


「このソースなんだがわからないけど甘辛くて妙に美味いぜ」


「バルサミコだな。それにしても甘いなこの玉ねぎ」


 ローエングリンも久しぶりの食事に感無量と言った面持ちた。


「ねえ、マルコムで現在の僕達の流通ポイントを見てみない?」


 マークの言葉に皆、そそくさとマルコムを見る。

 MPを確認するのは、たまった預金通帳を見るようなワクワク感がある。

 能力ポイントは一人につき2000MPが貯まっていた。

 流通ポイントはマーク1150MP、チョッカーン820MP、ローエングリン850MPに増えている。


「今回は、僕能力ポイントをそのままにしておいて、もう少し貯めてから他のスキルと交換しようと思っているんだ」


 マークの言葉に他の二人もうなずく。


「そうと決まれば腹ごしらえだ」


 目を丸くする二人をしり目にチョッカーンはまた別の露店で食べ物を買うため立ち上がった。

 その時。


「すいません、ちんどん屋さんですか?」


 三人に声をかけてきたのは、年の頃は12,3歳。

 額のところでまっすぐに整えられている肩までのストレートヘアを陽の光にきらめかせながら、紫に近い透き通った青色の目をした少女が近づいてきた。


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