その4
戦闘の疲れで大地に倒れ伏す三人。
その周りに、いきなり天からぱらぱらと何かが降ってきた。
「わっ、雹か?」
慌てて頭を手で多い身をすぼめる三人だが、その落下物は様々な色に光りながら地上に転がった後も一向に解ける気配が無い。
その2センチ弱の小さな球形の物体をつまみ上げるチョッカーン。
そっと陽に透かせると、その物体はきらきらと美しく輝いた。
「宝石だ。あの化け物花のドロップアイテムに違いない」
身体を起こしたローエングリンが、目を輝かせながらマントを広げる。
「大きくは無いが、これくらいあれば結構な額になるぞ。我が相棒シュヴァーンも鍛えなおすことができる」
夢中で宝石を拾い集めるローエングリン。
「やった、久しぶりの食い放題だ」
チョッカーンもベストを脱いで宝石をその上に拾い集める。
最後の力を振り絞ってそれぞれの衣服で包むと結構な重さになってしまった。
疲れ果てた彼らは運び屋として『ヤマタノオロチ』を呼ぶことにした。
「出て来てくれよ、偉大なるオロチ様~」
チョッカーンが柳葉刀を取り出して猫なで声で呼びかける。
刀が煙に包まれて、七色に光る大蛇が現れた。
「あー、オロチくん、久しぶりだねえ。何度も命の危険があってもう君には会えないかと思っていたよ、君ときたら呼んでも出てこないからねえ」
大蛇は寝起きなのか、不機嫌な顔をしている。
チョッカーンの嫌味を物ともぜずに、低い声でオロチは話し始めた。
「当たり前だ。人間という汚らわしいものの前に現れるのはお前達限定だ。人間ときたら我が崇高な神性をすべて地に堕としてしまうからな。それに、私には大切な使命があるからおいそれとは人間の前に姿を現せないのだ、わかったか」
「大切な使命ってなんだ」ローエングリンが聞き咎める。
「大切な使命だ。後は言えない、察しろ」
「ちぇっ、察せないから言ってんだよ」
チョッカーンが両手を広げて肩をすくめる。
「ま、それはいいとしてこの宝石を運んでくれないか、人里の近くになったらまた刀に戻っていいからさ」
オロチは彼らの衣服に包んだ宝石をパクリと口に入れると、三人に乗れとばかりに顔を背に振った。
戦闘の疲れで大蛇の背によじ登るマーク達。
大蛇はうねうねとSの字に体を振りながら、荒野を横切って行った。
街の入り口が見えてきたところで、大蛇は宝石を吐き出すと、刀に姿を変えた。
宝石を包んでいる衣服は大蛇の涎でぐっしょり濡れている。
「ここの街には、手配が回っているのかな」
「さあ……」
三人は顔を見合わせた。
「そうだ、妖精ども」
チョッカーンがごそごそと宝石を取り出すと、妖精達に一粒ずつ渡す。
「お前ら、この宝石でなんか洋服を買って来い。俺達が変装できるものを」
「お任せください、なのですうう」
にたぁ。
妖精達の目が妙なきらめきを発したのに、辮髪の御主人様は気が付いていなかった。
一時間後。
よたよたと、三人の妖精が重そうに袋を担いで帰って来た。
「おう、御苦労様。変な目で見られなかったか?」
妖精達はねぎらうチョッカーンから目をそらし、包みを開き始めた。
「じゃ、じゃじゃーん」
ア・カーンが取り出したのは、白いブラウスに長めのピンクのフレアスカート。
それと、フリルがビラビラの胸当てのある白いエプロン。
「め、メイド服じゃないかっ」
後ずさりする、三人組。
目をうれしそうに釣り上げて、ア・カーンがにじり寄ったのは……。
「この服を着るのは、マークっ、あなたですう」
「ぎゃああああ」
逃げ出そうとしたマークは妖精達に引き戻され、よってたかって着替えさせられた。
トレードマークの黒縁メガネはそのままだが、やせ形の彼には妙にブラウスとスカートというシンプルな姿が似合う。
軽くカールした茶色のロングヘアのカツラが仕上げとばかりに頭にかぶせられた。
もじもじしながらエプロンの裾を引っ張る仕草が妙に可愛い。
「おおっ、メガネっ娘に変身。萌え~っ、なのですう」喜ぶア・カーン。
恐怖の目つきで妖精達を見る、ローエングリンとチョッカーン。
「次はあたしが見繕った、衣装だよ」
バ・カーンが取り出したのは胸が大きく開いた、まるで中世のお姫様のようなビラビラギラギラのゴージャスなドレス。
童話のお姫様も真っ青になるくらいの派手な衣装である。
「わかってるだろ、誰のか」
「こ、これを着こなせるのは私しかいないな……さわるなっ」
衣装をひったくると、着替えさせようと手ぐすね引いていた妖精を一喝するローエングリン。
「私は自分で着替えるからいい、こっちを向くなっ」
皆に背を向けさせると、ローエングリンは着替え始めた。ドレスについている宝石や金属の飾りがしゃらしゃらと音を立てる。
「胸パットも忘れるなよ」
バ・カーンが待ちきれないという風情でそわそわしながら言った。
「こんなもんか」
声に振り向くと、そこには絶世の美姫が立っていた。
まるで何処からかピンスポットが当たっているかのごとく、そこだけ輝いている。
マークとチョッカーンだけではなく、妖精達もぽかーん、と口を大きく開けて立ちすんだ。
「う、美しすぎますうう」嬌声を上げる妖精達。
「当たり前だ、私は白鳥の騎士、ローエングリンだからな」
鼻を高々と上げ、美しさを誇示するかのように長い金髪を揺らすローエングリン。
きゃーっ、腐妖精達が歓声を上げる。
「わー、性格悪いのにむっちゃ美人、いるよなあこんなタイプ」
ぼそりとチョッカーンがつぶやいた。「俺は御免こうむりたいけど」
ひとしきりローエングリンの華麗な変身を賛美した一行だが、チョッカーンが手を叩いて、彼らを制した。
「ま、二人ともお似合いだ。それでは腹も空いたし、盛り上がるのはこの辺にして街に行こうか」
「まだ、残ってますっ」頬を膨らませて、首を横に振るコリャイ・カーン。
「自分だけそのままで行こうなんて、許しませんよ」
「それ、やっちまうのですっ!」掛け声とともに、チョッカーンに何かがかぶせられた。
ぶほっ。
一行は着替えが終わったチョッカーンの姿に一瞬息を飲む。
そして、次の瞬間、大爆笑が巻き起こった。
彼らの目の前には、辮髪のパンダが佇んでいたのである。
「なんだよ、俺だけ着ぐるみかよっ、いったいなんなんだこの黒い手足、腹は白いって……まてーっ、お前ら俺だけパンダかよっ」
「これを着ていたら絶対に正体ばれませんから~」
この世界に辮髪パンダは一人しかいないから、むしろ個体認識はされやすいのでは?
マークは心の中で静かに突っ込みを入れた。
「それにしても宝石一個であんな宝石の付いた服とか着ぐるみが買えるのか?」
ようやく我に返ったチョッカーンのつぶやきに、妖精達が自分の胸の谷間を押し広げた。
そこには数個の宝石が……。
「さっき、私たちも宝石を一緒に拾って、ここにストックしていたのですう」
「それはくすねると言うのだっ」
「キャー、追いかけっこなのですう」
パンダに追いかけられてうれしそうに飛び回る妖精達であった。
街は、だいたい最初に来た街と同じような作りをしていた。真ん中に丸い広場があって、そこから放射線上に家が立ち並んでいる。
ワル目立ちをする3人は時折すれ違う人々の冷たい、または好奇心いっぱいの視線を浴びたが、誰一人として不穏な動きをする者はなかった。
迷路に入って空間を飛び越えて出てきた直後なので、彼らの足取りを敵は見失ったようだ。
無事に適当な宿屋を見つけた3人は、シャワーを浴びてごろりと横になった。
「ああ、疲れた」
ドレスを脱ぎ捨てたローエングリンは胴着とズボンだけに着替えてくつろいでいる。
「いろいろ買い揃えたいものもあるし、今日はもう前進を考えずに休みにしないか」
彼はマークとチョッカーンに提案した。
「今まで神経が張り詰める戦闘ばかりでどうにも疲れた。半日くらいゆっくりと各自自由時間を持つのも必要だと思うんだ」
「確かにいい考えだ。半日ぐらい休んでも罰は当たらないだろう。俺はなんか美味しいものでも食べて英気を養おう」
チョッカーンもうなずいた。




