その2
この世界6日目の朝。
すでに手持ちのリンゴも無く、空腹と喉の渇きに唸りながら3人は森を歩く。
起床時に確認した彼らの流通ポイントはそれぞれ、マーク950MP、チョッカーン1140MP、ローエングリン1150MPとなっている。
疲労や飢えで50MPが消費され、加えてチョッカーンは火花スキルを使い10MP、ローエングリンは腕に短剣を突き立てると言った暴挙におよんだものだから、ヒーリングの150MP分が余計に減っている。
「なんとか街に行って、何か食べないと餓死してゲーム終了、冥界行きになってしまうぞ」
なす術もなく、餓死。それだけは絶対に避けたいところである。
「でも、街についてまた僕達がお尋ね者扱いだったら、どうする?」
「それはまた街で考えるさ」
断食のダメージが一番きていると思われるチョッカーンがぶっきらぼうにつぶやいた。
「すべてはa mazeにかかっているな。何処に行きつくか、インフィニティのみぞ知るといったところか」
折れた剣で行く手を阻むツルをなで斬りにしながら、ローエングリンが汗をぬぐった。
「マルコムによるともうすぐだよ」
日の出とともに歩き、すでに3時間はたっている。
へとへとになりながら彼らはマルコムのさす方向に向かいひたすら歩いた。
「あ、あれか?」
彼らの目の前が急に開け、ぽっかりと丸い広場ができている場所にたどり着いた。
その中心に直径1メートルぐらいの金色の円が輝いている。
円の中には彼らにはよくわからない文様が魔法陣のごとく描かれていた。
「そうだな、あれだ」マルコムで確かめたローエングリンがうなずく。
「それじゃ、行くか。一か八かの大勝負だ。そこは地獄か天国か……」
言いながら、チョッカーンが何かあった時のために、しゃもじを握り締める。
「ま、俺達3人が本気出せば怖いものなんかないさ」
3人と3妖精はえいっ、とばかりにサークルの中に飛び込んだ。
一瞬、彼らの目の前に虹色の空間があらわれる。
軽い眩暈、と体がふわりと浮いた奇妙な感覚が彼らを襲う。
足元がなくなるというか、まるで、ダルマ落としのダルマになった感覚。
どさり。
浮遊感を充分味わう間もなく、3人は、空中に投げ出され、固い土の上にしりもちをついた。
目の前には木ひとつない平野が広がっている。
その平野にはびっしりと地面を覆いつくすように、スペードの形をした葉を持つツル性の植物が蔓延っていた。
普通の平原と違うところは、その植物が単一ということである。
サークルからの出口と思われる3人が立つ一角には植物は生えないようだが、3人をぐるりと取り囲むようにして全方位に葉っぱの絨毯が広がっている。
「巻物クン、この植物は何?」
「モンスター植物界、秘死植物門、双死葉植物網、マンドラゴラモドキ属、麻酔科、人食いツタ属、残虐ツタです。地面を覆うように発育する人食いツタです」
「な、なんだか怖いね」マークが溜息をつく。
「マルコムここは、何処だ」
地図を見て、ローエングリンは唇を引き締めた。
「ここは、オオカミ野の隣のゾーンだ。最初にリザードマンと戦うことを選んだときに、次に行くゾーンとして選択肢の一つに入っていた場所だ」
「あの、睡眠薬を出して人を眠らしてしまい、寝てしまった人間を牙を持った花が噛み裂くって奴か。対処はほぼ無理で、こいつが現れると必ず寝てしまうって言ってたよな」
花に噛みつかれる自分を想像してか、震え声になるチョッカーン。
その目の前を黒い羽を持った大きな蝶々が優雅に通り過ぎた。
蝶は、残虐ツタが地面に蔓延る部分をしばらく飛んでいたが、急にぎこちない羽ばたきとなり、ついにはポトリと葉の上に墜落した。
不幸な蝶を葉っぱがリレーをするようにどんどん地平線の彼方に運んでいく。
その先に、ごろんと地面に転がっているかのような直径10メートルくらいの大きな花が出現した。
花の真ん中から巨大なナメクジのような舌が飛び出し、たちまち蝶をからめ捕って、花の中へ沈んで行く。
ぎゃおおおおおおおーーーーーーんんっ。
いかにも獲物が少なくて不満といった感じの叫びが花から発せられて空気がびりびりと震えた。
その声にツタは詫びを入れるかのように葉を揺らす。
マークはその光景を体をこわばらせながら見つつ、恐怖とは違う別なことを考えていた。
あの花は台所の写真のラフレシアと瓜二つだったのだ。
花の表面の白い斑点の位置と形、あの写真の花はちょっと変わっていて斑点の一部が星状になっていたので、マークは良く覚えていた。
「新婚旅行で撮った写真なの。わざわざガイドつけて行ってきたのよ。見られる人は少ないのに、あんた達ラッキーだって言われたわ」
母の言葉が頭の中でぐるぐると回る。
なぜ、あの花がモンスターの素材に使われているんだ。
真っ青なマークにチョッカーンが声をかける。
「びびってる暇はないぞ、俺達の軍師さんよ」
そう、眼前の大気には眠り薬、そしてその先には大きな人食い花。
見渡す限り絶対絶命の状況で、私情に浸っている暇はない。
マークは、脳に届けとばかり大きく息をして新鮮な空気を吸い込んだ。
「このゾーンを抜ければ、街がある」
手を頭にかざして花を眺めながらローエングリンがつぶやく。
「巻物クン、このサークルはもう移動に使えないの?」
「一回のみです。残念ながら」
鎮痛な声で巻物が答える。
「ヤマタのオロチの野郎を呼んでみようか。ここには人間はいないからヤツは出てくるかもしれないよ」
「よせ、大蛇に戻った奴にこの広っぱで寝られたりしたら私達では救出できない。彼には刀のままで居てもらってくれ」
「ううむ。どうやって、この眠り薬が充満した大地を越えていくかだな」
チョッカーンが首をひねる。
「アクアラングとか、酸素ボンベがあればいいのだが」
ローエングリンの一言に、チョッカーンが手を叩く。
「それだっ」
「何かいい方法があるのか?」
「最近、海のレジャーとか草原で大きな風船に入って、それを転がしていくのがあるじゃん、俺のキャプスレートで、自分たちを包んで、その玉を転がしていきゃあいいんだよ。テレキネスで動かしてもいいけど、MP喰っちゃうからまずは転がしてここを横断すればいいんだ」
「うん、それは良い考えだ」
ローエングリンの賛同も得て、マークのお株を奪ったチョッカーンは意気揚々である。
「さあ、この残虐ツタの海を越えて、食べ物パラダイスへ突入するぞお」
普通の空気と自分達を閉じ込めた球を押しながら、3人と3妖精はツタの葉が生い茂る地面にと一歩を踏み出した。