その5
城から逃れた3人は、追手を警戒して森の中に入り込みしばし休憩を取っていた。
昨夜から何も食べていない3人はチョッカーンが取ってきたリンゴを手にしながら木の下に座り込んでいる。
「すっぱいな、コレ」
ローエングリンがリンゴにかじりついて顔をしかめる。
「ええ~? 美味しいぜコレ」
すでに2つめを平らげようとしているチョッカーンは不思議そうにつぶやいた。
「いいね、味覚オンチは」
マークとチョッカーンから分けてもらった流通ポイントを使い、傷を癒しながらローエングリンがうんざりした顔をした。
「おい、なんだよその言いぐさ。取ってきた人への感謝はないのか。ちょっと活躍したからってお高く留まるないっ」
自分のキャプスレートが破れたのがショックなのか、チョッカーンがそっぽを向いた。
「まあまあ、2人とも。2人に比べると僕は今回全然役立たずでごめんね」
なんとか自分を貶めて話の方向を変えようと腐心するマーク。
なんだかいつもこんな役回りだと彼は心の中で苦笑いした。
「それにしても、僕達、お尋ね者なんだね」
姫を助けに怪物と戦うだけでも大変なのに、なんだか予想もしなかった展開に3人は混乱している。
いきなり自分達が追われる身になってしまったとは。
実は今でもまだなぜ追われているのかすら、はっきりとは理解できない。
「私たちが転覆者だとすると、この世界を滅ぼす何らかの力を秘めているってことになるが……」
3人は顔を見合わせる。
お互いの力を検証しても、この世界を滅ぼすことはどう考えても無理だ。
「なんだよ、妙なプログラム組みやがって、責任者出てこーいっ
チョッカーンが虚空に叫ぶ。
「しーっ、静かにっ」
残りの2人は慌ててチョッカーンに覆いかぶさった。
「僕たち、お尋ね者なんだよっ。追手に居場所を教えるようなことはしないで」
マークにしては強い口調で、友人をたしなめる。
「そういえば、胡蝶プロジェクトだったかな、このゲームの会社」
ローエングリンががりがりとリンゴを咀嚼しながらつぶやく。
「ゲーマーの間では、その卓越したリアルで緻密な世界構築が有名なんだが、収益のかなりの部分が使途不明金になっているらしくて、ブラックな噂も絶えない。それで私もプレイは避けていたのだが……」
「ブラックな噂?」
マークが聞き返す。
彼は今まで学校と塾しか自宅以外の世界を持たない。
文字通り絶滅危惧種の彼にとって、ゲームを作っている会社がどんなブラックなことに手を染めているのか、世間知らずには予想もつかない。
「このゲームで、女子生徒が再起不能になっているという噂があるが、あれは快感中枢を刺激しすぎたためと言われている」
ローエングリンが何か遠くを見るような目で語り始めた。
「最近のVRMMOでは、多かれ少なかれ電気的にこの快感中枢の刺激を行っていると言われている。ゲームにより刺激と、中毒性をもたらすためだ。たとえばアルコールやニコチンや麻薬と同じだな。ただ、大っぴらにやると規制がかかるのが目に見えているから、各会社ともほんの隠し味程度にとどめている」
「だけど、この胡蝶プロジェクトはそうじゃなかったって言うことだな。俺達の学校ではこの『囚われの姫君』のプレイは禁止されていて、ばれると停学になるんだ」
チョッカーンが、マークのほうになあ、というように顔を向ける。
「そ、そう。で、僕は普通はゲームなんてやらないんだけど、美月さんが何の手違いか囚われの姫君になってしまったってメールが来て……」
「助けに来た、という訳だ。停学も恐れずに」
ローエングリンが優しく微笑みかける。
「う、うん……」
マークが口ごもる。
正直、自分の手で助けようという大それた気持ちは無かった。
そんな度胸も技術も無いとわかっていたから。
ただ、憧れの美月さんに来たという事実を見せたくて……参加した。
自分は今だって美月さんも大切だけれど、できれば一刻も早く帰って勉強したい気持ちが強い自己中だ。
ローエングリンを逃がそうと叫んだチョッカーンの雄姿を思い出したマークは、自分がなにかずいぶん卑小な存在である気がして目を伏せた。
「この会社の裏金は、地下組織を通じて軍事とか政治組織に流れているという噂がある」
ローエングリンがぼそりとつぶやいて、マークとチョッカーンを見つめる。
「ここから抜け出せないばかりか、毒殺されそうになったり、訳の分からない転覆者として追われるなんて。いつもと同じ質問で悪いが、お前達、なんか特別な秘密を隠してないか? 思い当たることは無いか?」
ブンブン、返事もいつもと同じ、2人の首が大きく横に振られた。
ヒーリングが終わった3人は、自分たちのMPを確認してみることになった。
リザードマンの武器を売って稼いだ8000MPも捕まったり、領主達との戦いでだいぶ減っている。
リザードマンはヤマタノオロチが追い払ってくれたため、能力ポイントの増加につながらず、今回の領主はポイントの対象ではないらしく彼らの変換可能な能力ポイントは今のところ0である。
「テレキネスは結構消費が多いなあ」
黄金の髪の騎士は溜息をついた。
戦闘中に2人から多大な譲渡を受けたローエングリンだが、ヒーリングとテレキネスのおかげで流通ポイントはほとんど底をついている。
流通ポイントはマーク2000、チョッカーン1500、に比べてローエングリンは50しかない。
3人は相談してマーク1000、チョッカーン1200、ローエングリン1350に分配することにした。
チョッカーンとローエングリンはマークからの多額のMP提供に,最初は渋っていたが、実戦で有効に使えるのは2人の方だというマークの強い申し出を断ることができなかった。
「さあて、これから何処に行けばいいのかな」
百戦錬磨のゲーマー、ローエングリンも途方に暮れた声を出す。
ログアウトの言葉「エスケープ」も効果なく、美月さんが幽閉されている場所もわからない。
わかっているのは、王都と呼ばれるところで王が自分達を捕獲する命令を出したという事だけ。
「王都に乗り込むという手もあるが、敵がなぜ私達を捕まえようとしているのかもっと情報を集めてからのほうがいいな。美月さんも王都に要るとは限らないし」
「もう、街には戻れないけどこのままでは野宿もできないよ」
チョッカーンがしっとり湿った落ち葉で冷たくなった尻を浮かせながら溜息をついた。
「野宿するならするで、どこかでそれなりの装備を調達しないと」
「そういえば、お前さんの妖精達はどうしたんだ?」
「城に来るかと思っていたんだが、追い切れなかったようだな。もうあの街でお別れだったのかもしれない」
しんみりとした口調でチョッカーンがつぶやいた。
「また、会えるさ。できれば激戦の途中に会いたくないがな」
チョッカーンの背中をどついて、ローエングリンがにっこりする。
その時。
「探しましたよお、ご主人様」
聞きなれた声が森の奥深くから聞こえてくる。
3人は顔を見合わせた。
「ご主人様あ、城に行ってみたら壊れていて皆さん死んじゃったかと思ってましたあ」
泣きはらした目をして、大きな位牌を担いで飛んでくるア・カーン。
「旦那、死んだかと思って、弔い酒を用意してきたのに~」
黒い和服に身を包んで一升瓶を抱えてふらふら飛んできたのは、酔っぱらって目元を赤くしたバ・カーン。どうも、すでに弔い酒をやっているらしい。
「こうなれば街に討ち入りです~、と思って陣太鼓を用意してきました、生きておられてうれしいですう」
コリャイ・カーンはそう言うと手に持った陣太鼓をどんどんどんどん、と狂うように打ち鳴らした。
他の2人もどこから出したがバチをもって叩きまくる。
「祝い太鼓です~」
止める間もなく打ち鳴らされる太鼓の音。
マーク達の顔が凍りつく。
「このアホ3人組っ……」
チョッカーンのつぶやきが終わらぬ先に、ピーっ、とどこかで笛が鳴り響いた。
「こっちに誰かいるぞーっ」
「城を破壊した、お尋ね者だーっ」
「主人が主人なら、使い魔も使い魔だっ。逃げるぞっ」
ローエングリンが追手とは逆の方向に駆け出す。
「使い魔じゃないですっ、私達ようせ……」
「ばか、お前達も逃げるんだよっ」
3人をいきなり鷲掴みにすると、額に皺を寄せて駆け出すチョッカーン。
でも、口元には紛れもない笑みが浮かんでいた。