その2
「んーっ、良く寝たぞーっ。ここは何処だあ」
薄いランプの下、背伸びをして起き上ったチョッカーンは、すぐさまマークの冷たい視線にずぶりと貫かれた。
傍らには先に起きていたのか、ローエングリンが正座して小さくなっている。
「え、ここ武器屋の部屋? ずいぶんと堅牢なつくりだねえ、三方が大きな石組で」
ローエングリンの何か言いたげな視線を見て、横にある鉄格子に気が付くチョッカーン。
「ええっ、ここ牢屋? 俺達、酒乱で暴れたのかマーク?」
「それなら、まだしも……だ」
マークの声は地の底から湧き上って来たかのように低く、その根底にはマグマのような怒りが感じられる。
「私達は武器屋のオヤジにはめられたらしい。武器は換金してからすべて消え去ってしまったと言って、詐欺師の濡れ衣を着せられた。明日領主の城に連れて行かれて、縛り首になるかもしれんぞ」
「えっ」ローエングリンの言葉に、立ちすくむチョッカーン。
「いろいろ2人で検討してみたのだが、あの武器屋のオヤジがワルとすると私たちの無罪を立証するのは極めて難しい」
「なんで、武器屋のオヤジが俺たちをはめるんだ?」
「それは奴を締め上げて見ないと解らんな。奴に指令した黒幕がいる可能性が高い。それにしても例の毒の件と言い、どうも我々のパーティは誰かに狙われているらしいぞ」
ローエングリンが腕組みをして何かを思いめぐらすように目を閉じた。
「思えば、ゴールドパスの持ち手にあんな参加要請が来るのは初めてだったしな。このゲーム世界自体が特別あつらえだ。まるで……しかけられた罠のような」
「罠? 美月さんを狙って」
「それならば、もう達成されているだろう、チョッカーン。ここに参加した他のクラスメートや美月さんが見当てであれば捕捉された時点でもうゲームは終了しているはずだ」
ローエングリンは2人の方を見ると、強い口調で尋ねた。
「君たち2人のうちで、自分が狙われていると思い当たる事はないか?」
「思い当たる、何を? だって俺たちごく普通に暮らしていたんだよ。でもそこに美月さんからの救出要請メールが来て……、これってゲームだろ、妙だけどゲームだよね、美月さんを助ければ終わるんだよね」
いらだちを隠せない様子でチョッカーンは2人の方を向いて問いかけた。
ゲーム時間ではすでに4日目が暮れている。現実時間ではほぼ3時間がたっているという事だ。
2時過ぎにゲームを始めたとしても、もう夕方の6時。
クラスメートが自主合宿という嘘をついておいてくれたので、当面はそれで親や学校側の探索はないだろうが、それ以上に心配なのは自分達が無事に現実世界に戻れるかという事だ。
マークは人生をかけて作り上げてきた自分の『一番は取れないけれど、とりあえず優等生』という看板をそこそこ気に入っている。
ゲーム世界でそれを棒に振るのはまっぴらごめんだ。
今まで現実のことはできるだけ考えずにゲームに集中してきたが、チョッカーンの言葉によって彼もまた我に返っていた。
「べ、勉強しないと……」
彼は百科事典を取り上げる。
「本当にこの世界について思い当たることは無いのか? なあマーク」ローエングリンが問い詰める。
「え、あっ……ぼ、僕、勉強しないと」彼は下を向いて手当たり次第に百科事典を読み始めた。
「だめだよ、追い詰めちゃあ。ほら」チョッカーンが両手を広げて肩をすくめた。
「また勉強発作が始まった」
集中のあまり周囲の声も耳に入らず、マークは百科事典の科学の項目を読み始めた。
物理法則や化学の反応は、魔法やスキルなどの特殊な設定を除けては現世にのっとっている。
検索すれば、百科事典にはこの世界の設定である科学の法則などものっており、それはそのまま現実の受験勉強に直結した。
「まあいい。まずはここから脱出……、これは素面になって流通ポイントも充分にある私達にとっては簡単なことだ。でもな、この怪しい領主とやらにも会ってみたい気がするね。黒幕の可能性もあるし、この世界の異常な状況の一端でも垣間見えるかもしれない」
新しく物質移動の力を手に入れたローエングリンは余裕の表情でにやりと右の小口角を上げる。
「私達を怒らしたらどれだけ恐ろしいか、身をもって体験していただこう」
翌朝、彼らは水も食べ物ものも与えられないまま獄を引きずり出された、
来た時のように後ろ手に縛られて一本につながれた彼らは、城から使わされたと思しき、兵士の格好をした男たちに槍で追われながら城への道を徒歩で歩き始めた。
3人とも繋がれていると言っても、距離は開いているので話すことはできない。
が、ローエングリンの目配せで、馬に乗って傍らを歩いているリーダと思しき騎士が背負っている袋の中に彼らの剣が入っているらしいことが伝わっていた。
人々の視線を浴びながら、街道をあるく3人は小ぶりな赤い家の屋根に妖精たちが目を丸くしてこちらを見ているのを見つけた。
こちらに来るな。
ローエングリンが今にも飛んで来そうな妖精たちに待ったの視線を送る。
彼女たちは、小さくうなずくとそっと屋根から高い空に飛び立った。
上空から彼らを追尾するのだろう。
囚人3人は、空に小さくなっていく彼女達に期待半分、不安半分の微妙な視線を送った。
マーク達はにぎやかな街を過ぎ、小高い丘へ通じる道を行く。
丘の上に背は低いが堅牢そうな円筒状の建物が寄せ集められたような城が見えてきた。
城の周りには水路が張り巡らされ、一本しかない出入り口は跳ね橋となっている。
跳ね橋の前で何か騎士が合図をすると、橋がおりて囚人一行は城の中へと吸い込まれて行った。
一同は城の入り口を通り、広い中庭に通された。
中庭からは長いレースのカーテンがかけられた広い窓ガラスを通して、城の中が垣間見える。
室内は豪奢な調度で占められていた。
大理石の部屋に、壁一面を覆う細密な風景画のタペストリー、きらきらと輝く大きなシャンデリア。
領主父娘は相当血税を絞り上げているようだった。
彼ら3人は中庭で跪かされて、1人に付き5人の兵が周囲を囲った。
そのうちの一人は、剣を抜き、彼らの髪を捕まえて何かあればすぐ首を掻き切れる体制を取っている。
「領主様直々の謁見だ」
ファンファーレが鳴り響きガシャガシャという音とともに全身を金色の鎧で覆った背の低い小太りの男が入ってきた。
「あれが、『コガネムシ』か」ローエングリンの目がじっと標的を見つめる。
もう一度、今回はさっきよりも高い音のファンファーレが鳴り、今度はギラギラとまばゆい光に包まれたなにかふわふわしたものが入ってきた。
全身をリボンと宝石にくるんだ、ドレス姿の少女である。
彼女は、ブロンドの立てロールを肩に垂らして、愛くるしい顔をほころばせながら入ってきた。
しかし、その瞳は血のように真っ赤で何か禍々しいものを感じさせる。
あれが、『玉虫』か。
ローエングリンは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「こいつらが例のお尋ね者か」
コガネムシが側近と思しき男の方を向いて話す。
領主の周りには、側近や兵士たちが十重二十重に取り囲んでおり厳重な警備をしていた。
しかし、娘の玉虫の周りには誰も付いていない。
「はっ、ゴールドマックス公爵。こいつらが王から指令を受けた『転覆者』です」
「なんだ、その転覆者ってのは」ローエングリンが声を上げる。
「お前達には自覚がないだろうが、お前達はここへ来たその瞬間からこの世界の重罪人なのだ。この夢にあふれた創造の世界を永遠に存続させるためには、いずれ滅亡への扉に手を掛けるであろうお前達には消えてもらわねばならない。そして……」
「意味が分かんないって言ってんだよ」声を荒げるチョッカーン。
「冥府に落ちてそのまま肉体が朽ちるまで幽閉される運命のお前達には、もうこれ以上の説明など必要はない」
コガネムシにそっくりなずんぐりむっくりした体型の領主は、鎧のヘルメットからのぞく目をぎょろりと動かして彼らに言い放った。
「意味がわからんのなら教えてやろう。死刑だよ、死刑」
きゃーっはははははは。
突如、中庭に嬌声が響いた。
全身を覆うリボンを震わせて、少女が笑っている。
「うれしい、うれしいわお父様、こんなにきれいな騎士様の血が吸えるなんてなんて幸せな私の剣」
いつの間に持ったのか、右手に抜き身の長剣を握り、少女は狂喜に満ちた笑顔を作りながら銀色の剣に口づけをした。