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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
4章 チートなんて濡れ衣です
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その6

 マークの父親、篠原英人(ひでと)は彼が2歳の時に亡くなっている。

 ぎこちなくマークを抱く父親の写真は残っているが、彼が持つ父親の記憶はほぼ無いに等しい。

 彼の中の父親像というのは、すべて母親に聞いて形成されたと言っても過言ではないだろう。

 

「あなた達のお父さんは、要領が良くて、頭のいい人だったけど、ちょっとお金にうるさいのが玉にきずだったわ。お母さんね、一度でいいから思いっきり贅沢してみたかったの」


 母親は、あの細部にまで凝った白亜の一戸建てを立てた後にその浪費を弁解するようにマークに語った。

 兄は母に似てカネ離れが良いタイプだが、彼は質実剛健を絵に描いたようなタイプである。

 それだけに母親はマークに対して、この散財を後ろめたく感じたのかもしれない。


「お父さんはケチだったの?」


「どケチというほどではないけれど、小さいころ貧乏だったみたいでお金にはうるさかったわね」


 マークの母親は小金持ちの家に育ったせいか、金銭感覚が緩いところがある。

 さすがに、起業して女手一つで彼らをそこそこまでに育てる間は、彼女も金銭の出納に関して厳しかったが、会社が軌道に乗り子供たちも目鼻がついてきた最近ではまた財布のひもが緩くなっていた。


「お父さんは、負けず嫌いで、理論的で……まじめな人だったんだけど、妙にこだわるところがあってね、変な人だったわ。物の見方も必要以上に多方向から見る人でね、『物は一方向からではなくて、横の物も縦から見てみろ』が口癖だったわ。物事を調べるのも大好きでね……」


 母親はいつもマーク達にそう言いながら、おかしそうに話したものだ。


「あれはまだ私たちが若いころ……、一緒に出雲に旅行に行ったときにね、八岐大蛇(やまたのおろち)ってパンフレットに書いてあったの。でもそれをやきだいじゃ、って読んでしまって他の人に大笑いされてね、相当頭にきたみたい」


 そう言いながら母親は遠くを見るような目で微笑む。


「帰ってからパソコンで猛検索。で、八岐大蛇は、岐が『ちまた』と読む読み方があるので実はヤチマタが訛ってヤマタになったんだって彼なりの学説を確立しちゃって……ヤチマタと読むのがそもそも正しいって固執してたわ。私も調べてみたけど、何処にもそんな語源は出てこないし、ヤマタノオロチは八俣遠呂智とも書くからやっぱりヤマタでいいと思うんだけど……」


 その話を聞きながら、マークは耳の奥になんだか『ヤチマタ』という言葉が残っているような気がしていた。


「ヤチマタって、なんだか覚えがあるような気がするよ」


 マークの言葉に母親は噴出した。


「そうそう、あの人、その学説を言い出してから『ヤチマタ、ヤチマタ、ヤッチマッター』が口癖になってね。あなたを抱きながらそう言ってあやしてたわ。普段軽口なんて言わないお堅い人だったから、お母さん、頭になにか変調が起こったのかもって思ったわよ」


 天才と何とかは紙一重って言うけど、とっても変な人だったのよ……と母親は目を伏せた。きっと苦労が多かったのだろう。


「ハンサムで背が高くって、頭が良くって、ああイイ男捕まえたって思ってたけど、いろいろと大変だったわ」


 子供達が大きくなっていろいろ大人の事情を分かるようになってからは、母親はポロリポロリと愚痴を暴露するようになった。


「企業で研究職にいたんだけど仕事が忙しいとほとんど家に帰ってこず……で、ある日突然交通事故で帰らぬ人になってしまったわ。でもね、生きていて居ないのと、もう会えなくて居ないのとでは、全然さみしさが違ってね」


 愚痴をこぼしながらもそのくだりになると涙、涙。

 母親のそんな姿を見ながら、マークはなんだかんだ言いながらやっぱりこの人は父親を好きだったんだなあと実感したものだ。


 ヤチマタ。ヤチマタのオロチ。


 彼の父親が固執していた、妙な読み方。

 父しか唱えなかった、妙な学説。


 マークはなんとなく感じるものがある。

 この符牒は、自分に向けられているのではないかと。

 それは確証の無い、直感だけれど。

 この世界のどこかと自分がつながっている、ような気がする。

 上手く行きすぎる自分の作戦。

 もしかして、チートなんて濡れ衣……じゃないかもしれない。

 彼は錯綜する妄想に似た思いに答えが出せず、唇を噛みしめた。





 大蛇の頭に乗った3人は、残りの頭にリザードマン達が残して行った大量の武器をくわえさせて里へ下りて行った。

 蛇はのろいかと思ったが実際のところかなり敏捷で、彼らを乗せて日のあるうちに里の入り口までやってきた。

 3人を地上に下ろすと大蛇は言った。


「ここまでくればリザードマンはもう襲ってはくるまい。私は人目に触れるのを好まない。ここで姿を変えることにする」


 それじゃあ、とばかりに大きな口を開けるチョッカーン。

 また胃の中においでという事か。


「いや、お前の胃の中は始終動いていて疲れた。私は剣に姿を変えよう、チョッカーン私を持っていてくれ」


 大蛇はそう言うと、鞘に入って肩に背負えるようになっている柳葉刀(りゅうようとう)に姿を変えた。

 柄は短く、先に行くほど幅広になる湾曲したこの刀は日本では青龍刀と呼ばれることが多いが、本来の青龍刀は三国志に登場する関羽が使っていた薙刀の刃を広くしたような刀である。

 かすかに虹色に光る剣の(つか)には8つの頭を象徴するかのような小さな色違いの8つの輝石が入っており、引き抜くとかすかに虹色に光る幅広の刀が現れた。


「俺のファッションにぴったりじゃん」


 うれしそうにチョッカーンは柳葉刀を背負ってポーズを決めた。

 辮髪(べんぱつ)に黒いカンフーパンツと赤いTシャツを纏い、光沢のある黒い皮のベストを着て柳葉刀を背負った彼は、見かけだけは精悍な武芸者に見える。

 

「おい、ファッションショーはそこまでだ。こいつを手分けして持っていかないといけないぞ」


 ローエングリンの一喝で、彼らはリザードマンが持っていた武器の山を3人で手分けして抱えあげると街の中に向かって行った。

 なけなしの体力を振り絞って3人は武器の重みによろめきながら歩いていく。

 しばらくすると、石でじゃりじゃりしていた道が徐々に広がって、平坦に整備された道に変わって歩きやすくなった。

 と、同時に道の周囲に家や、店が立ち並んできた。

 行き交う人もがぜん多くなる。彼らは武器を山のように抱える3人を胡散臭そうに眺めながら足早にすれ違って行った。

 道端の人々もひそひそと何かこちらを向いて話している。

 それもそうだろう。武器を大量に持った見かけない顔の3人連れが流れ着いてきたのだ、警戒しないはずがない。


「マーク、あの店がよさそうだ、行こうぜ」


 疲労で半ば朦朧としていた彼は、チョッカーンの言葉で我に返った。

 ふと、見ると街の中心部と思われるにぎやかな通りに来ており、周りには粗末な布のテントの下で食べ物や衣類を売っている人々が所狭しと店を広げている。

 その一角に、赤いレンガ造りのしっかりした一戸建ての店が立っていた。

 看板には、交差された剣が書かれている。

 おそらく武器屋だろう。

 武器の重みでへとへとに疲れていたマークは、もうどこでもいいからこの武器を売り払って楽になりたかった。

 おそらく3人ともそういう心持だったのだろう。

 狡猾そうな店の主人の提示した値段をほぼ飲む形で彼らは武器を売り払った。


「オヤジ、俺たちのマルコムに3分の1ずつ払ってくれ」


「はいよ、おひとり様、8000MP。今すぐに」オヤジが薄汚れた紙幣を3等分して彼らに配る


 配られた紙幣をマルコムにかざすと、紙幣は消え去ってマルコムからかすかな振込処理終了の音がした。

 その瞬間に、マークの疲労は吹っ飛び、元気がもりもりと沸いてくるのを感じた。


「あんたら、今日の宿は決まっているのかね」


 オヤジが彼らに尋ねる。


「いいえ」


「じゃあ、この家に泊まらないか」


 小ずるそうなオヤジの顔を見ながら3人は顔を見合わせた。



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