その4
「あ、あれは……毒だ。下剤ではない。急な嘔吐と悪寒が起こり、それからいきなり全身の力が抜けて息ができなくなった」
そう言いながらローエングリンは木に体をもたせ掛けるようにして、そのままずるずると坐りこんだ。
「狙われたのは、お前達のうちの一人だ。あのサロンで腹に妙な虫がいる奴がいると言うと、薬屋を名乗る男がこの薬を私に売りつけた」
息も絶え絶えな騎士の顔は、どんどん血の気が引いていく。
「さっき、自分の流通ポイントを使ってヒーリングを施したのだが、毒が強くてMPが3000から5になり生命維持がぎりぎりになった時点でヒーリングも中止せざるおえなくなった。私はもう戦いながら旅ができる状態じゃない。ここでできるだけリザードマンを引きとめるから、あとはお前達……」
「だめだよ、仲間じゃないか。姫を助けるためには君の力が要るんだ」
マークが叫ぶ。
「マルコム、僕の流通ポイント300のうち200をローエングリンに」
「マーク様の流通ポイントは先ほどのバリアで280になっております。残りが80になりますが……」
「いいよ」
「俺はさっきのキャプスレートで50ほど使ったらしい。だが、まだ150ほど残っている。70ほどこの金髪男に寄付するぜ」
チョッカーンが自分のマルコムを操作しながら、宣言した。
「270で、もう少し回復しそう?」
目を伏せ、静かにうなずく金髪の騎士。
彼は手を胸の前で組み、頭を垂れた。
徐々に金色に輝いていく全身。
だが、胸にどす黒い霧のようなものがかかって、なかなか取れない。
「俺のMPを使え」
チョッカーンが叫ぶ。「あと50っ」
「僕もあと50追加だ」マークもマルコムに追加を叫ぶ。
きらきら輝くローエングリンの身体。
どろどろとした黒い煙は胸からゆっくりと消えていく。
「こいつが生き返らなきゃ、今まで掛けた分が無駄になる。足りなければ、自棄だ、もう15突っ込むぜ!」
「こ、こうなれば一か八かの勝負だね。ぼ、僕もとことん追加を……」
長い睫毛に覆われた切れ長の目がうっすらと開かれる。
頬にはいつの間にか赤みが差し、顔全体に生気が戻っていた。
ゆっくりとピンク色の唇が皮肉っぽく歪む。
「おい、賭場で賭け事してるんじゃないんだから」
「ローエングリンっ!」
マークとチョッカーンが目を見開いて騎士の顔を覗き込む。
「勝ったああああ」抱きついて喜ぶ2人。
「だから、賭け事じゃないて言ってるだろうが!」
ローエングリンの元気な声が森に響いた。
マークとチョッカーン、2人の流通ポイントはそれぞれ30MPに、そしてローエングリンも10MPに、以前と比べると激減している。
彼らのポイントは日常生活には問題ないが、戦闘にはとても不安な値である。
「マルコム、このリザードマンのテリトリーはどこまで続くの」
「あと、8時間も歩けば通過します。現在11時15分ですので、順調に行けば19時15分にはテリトリーを抜け、里に出るはずです」
8時間。
最後には、日の沈む時間帯も含まれていることを考えると、トカゲ人間たちの得意な時間帯である夜に差し掛かる可能性が高い。
戦闘スキルが、使えて各1回くらいの彼らの流通ポイントでは無事にここを通過することは極めて難しくなった。
かと言って、ここで立ち止まっても体力が低下していくだけである。
早々にリザードマンたちを撃破して、余裕で里に到着するはずだったのに……。
彼ら一行は黙りこくって、薄暗い林の中を木々を縫うようにして歩き始めた。
マークの頭の中では、嵐が吹き荒れている。
どうすればいいか、どうすれば勝てるか。
戦う術を持たない彼は、なんとか助かる方法を考え出すのが自分の使命だと考えている。
「巻物クン、そういえばトカゲって冬眠したっけ」
「ええ、約10度前後からが冬眠に入る温度だと言われています」
しばし、マークは考え込む。
「巻物クン、低温の作り方を検索して」
「かしこまりました。低温の……」
ヒュッ。
百科事典がすべてを言い終わらぬうちに、物陰から赤いひもが伸び、マークの巻物を奪った。
「しまった」
チョッカーン、マーク、ローエングリンの3人は一本の木に集まる。
「な、何も見えない……」
ヒュン、ヒュン。
赤いひもがマークとチョッカーンの首に絡みつき、2人は、木の下にうずくまった。
ローエングリンの剣が彼らの首元を走り、2人は自由になって肩で大きく息をしながら木の根元に座り込んだ。
ローエングリンの剣が切断した、赤いひものようなものが彼らの足もとに落ちている。「これは、何かの舌だ」
見えない身体。
そして長くて素早く動く舌を持つトカゲの仲間、とくれば。
「カメレオンか」
何体いるのか、全く見当もつかない。
見えないものをどうやって見れば良いのか。
「木々の中の移動は奴らの方が上手だ。移動するぞ、何処か広場に出よう」
3人は木にぶつかりながら逃げる。
「巻物クン、何処だーっ」
マークの叫びに答えるように木々の中に赤く光るものが見えた。
「任せろっ」ローエングリンが刀を振り回しながら、赤く光っているところに駆け込むと、手当たり次第に何度か切り結んだ後に巻物を手にして帰ってきた。
「あ、ありがとうございます」息も絶え絶えの風情で礼を言う巻物。
「礼は後だ。奴らの保護色を何とかできないのか」
「私が提示できるのは知識だけです。解決法はご自分でお考えください」
この状況で、恩人に対しても百科事典としてのスタンスを変えない巻物クンである。
3人はなんとか木の生えていない広場になっている一画に出た。
背中合わせで広場の真ん中に立ちすくむ3人。
マークは前方にバリアーを作り、ローエングリンは気配だけで剣を振り回している。
チョッカーンは、ただひたすら気を待つようにバリアーの方に身を寄せていた。
その時。
「ご主人様あ~」
黄色い声とともに手を振っている赤、青、黄色のチュチュを着た妖精達が上空を旋回していた。
「敵がいる油断するな、姿が見えない、多分カメレオン系のリザードマンだ」
チョッカーンが叫ぶ。
彼女たちは急降下してマーク達の周りをくるくると飛び回る。
動くものに反応して、空中から飛び出す舌。
舌の射出は相当早いスピードなのだが、それをひらりとかわす妖精達。
そこを狙って、ローエングリンの名剣『シュヴァーン』が次々と貫く。
そのたびに空間から突如現れるかのようにして絶命したカメレオン男たちが草原に倒れた。
最初のリザードマン達に比べて、このカメレオン系は動きがのろい傾向にある。
それがせめてもの救いで、気配を感じてからローエングリンが動いても攻撃の遅れをきたすことは無かった。
瞬く間に草原にリザードマン達の躯が積み上がった。
やがて攻撃が止み、広場が静まり返る。
「や、やったか……」
さすがに気力が尽きてへたり込む3人と妖精達。
しかし、彼らの安息を許さぬように木が揺れた。
その方向を見た3人の表情が凍りつく。
彼らの周りを、今度は最初見たのと同じタイプのリザードマン達が取り囲んでいたのである。
何百となく……。
不定期投稿になりそうです。できるだけ2日に1回は更新したいのですが~。