その2
翌朝。
すでにここに来て四日目の朝となる。
「それにしてもお前良く食うなあ」
朝の食事をして帰ってきたチョッカーンを呆れた目で見ながらローエングリンがつぶやく。
昨日食べ過ぎたため、マークとローエングリンはベッドの上で撃沈していた。
「気力充分、体力充分、今日のMPいくつかなあ」
マルコムを手に自分のポイントを確認したチョッカーンは絶叫した。
「うおおおおおおっ、なんじゃこりゃあ」
ベッドから飛び起きてマルコムを覗き込む2人。
能力ポイント:2000MP
流通ポイント:200MP
マークも自分のポイントをチェックする
能力ポイント:2000MP
流通ポイント:300MP
2人とも、流通ポイントは相変わらず低くて貧乏だが、能力ポイントが激増している。
これはオオカミ野でオオカミの大群を撃破したことによる増加だろう。
「ローエングリンは?」
騎士様のマルコムを覗き込む2人。
能力ポイント:2000MP
流通ポイント:3000MP
「か、金持ちなんだな」悔しそうにつぶやくチョッカーン。
「さて、次の目標はどこにしようか。それによって必要となるスキルが明確になろう」
ローエングリンがマルコムに地図を提示させる。
姫の幽閉されている場所までの全図は表示されないが、このあたりの地図は見ることができる。
あとはこの前の様に他のゲームをやっている人との交流サロンでこのゲームの傾向を聞いたり、この世界の人々に聞いたりして姫の行方を探さなければならない。
「この前サロンで聞いたところによればこの村の外は隣接した3つのエリアで囲まれているらしい。選ぶ方向によって遭遇する敵は、リザードマン、人食い花、そして巨大サソリ砂漠と変わってくる。皆、リザードマンがやり易いと言っていたが」
「リザードマン?」マークが尋ねる。
「ああ、トカゲ人間だ。全身鱗に覆われた直立歩行のトカゲたちが襲ってくる。毒をもっていることもあるけど、でも大したことはない」
他のゲームでは何度か戦ったのだろうか、ローエングリンが余裕の微笑みを浮かべた。
「人食い花は、睡眠薬を出して人を眠らしてしまうらしい、寝てしまった人間を牙を持った花が噛み裂くそうだ。対処はほぼ無理で、こいつにあたると必ず寝てしまう。砂漠への道は一番過酷と言われていて、灼熱の砂漠で体力を取られたところで、サソリに襲われるらしい」
「ひめー、もう俺怖い目に会うのはいやですっ、自分で脱獄してくださいよお」
チョッカーンが情けなさそうな声を出す。
昨日の雄々しい美月さんの姿を思い出して、マークもうなずいた。
「どこを選ぶ?」
そういわれてもなあ……、マークとチョッカーンは顔を見合わせて、首を傾げる。
「じゃあ、経験豊かな私が決めさせてもらうぞ、リザードマンの居る丘陵地帯を行こう。マーク、このゲームのリザードマンに関して情報を得てくれ」
「巻物クン、リザードマンだ」
マークが巻物を広げる。
巻物は昨日の疲れからか、のろのろとしゃべりだした。
「リザードマン、モンスター界、脊椎怪物門、爬虫綱、有鱗目、トカゲ怪人科、ドクトカゲ属に属するする二足歩行の肉食トカゲ怪人です」
巻物にまるっこい頭部から背中にかけてぶつぶつが広がるズボンをはいた茶色のトカゲ人間の画像が浮かび上がった。
「知性は個体によってまちまちですが、ほぼ10歳程度の人間と同程度です。肉食で普段は小動物を狩って捕食しますが、人間が彼らのテリトリーに入ると攻撃をしてきます。鋭い嗅覚をもち、噛まれると毒液が傷口に浸透して、最悪死に至ります」
「テリトリーに入る方が悪い、って気もするなあ」マークが腕組みをする。
「だめだめ、その気の優しさが命取りだよ。いくらリアルでも所詮ゲームなんだから。こっちが悪いなんて思っていたらやられるぞ」
チョッカーンが厳しい目でマークを見ながらたしなめた。
「このトカゲ怪人たちに弱点は無いの?」
「人間とほぼ同じです。ここという弱点はありませんが、全体的にここが強いといったところもありません」
質問が途切れてところで、お役御免と判断したのか巻物は自らを一巻に畳み込み静かに横たわった。
「そうかあ……」どんなスキルアップが最適なのかよくわからないマーク。
「明日武器屋にでも行ってみるか。でもこの村の武器屋はいまいちなんだよな」
ぼやくローエングリン。
その時、彼らの脳裏に声が響いた。
「スキルの設定と言えば、このカーロンじゃ。目を瞑って見ろ」
つい3日前に訪れたあのリバースルームの白い空間に、再び彼らは立っていた。
「おい、じいさん。このゲーム、イカレてるぜ」
チョッカーンがカーロンに詰め寄る。
「敵は強すぎるわ、クラスメートは冥界に囚われるわ、変なんだよ。バグ出てないか、バグ。お前さんはただのNPCじゃないんだろう。おいっ」
スカポーン。
白いひげと白い眉で顔中が覆われた老人の杖が一閃して、チョッカーンの脳天を軽やかに叩く。
「いててっ」
「年長者への物の言い方か、それが。もっと敬意ってもんを表せ」
老人の表情は隠れているが、声は妙にうれしそうだ。
「ま、あのキャプスレートがあんなに使いこなされるとは予想外じゃった。お前らなかなかやるじゃないか。もうとっくに絶命していると思ってたがな」
「大きなお世話だよ。それより答えろよ、このゲーム設定がおかしくないか」
「大いなる演算装置インフィニティがお前さんたちに試練を与えておるのかもしれんなあ。ゲームがいつも同じ道筋とは限らん、簡単なときも難しいときもある。人生のようにな、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
はぐらかすカーロンを苦々しげに睨むチョッカーン。
「ご老人、初めまして。私はローエングリンと申すもの、このゲームではあなたが我々にスキルを授けてくださるのか?」
美しい騎士は老人の前に片膝をたてて、跪いた。
「お、おう、そなたがかの有名なローエングリン殿か。儂の呼びかけに答えてくれてすまない。この頼りない2人をどうぞよろしく頼むぞ」
どうやらゴールドパス所持者に『攻略パーティがお粗末でミッション遂行が危ぶまれる』と、助っ人の募集を呼び掛けたのはカーロンらしい。
「お粗末なパーティで悪かったな」チョッカーンはふてくされた。
「あの、ところで、僕ら能力ポイントが貯まったので何かに変えたいと思って」
おずおずと話すマークの方に来ると老人は優しく肩をたたいた。
「お前は百科事典一本でなかなか良くやっている。だが、あの百科事典は5000ポイント以上はつぎ込めない。なにか別なスキルはどうかな、マークシート。そうじゃ、お前達もここから選べ」
カーロンは3人に例のメニューを渡した。
「俺は……もっと変幻自在にキャプスレートを操りたい。キャプスレートの形を制御したり、キャプスレートしかけているところを寸止めして穴の開いた閉鎖空間を作ったり……。俺はまたこの2000MPをキャプスレートにつぎ込むぜ」
「どこまで望んだスキルが使えるかどうかはインフィニティの裁量となるが、まあお前さんの好きなようにやってみるがいい」
言い出したら聞かないチョッカーンの性格を知っているカーロンは、今回はすんなり希望を受けた。
これでチョッカーンがキャプスレートにつぎ込んだMPは6500MPとなる。
「俺はこのキャプスレートが気に入った。キャプスレートをとことんまで使いこなしてやる」
鼻を膨らませて宣言するチョッカーンにカーロンがぼそりとつぶやく。
「使い魔のポイントを高くして、もっと有用にすることもできたのじゃがなあ」
「ええっ」しまった、という顔のチョッカーン。
「希望を受領してインフィニティに送ったから、もう無理じゃがなあ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
またしてもじいさんにやられてしまったチョッカーンはこぶしを握りしめた。
「ご老人、私に助言を頂けるか」
ローエングリンがカーロンの前に進み出た。
「おぬしは、ずば抜けた身体能力もあり、名剣『シュヴァーン』の素晴らしき使い手、その名剣さえあれば、通常の怪物は難なく打ち負かせよう。しかし、今回インフィニティがなぜかお前さんたちに大きな試練を与えておるからのう……」
カーロンはしばし考え込んだ。
「魔術系の力となるが、念動力はどうだろうか。敵を宙に浮かせたり、移動させたりする力だ。この力は集中を要するために、発動している最中に他の事は出来ないが、何かと便利だと思うぞ」
「仰せの通りに」
恭しく頭を下げるローエングリンに老人は満足げにうなずいた。
「さて、決断の遅い黒眼鏡の君はどうするかな」
老人は優しく言うと、マークの方に向き直った。
「噂ではマーク・チートと呼ばれているらしいではないか。百科事典のみで無双するとは、儂も初めて見るケースじゃ」
「チートは濡れ衣です」
皆の力の結集があったからこその勝利だ。
決して自分の力ではない、とマークは唇を噛みしめる。
よく言えば謙虚、悪く言えば自信が無さすぎ。
マークは常に自分の能力にひどく懐疑的であった。
血のにじむような努力をしてさえ、優秀な兄に、いやクラスメートにすら勝つことができない彼の今までの人生経験が、そういった性格基盤を作ってしまったのであろう。
「僕は、運動音痴だから戦うのは無理だし、でも皆の足を引っ張りたくないし……簡単に防御できるスキルは何かありますか」
「バリアーじゃな、叫ぶだけでいい。2000MPでは完全に自分を守りきることはできないが、初期攻撃を防ぐ時間稼ぎには充分じゃろう。だが、しっかり体調を整えて流通ポイントを上げておかなくてはバリアーも弱くなるから注意するんだぞ」
「はい」
素直な返事に髭だらけの老人の相好が崩れる……ように見えた。
「それでは、また怪物を倒してスキルをゲットしに来なさい」
老人の言葉とともに、目の前が暗くなった。
3人が目を開けるとそこはもとの宿屋。
「行くか、リザードマンの丘に」
ローエングリンが座っていたベッドから立ち上がる。
「マークがバリアーをゲットしてくれてほっとしたよ」
そう言いながらチョッカーンが包みを手に持つ。
包みの中身はあのやり手の女将が持たせてくれたおむすびのようだ。
ぶっきらぼうで粗野なのになんとなく人を惹きつけてしまうのは、チョッカーンの妙な人徳であろう。
この朝彼らは、意気揚々と慣れた宿を後にした。
彼らの行く手には予想もしない陰謀が隠されているとも知らないまま。