その1
「帰って来たぞー」
「おめでとう、勇者達!」
村に戻る道、その両側にはたくさんの村人が並び、拍手をしてマーク達一行を出迎えていた。
「最も貧弱な装備で、強敵を撃破した勇者達だあ」
子供も村人も、目を輝かせてマーク達を見つめる。
人々を押しのけるようにして、中年女性がまろび出てマークに抱きついた。
彼らが宿泊している居酒屋の女将である。
「ご苦労様、村人の一人があなた方の戦いを見ていたのよ。素晴らしかったわ。賢者、マーク・チート」
「マーク・チート……?」
他の2人は大笑いし、マークはむすっとする。
「僕はマーク・シートです。確かに、巻物の手は借りたけど、僕は今までの人生、テストで不正をしたことは一度もありませ……」
チートとは本来ごまかし、不正という意味である。
チート・シート(カンニングペーパー)という言葉を思い出して、急に不機嫌になるマークに、慌ててチョッカーンが解説する。
「チートって、まるで裏ワザとか不正をしているように強すぎ、という尊敬の意味もあるんだよ。ま、スゲー奴、ってほどの意味さ」
「そ、そうなの……」
無理やり決定されてしまったマーク・シートという名前もいまいちだけど、マーク・チートもなあ……、マークはなんとなく素直に喜べない。
微妙な面持ちのマークとその一行は、口々に賞賛の言葉を発する村人に囲まれながら宿屋にたどり着いた。
「さあ、お腹が空いたでしょう。どんどん食べて。今日はうちのおごりだよ」
夫婦が用意した豪華な料理が、テーブルに並ぶ。
香草で焼き上げた骨付きの大きな肉塊、クリームスープ。焼きたてのパン。ミートソースたっぷりのスパゲッティ。爽やかな香りのサーモンの燻製が入ったサラダに、女将さんの十八番のとろとろオムレツ。
「やったああああああっ」
チョッカーンがテーブルに着くなり、食事が見る見るうちに彼の口に吸いこまれ始めた。
「奴と食事をするようになってからこっちまで早食いになった」
瞬く間に姿を消していくオムレツをはっし、とスプーンで自分の皿に取り分けながらぼやくローエングリン。
ふと、気が付くと彼らが食べているテーブルを窓や戸口からじっ、とみている村人達。
皆、今にも涎を垂らしそうな風情だ。
「あんたたちも良かったらお入り」
女将の言葉に、店内になだれ込む村人達。
「あ、だけどあんた達は実費だからね」
一斉に落胆のため息をつく人々。
だがチョッカーンの食べっぷりにもうどうしようもなく食欲を刺激されたのか、村人たちは「仕方ないな」とか呟きながら席に着き始めた。
たちまち満員になった店は、注文を叫ぶ声で一杯になった。
おそらく女将は村人がついてくるのに気が付いて、すぐにマーク達を食事に誘い店に客を呼び入れようとしたのだろう。
商売上手な女将である。
「この世界の人って、皆、計算高いよね」
マークがつぶやく。
「まったくですうううう」
今日は店のおごりのため、特別メニューは無しとくぎを刺された妖精たちは、パンとスープを頬張りながら残念な表情を浮かべている。
しかし。
3人は何やらごにょごにょと相談をすると、店の真ん中に飛んでいき声を張り上げた。
「私たち、今日はとっても嬉しいのですう~~、お酒を注がせていただきまあす」
彼女たちは急に笑顔を振りまきながら各テーブルの酒を注いで回り始めた。
可愛い妖精たちのお酌に、客もまんざらじゃなさそうだ。
にぎやかな店はなおさらにぎやかな笑い声に包まれた。
しばらくして。
「おおい、女将。このお嬢さんにキャビアを!」
「このいろっぺーねーちゃんにフォアグラを!」
「この、可愛い娘ちゃんに……何でもいいから高くてうめえもんを!」
口々に酔わされた犠牲者たちが、声を上げ始めた。
「俺、この世界にずうううっと住まないといけなくなったら、アイツらを使って酒場でもやるかなあ……」
チョッカーンが額に皺をよせ、腕組みをしてつぶやいた。
しこたま食べてエネルギーを改善した3人はシャワーを浴びて部屋に戻ってきた。
「なあ、そろそろ姫様通信の時間だぜ」
チョッカーンがにやにやしながらマークの脇腹をつつく。
「今日はどんな装いかなあ」
うきうきした声で辮髪男が言いながら、鼻の下を伸ばした。
「俺は……真夏のビーチみたいな服が、ぐへへへへへ……」
ふと、彼はローエングリンの冷たい視線に気が付いた。
「んだってんだよ、お高く留まりやがって。騎士様だって美月さんのきれいな肌、みたいだろ。象牙みたいに白くってあの、なまめかしーーーーい曲線……」
「下劣だな。私は、普通の制服の姫が一番だ」
吐き捨てるように言う金髪の青年。
「お、お前はどうなんだ、優等生」
いきなり振られて、戸惑うマークは口ごもりながらつぶやく。
「タートルネックの、白い、厚手の毛糸のセーター、とズボン……」
「ううっ……お前なんだか妙にディープだな」
いかにも暑苦しくてださい感じだが、白いセーターで胸が強調されるのも悪くない。
チョッカーンは、人の嗜好についてしばし考え込んでしまった。
それはそうと、今日の高柳はどんな趣向でくるのだろう。
「姫様通信、姫様通信~」
マルコムが騒ぎ立てた。
慌てて目を瞑る3人。
目の前が徐々に明るくなり、美月さんの声が聞こえてきた。
「すごかったぞ、良くやったな。見ているこっちがハラハラした」
美月さんの声が弾んでいる。
3人の視線は、残念ながらその声を発する口より首から下にくぎ付けになっていた。
丸襟の黒いワンピースに真珠のネックレス。その上から重ねられた短い黒い上着が残念なことに胸の線を隠している。
細い足は黒いストッキングに包まれ、低いヒールの黒い靴に続いていた。
結い上げられた髪の上にはちょこんとのせる感じの小さな黒い帽子がのっており、帽子に付いている網目状のベールが顔の半分までを覆っている。
銀の格子を握る手は黒い手袋をつけていた。
「喪服……」
3人がぽかん、と口を開ける。
普段覆われている首筋が、髪を高く結い上げているために見えるのは確かに色っぽいが、それで? といった感じだ。
「ガキどもにはまだ早かったかな。喪服に秘められた色香がわかるにはまだ精神年齢が低すぎるって訳か」
高柳が見下した目で3人を見ながら現れる。
「ま、今日はお前らに殺されたオオカミどもの追悼という意味もあるからな」
高柳は美月の細い左手首をつかんで、無理やり自分の方に向かせる。
「ガキどもに、喪服の良さを教えてやるぜ」
顔をそむける美月に無理やり唇を近づける高柳。
その時、格子を掴む美月の右手が上着の下に入ったかと思うと、一閃した。
びゅんっ。
長い数珠が高柳の首にかかる。
びしっ、掴まれた左手を振り払い、その手がすばやく数珠の輪を交差する。
そして高柳の首を締め上げる……。
「じゅ、数珠って……、もっとみじかっ、くはっ」
意識を失い崩れ落ちる高柳。
「奴が数珠の設定をし忘れてたから、真言宗の僧侶の持つ108の玉を持つ長い数珠が欲しいって願ったら出てきたのよ。それくらいの自由度はあるみたいね」
にやりと笑って美月さんが手を振る。
「それじゃ、みんな頑張ってね」
ゆっくりとブラックアウトする画面。
「たかやなぎー聞こえるかっ、つぎは、ビーチでバカンス風の美月さんうぉぉぉぉぉ」
意を決したチョッカーンの絶叫は暗闇に吸い込まれた。