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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
3章 有難迷惑! 美しすぎる助っ人
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その6

 晴天の日が続き、カラカラに乾燥したオオカミ野。

 空には、太陽がきらめき、秋になり茶色くなった草が野を覆っている。


 ここで、クラスメートたちは昨日地獄の苦しみを味わって、暗闇の中に放り込まれた。


 チョッカーンとマーク・シートは唇を噛みしめる。


 2人とも、もうこれが単なるゲームだとは思っていない。

 クラスの姫君を誘拐に近い形でこの空間に閉じ込め、ゲームとは思えない規模の敵を配してクラスメートを冥界に落した。

 何かの意図が、ここにはある。

 ここで、負けてなるものか。

 なんとしても、姫を救出しこの罠を仕掛けた奴、そして牢番の高柳をつるし上げるまでは。


「いいか、お2人さん、無理するな」


 ローエングリンが愛用のバスタードソードを手に声をかけてきた。


「そちらこそ無理すんな。きれいなお顔に傷がつかないように気を付けるんだな」


 チョッカーンはローエングリンに向かって、軽く手を上げる。

 憎まれ口のなかに、彼独特の気遣いが入っている。

 やっとそんな性格に気づいたのかローエングリンは微笑んでオオカミ野の中央に向かった。

 彼の足もとには、妖精たちが運んだ小麦粉入りの袋が所狭しとばらまかれている。

 サツマイモの収穫の御代としてもらったあの小麦粉だ。

 まるで挑発するように、ローエングリンは剣を大きく2、3度振った。


 そんな彼を例の小高い丘の上で、チョッカーンとマークが固唾をのんで見守る。


「き、来た」


 黒い風が吹いた、と思うや否や、前回よりも多い数百頭のオオカミの群れが、ローエングリンに対峙すると彼をぐるりと包囲した。

 一瞬のうちに、黒い絨毯の中の茶色の丸いエリアが狭まった。

 と、思うや否や、剣が光り、ローエングリンの周りのオオカミがなぎ倒され、茶色の円が復活した。

 ローエングリンの周りにばらまかれた小麦粉がオオカミに引き裂かれて宙を舞いあがる。


「どうだ、巻物クン」


 マークが尋ねる。


「まだまだ、舞い上がる量が足りません」


 作戦参加の緊張からか、マークの背中からはこわばった声が響いてくる。


「行って、妖精トリオ」


「たまにはマジにがんばるのですううう」


 3人はマークの指示を受けて、残りの小麦粉の袋を持ち、ローエングリンの方に飛んで行く。

 まるで阿修羅のごとく、美しい円弧を描きながら、全方位のオオカミに立ち向かうローエングリン。

 剣の高速の動きがまるで光の帯のように見える。

 しかし、ローエングリンとオオカミとの間合いは徐々に狭まってきた。


「くそっ、前回より進化してやがるっ」


 前回ローエングリンに切られたら分裂しなかったオオカミ達だが、今回はローエングリンの剣をもってしても、切った傍から分裂して復活していく。

 額から汗が吹き出し、彼の動きとともに、激しく飛び散った。


「巻物クン、どうだ」マークが低い声で尋ねる。


「そろそろです、ご用意をチョッカーン」


「よしっ」


 ローエングリンの奮闘に刺激されたのか、もう待ちきれないと言った風情でチョッカーンはしゃもじを取り出した。


「妖精たちは小麦粉をっ」巻物の声が裏返る。


 いよいよ近づくその時、に巻物の緊張も最大になっているのだろう。


 オオカミの頭上に次々と小麦粉の袋を落とす妖精達。


 遠目でも、舞い散る小麦粉がやや陰りを帯びた太陽の赤みがかった光に映え、きらきらと光る。


「今です!」巻物が叫ぶ。


「キャプスレートっ」声とともにしゃもじが振り下ろされる。


 と、同時にローエングリンが跳躍した。


 オオカミの頭上から料理用のボウルを逆さまにしたような透明な空間ができて、オオカミの群れを覆っていく。

 チョッカーンの頭の中には巻物の声が聞こえている。

 もう少し、広く、いや少し狭めて……。

 結構な速さで結界が作られていくが、3人の目にはまるでスローモーションのように映っていた。


「次はっ」チョッカーンが叫ぶ。


「まだ、濃度が……、今ですっ」


 チョッカーンのしゃもじから、今度は大きな火花が噴出し、キャプスレートされそうな空間のそのわずかな隙間に飛び込む。


 何も、起きない。


「計算違いか、巻物クン、お前のボスは、計算をあやまったのかっ」


 巻物に叫ぶマーク。


 その瞬間。


 キャプスレートされた半球状の空間が白く輝き、爆発した。






 1878年、ミネソタ州のワッシュバーン製粉工場が爆発した。

 当時世界最大と言われていた7階建ての製粉所は粉々に砕け散り、後世に残る大惨事となった。

 その原因は『粉じん爆発』と言われている。

 これは、小麦粉などの可燃性の粉じんが火花などに引火して爆発を起こす現象である。

 しかし、この爆発が起こるためには、粒子間の距離が近すぎず、離れすぎずの適度な濃度であること、酸素があること、そして、着火元があることが必要である。


 百科事典は、インフィニティの中枢に近い演算装置にアクセスし、粉じんの濃度をちょうどよくする小麦粉の量、投入ポイント、そしてキャプスレートされた空間の体積の調整を行った。


 しかしそこまでやっても、所詮は一か八かの賭けだったことは間違いない。

 多分、幸運の女神が、ぱっとしない彼らに救いの手をさし伸べたのであろう。

 もしくは、救いの手はマークに(ののし)られた負けず嫌いの神のものだったかもしれないが。






 目の前で白く光り、炎上爆発する半球状の空間。


 炎が消えると、そこは戦闘前と全く変わらない、オオカミ野が広がっていた。


 しかし、オオカミは皆消え失せている。


「いやっほーっつ」


 辮髪(べんぱつ)をぴよんぴよん揺らして、ローエングリンに抱きつくチョッカーン。


「お見事だ、辮髪の君!」


 噛み傷で服をぼろぼろにされたローエングリンが手を大きく振って、丘に上がってきた。


「そして、何と言っても最大功労者はっ」ローエングリンが叫ぶ。


「このガリ勉の、いつも陰気な、融通が利かない、いい子ちゃんぶりっこの……」


 チョッカーンが叫ぶ。


「我らが、優等生だっ!!!」2人が叫んでマークに抱きついた。


 思わぬ展開に、手をばたつかせてもがくマーク。


「巻物クンがすごかったんだよ、それと妖精たちも。もちろん、君たちもだ」


 抱きつかれて喘ぎながらマークが言う。


「誰一人として、欠けたら今回の作戦は成功しなかった……」


 全員で延々と続くハイタッチ。


 しかし、そのにぎやかな喜びの表現とは裏腹に、マーク・シートは、今まで経験したことの無い感覚に(さいな)まれていた。

 これが仮想オンラインゲームの『快感』か……。

 うろたえるほどの胸の高まりと高揚感、一度経験したらもう止められないほどの恐ろしい魅力。

 いや、自分は絶対ハマったりしないぞ。

 現実世界に戻ったら、また気分を入れ替えて元の自分に戻るんだ。

 そして、勉強、勉強。

 

 マークは唇を噛みしめた。

読みに来てくださった皆様、本当に感謝しております。

アクセスがあるということで、書く気力をいただいています。

連日の更新でしたが、ここらで一旦お休みをいただきます。次回は連休頃になる予定。

何かお気づきの点がありましたら、ご指摘をお願いします。

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