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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
3章 有難迷惑! 美しすぎる助っ人
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その4

 夜、というのにそこは談笑する人々でにぎわっていた。

 薄い茶色で統一された木の床の上に、適度な間隔でいろいろな形や大きさのテーブルとイスが並べられている。

 そのほとんどが、騎士や勇者や魔法使いなどなど様々な服装をした仮想オンラインゲームの参加者で埋まっていた。


「失礼」


 ローエングリンが部屋の奥の方に向かうと、彼が通り過ぎた場所の人々が徐々にシーンと静まりかえっていく。

 奥の1等席に座っていた騎士の一団が慌てて席を立った。


「すまんな」


 当たり前のように空いた椅子にどっかりと腰を下ろす黄金色の髪の騎士。

 宿で甲冑を脱ぎ捨てた彼は、胸に紋章の刺繍が施された脛のあたりまでのチュニックの上から濃い緑色のフード付きのマントを羽織っている。

 黄金のベルトで引きしめられた腰、黒に近い灰色のズボンと、黒い革のブーツ。

 全体的に引き締まった精悍な服装だが、銀糸で描かれた胸のエンブレムの白鳥の翼が時折きらきらと光り、繊細な美しさも兼ね備えたいでたちとなっていた。


 仮想空間社交サロンの視線を一身に集めながら、彼は給仕に目で合図を出すと、ワインを注文した。


「遠慮するな、ここは食べ物飲み物有料だが、俺が奢ってやる」


「そりゃ、どうも」


 ふてくされた表情でチョッカーンが返事をする。

 この胃袋魔人を解き放つとどうなるか知っているマークは「ほどほどに」とそっとくぎを刺した。


「ローエングリン殿、今はどこに居られるのですか」


 空いた杯を満たそうと、ワインを片手にやってきた魔法使い姿の若い男が尋ねる。


「『囚われの姫君』だ。美しく気高い姫を見つけたものでな」


 おお~。噂の最新ゲームの名前に人々がどよめく。


「あれは、なかなか待ち時間が長くて、プレイするのが大変だと聞きました。一旦プレイすると、なかなかゲームから抜けられないプレイヤーも多いみたいですね」


 もう一人寄ってきた騎士風の服装をした男が声をかける。

 それを合図に、どどどっ、と人々がローエングリンたちのテーブルを取りまいた。


「一つ目鬼にやられてすぐゲームが終わってしまったって話も聞きますよ。一万円返せってぶりぶり怒ってましたが、あのリアルな世界がたまらないと言ってまた性懲りも無くでかけるようですよ」


「こいつらの話ではエスケープと叫んでもログアウトできないようなんだが」


 人々から笑い声があがった。


「まさか」


「オオカミ野のオオカミも大群で出てくるらしい」


「そんな話聞いたことがない」


 ワインを持ってきた魔法使いの青年が首を傾げた。


「オオカミは貯蓄チャンスですよ。一旦先に進んでも、MP稼ぎにまたオオカミ野に戻るものも居るくらいですから」


「オオカミ、ってどうやってやっつければいいんですか」


 おずおずとマークが尋ねる。

 が、あまりにも初歩の質問だったのだろうか、また笑いが起こった。


「君は初めてか? そこの騎士殿とパーティを組んでもらえるなんて幸せものだ」


 魔法使いの青年がマークを振り向いた。


「僕らのところのオオカミは殺したら分裂をして増えるんです」


「そりゃあ君、夢でも見たんじゃないか。って、ここがすでに夢の中か、あはあははは」


 青年は初心者をバカにするように笑って、向こうにいってしまった。


「オオカミのやっつけ方、かね」


 灰色のローブを身にまとった一人の賢者風の男が近づいてきた。


「実際と違い、このゲームのオオカミは、あまり頭がよろしくない。一番強いものにいっせいに群れてくる習性があるから、防御レベルが弱かったり自信がなければ、一番強いものに戦ってもらって逃げておくんだな。なあに、そこのローエングリンだったらなで斬り一回でおしまいだよ」


 賢者風の男はマークの肩を叩いて、去って行った。


「ったく、やってられるかよお」


 横でチョッカーンが10杯めのワインを飲みほして管を巻き始めた。


「お、おい、もう止せよ。合法だからっていっても、酩酊感はあるんだし、もう止めて……」


「やめられっかよお、こちとら命がけで来てんだぜ、なのに、ちょっと顔が良くて刀が使える優男に、姫様を横取りされてたまるかってんだよおお」


 完全に絡み酒である。


「おおそうだ、チョッカーン」


 他のゲームの参加者たちに囲まれて談笑していたローエングリンが、振り向いた。


「お前、なんとか玉とかいう妙なものは出たのか?」


「いや、まだ出てないが」


 坐った目をして、騎士を凝視するチョッカーン。


「いま、この薬屋とも話していたんだが、強力な虫下しがあるらしい。買ってやったから飲むがいい」


「要らねえよ」


「飲め」


「断る」


 酩酊したチョッカーンが睨みつける。

 よく見ると、ローエングリンも顔が桜色だ。

 実際のところ、ワインの酩酊感はやはり個人差があるのだろう、この2人は酒に弱いのかもしれない。


「人の好意は受けるもんだ」

 

 チョッカーンの顔を抱えて無理やり口の中に押し込もうとするローエングリン。

 すでに酔っぱらいの喧嘩である。


「有難迷惑なんだよっ」


 ごぼっ。


 その時、何か水が逆流するかのような音がした。

 次の瞬間。


 びしゅうううううううううっ。

 ローエングリンの顔面にチョッカーンが飲んだワインが口から水鉄砲のように噴射された。


「ぶっ、ぶはっ」


 慌ててチョッカーンを突き飛ばすローエングリン。

 しかし、ワインの勢いは止まらない。


「こちらに顔をむけるな、あああああっ」

 

 せっかくの伊達男が、ワインでびしょびしょである。

 

「お、お前は銭湯のライオンかっ」

「き、きたねえっ」


 人々は口々に(ののし)りの言葉を残して、一斉にサロンから逃げ去ってしまった。

 しばらくしてワインの噴出は収まり、店の中が静まり返る。

 ふと気が付くと、マークは店の者たちの冷たい視線を一身にあびていた。


「それで、これを僕にどうしろと……」


 ワインでびしょ濡れの床の上には、チョッカーンと白鳥の騎士様が大の字になって寝ていた。






 一夜明けて。


 明け方まで冷たい視線を浴びながらサロンでうたた寝をしたマークは、目を覚ました2人を引きずるようにして宿に戻った。

 あの2人は簡単なシャワーを浴びてから、ベッドの上で爆睡している。

 多分奴らは今日使い物にならない。

 マークは巻物を広げて、じっと百科事典の知識を頭に移していた。

 なんとか、自力で爆発物を作れないか……が今の彼の課題であった。


「ねえ、巻物くん。オオカミを爆発させたいんだ、なんかいいアイディアは無い」


「爆発、爆発物、爆発方法の項目をお読みください。物理法則に関しては、現実世界と設定はなんら変わるところはございません」


 相変わらず巻物は冷たい。


「ねえ、巻物くん。本当にこの世界と物理法則は同じなの?」


「ええ、もちろん魔法や怪物の特別な力などは特殊な設定で物理、生物法則に反するような展開をすることもありますが、それ以外は厳密にインフィニティ()が制御しています」


「なに、そのインフィニティ、無限大、って」


「現世で最も高い知能と処理能力を持つ演算装置です。胡蝶プロジェクトの固有の所有物で、この仮想世界の創造者であり、制御者です」


「この世界を作ったのはこのゲームを作ったプログラマだろ」


「ゲームにルールを決めるのがこのゲームを作った人間としても、それだけではドラマは生まれません。人それぞれの反応に演算装置がプログラムに従って世界をコントロールするので、千差万別のドラマが生まれるのです。かくいう私もそのインフィニティの末端出力装置の一部なのですが……」


 ちょっと威張った口調で巻物はいうと、咳払いした。


「あなたが私にかなりのMPをつぎ込んでくださったので、私は結構中枢の上部までのアクセスが許されています。だから、そんじょそこらの百科事典と比べてもらっては困るのです」


 しゃべるだけしゃべると巻物は沈黙した。

 要は、求めれば知識はいくらでも手に入るから後はマークの腕次第という事をいいたいのだろう。


 マークは再び、資料を読み始めた。


 手元には、火薬も、火薬の原料も、爆発するようなものも何にもない。 

 しかし、このままオオカミ野に出ても、ローエングリンとキャプスレートだけでは、いつかエネルギー切れでオオカミに制圧されてしまうだろう。


 いびきが響くのみの静かな部屋。


「僕の武器はこれしかない。知識……しか」


 なんとかしなければ。

 彼は頭をフル回転させて、文字をたどっていった。


「それにしても、いろんな爆発があるんだねえ」


 火薬によるもの、ガスによるもの……などなど。

 そして。


「こ、これだ……」


 マークの黒縁メガネの奥の目が輝いた。

 か、勝てるかもしれない。

 彼は、巻物を抱きしめると天を仰いで大きな息を吐いた。


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