その6
紹介された農家で、彼らが連れてこられたのは、広いサツマイモ畑だった。
「腰を痛めちゃってねえ、あの魔術師の知り合いの医者にかかってんだけど、安いけど直るのが遅くて」
農夫はすまなそうに二人に鍬を渡した。
かなり広いサツマイモ畑。これ全部で500MPの約束だ。
「あの医者と魔術師のネットワークでなんだか踊らされている気がするなあ」
チョッカーンがぼやく。
「俺、無理にあの玉を取らなくてもいいんじゃないかなあ、別に元気だし。」
「でも、稼ぐのはいいことだと思う。このまま少ない流通ポイントのままだとカロリー消費で消えていくから、そのうち食べるものも食べられなくなるよ。僕ら戦いに行けるようなスキルも、まだないし。仮に戦いに行っても、何しでかすかわかんない人と一緒に行ったら命がいくつあっても足りないしなぁ……」
じとーっとした冷たい横目でチョッカーンを見るマーク。
彼にとっては最大級の非難の表現だ。
実直なマークは、鍬で全体をある程度掘り返した後は、手で一つ一つ芋を手繰っていきながら収穫する。
掘り返した芋はかごに入れて、妖精3人娘が小屋に運んでいた。
「何してるんだ?」
マークは数本の芋をこそこそと畑の隅に持っていくチョッカーンを見咎めた。
「もうじき昼だぞ、昼ごはんは自分たちで用意しろなんて、ケチな雇い主だ。カロリーを消費させると流通MPも下がるし……だから、ここで少し売り物にならんような変形した分を頂いて焼き芋でもしようと思ってな」
うれしそうに、何処で採ってきたか乾いた小枝を敷き、磨き立てたしゃもじを振り回すチョッカーン。
「よせよ、それは泥棒だぞ。それにお前、やっちまっ玉を飲んだんだろう」
マークが額に皺を寄せる。
「目立った動きはしない方が……」
「なあに、大丈夫、3個だけだよ。腹が減っては戦はできぬ、MP減らさないようにちょっと火花でたき火をする程度にしておくよ」
言い出したら聞かないこの男の性格は、長年の付き合いで良く知っている。
嫌な予感をひしひしと感じながらマークは芋を掘り続けた。
傍らでうれしそうにチョッカーンが叫ぶ。
「出よ、火花っ」
ごおおおおおおおぉっ。
いきなり、火花というより、激しい炎がしゃもじから噴出した。
「君のしゃもじは火炎放射器かあ!!」
マークが叫ぶ。
「と、止まらないんだよっ、止めてくれええ」
火の付いたしゃもじは持っている方まで熱い。
思わず畑に投げ捨てるチョッカーン。
「どうするつもりだっ」
燃え上がる畑を見て二人は呆然と立ちすくんだ。
日照りだったせいか、敷き藁や下草に火がついて燃え移ったようだ。
火はあれよあれよという間に広がって、一面火の海。
慌ててやってくる村人達が消火に当たる。
「お前達、なんてことしてくれるんだいっ」
雇い主の農夫が真っ赤な顔をして2人に詰め寄った。
幸いにして近くを流れる川からいくらでも水が供給できたので、何とか火は消えたものの、芋はすべてこんがりと黒く焼けてしまった。
「皆さん、お疲れ様でした。ありがとうござます」
火を消してくれた近所の人々に平身低頭する農夫一家とチョッカーン達。
幸いなことにチョッカーンのしゃもじは少し焦げてはいるが、なんとか無事だった。
真っ黒焦げの畑とは裏腹に、あたりには焼き芋のいい匂いが立ち込めている。
何の気なしに足元に落ちていた黒いイモを拾い上げて、二つに割ってみるマーク。
ほこほこの芋は外側の黒さとは裏腹に、内側はねっとりとしたまっ黄色の飴状に仕上がっていた。
横からにゅっ、と手が出てきてその芋を略奪する。
「んっ、んまいっ」
この惨状の張本人が芋を口に頬張って悶絶していた。
「こんな黒焦げのもん売り物にはできん。好きなだけ食うがいい」
吐き捨てるように言う農夫。
チョッカーンは積み上げらえた焦げ芋を次々と頬張る。
「う、うまそうだな」
帰りかけた村人たちが足を止めてごくり、と唾を飲んだ。
よく見ると風にのった香りに誘われて、何処からともなく人々が集まってきている。
「なんか、あの人すごく美味しそうに食べてるわ」
その声を聞き逃さなかった農夫はすかさず叫んだ。
「焼き芋食べ放題! おひとり様300MP」
その声に、まず子供たちが歓声をあげて飛び出した。
あわてて、お金を払い後を追いかける親たち。
そして、火を消しに来た人たちも「火事見舞い」と言って御代を払いながら芋を集める。
原料より加工品の方が高くなるのは世の習いである。
マークはだんだんと農夫の顔が、喜びにほころんでいくのに気が付いた。
この農夫もやり手、である。
香りに誘われた人々がどんどん増え始め、チョッカーンの食べっぷりを見てたまらなくなってお金を払って食べ始める。
彼らが泊まっている食べ物屋の女将も言っていたが、どうも、あの男の食べる姿は人の食欲を刺激するらしい。
とにかく、延焼やけが人などの最悪の事態は避けられたようだ……とマークはほっと胸をなでおろした。
「まあ、焼き芋で儲けさせてはもらったが、あれは怪我の功名であってあんたたちと契約したことはほとんど遂行されていなかったからなあ」
口をへの字にした農夫は二人の前で腕組みをした。
「今回の報酬は無し、と言いたいところだがあんたらにも生活があろう、これを持って行け」
腐りかけたような大八車に残りのイモがざる一杯と小麦の袋が山盛りになっていた。
「小麦は昨年の残りだ。もう今年は収穫してしまって売り物にはならん。遠慮なく持って行け」
恩着せがましく言うと農夫はさっさと帰れとばかりに手を振った。
「現物支給か……」
大八車を押しながらうなだれるマーク。この小麦を持って帰っても、原料にこだわりそうな女将には使ってもらえそうもない。
「まあ、これでカロリーの補填だ、補填」
火事の張本人はえらく前向きに、サツマイモをかじりながら大八車を引いて行った。
「おおーい、お二人さあん」
大八車に乗せた古い小麦粉を店の女将に頼んで、倉庫に保管させてもらっていると、マークとチョッカーンを呼ぶ、団体の声が聞こえてきた。
「先に来てたのかよ、この抜け駆け野郎どもっ」
見ると、クラスメートの男子がほぼ全員来ているではないか。
それも、マーク達とは違って、みなピカピカの甲冑を着こなしたり、魔術師のローブを重々しく羽織ったり、あでやかな騎士の姿であったり……とにかく決まっているのだ。
「相当凝ったろう、お前達。もしかして遅れたのは設定に時間がかかりすぎたんじゃないか」
チョッカーンがにやりと笑った。
「バカ言うな。俺たち停学にならないように、同じクラスの男子はみんなで夏休みの勉強自主合宿に行く、ってお互いの親達に2,3日帰らなくても済むようにアリバイを作ってきたんだよ」
「お、俺と、こいつは?」チョッカーンが慌てて聞く。
「誠は来ていると思わなかったから言ってない。だけどお前は確実に来てると思ってさ、自主合宿って言っといたぞ。でも、おまえんちのお母さん、育児に追われていて上の空だったけどな」
チョッカーンのうちは、女性が多い女系家族である。
彼の他にはお姉さんが2人と妹が1人、だったのだが、加えて今年の春、なんともう一人妹が誕生したため、母親はその子の世話にかかりっきりらしい。
「ありがたい、これで救出に専念できるというものだ。あの高柳のヤロウをどうやってつるし上げてやろうか……」
「高柳がどうかしたのか?」
クラスメートが口々に尋ねる。
「姫が捕まっている牢獄、なんと牢番が奴なんだぞ」
皆一斉にどよめき、高柳に対する強い嫉妬と憤りをあらわにした罵り言葉が叫ばれた。
「で、トルコのハーレムみたいな衣装を着た美月さんに迫りまくっている」
「ぬあんだとおおおおっ」
クラスメートの一団はその話を聞くと一瞬息を止めて(きっと美月さんの姿を想像したに違いない)、そのあと火山が噴火したかのような非難の叫びをあげた。
「ところで、お前ら流通MPはまだあるのか?」
チョッカーンが聞くと、皆怪訝そうな顔をする。
「5000MPから減ってないと思うぞ、俺達使ってないし」
「そ、そうか……」
肩を落としたチョッカーンは、食いすぎてポイントがなくなったことや、マークが一つ目鬼との戦いで、負傷したため治療にポイントが要ったこと、やっちまっ玉を飲んだことなどを切々と話した。
「ちょっと、譲ってほしいんだけどポイント……」
「ダーメ。一刻も早く美月さんを助けて、美月さんの心証を良くするのがこのゲームだろう、ここはクールに行かしてもらうぜ」
お調子者の鈴木があかんべーをする。
「ゲームと思ってなめてると大変な目に会うぞ。このゲームの怪物、リアルに怖いぜ」
チョッカーンが憮然とした表情で忠告する。
「だいじょぶ、だいじょぶ。先にサロンに行ってこのゲームで姫君を五人助けた猛者に聞いてきたけど、まずはオオカミの野で手ごたえの無いオオカミを数匹やっつけてポイントを稼ぐのが定石らしい」
「俺たち今から、オオカミの野に行ってみるけど、お前達は?」
袋から漏れた小麦粉で体を白くした二人に、ピカピカの衣装に身を包んだクラスメートが尋ねる。
「行きたくないなあ。だって僕はいろいろ調べてから、勝算を得たうえで戦いに行きたいんだ」
マークの言葉を聞いて、誰かが笑い声をあげた。
それをきっかけに次々と彼を揶揄する言葉が浴びせられる。
「さすが優等生。ゲームでも堅実だなあ」
「聞けば、百科事典に全額つぎ込んだんだって? 頭でっかちじゃ、この世界わたっていけないぜ」
「なんなら、寄生させてやってもいいぜ。オオカミをやっつけたポイントのおこぼれくらいなら譲ってやる。でも、その代り足手まといになるから近づかないでくれよ」
マークは唇をかみしめる。
「僕は戦わない。頭の中で敵に勝てるまでは……」
噛みしめた唇からほろりと言葉がこぼれる。
しかし、その言葉を聞いているのは、傍らに立って怒りに顔を赤くしているチョッカーンだけだった。