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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
2章 戦いません、勝つまでは
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その5

「それにしても、他の人は来ないかなあ」


 もっと大挙して他のクラスメートが来ると思って、とるものもとりあえずこの世界にやってきた二人だったが、誰も音沙汰がない。


「やっぱみんな停学が怖いんだろう。こうなりゃ、俺たちでやるしかないのかね。しかし美月さん、ゲームの姫になりきって混線してこのゲームに入ったって言っているのか、本当に意図せずにどこかから混線して入っちゃったのか……聞いてみようと思ってたんだが、昨日はあれを見せられて吹っ飛んじゃったなあ」


 しゃもじを入念に磨きながらチョッカーンもつぶやく。

 彼の腹の虫が元気なく唸った。 

 

 オンラインゲーム1日目である昨日は設定や、いきなりの鬼との戦いもありさすがのチョッカーンもへとへとになっている。

 しかしそれ以上に、節約のため、朝ご飯がパンとコーヒーだけという質素なものだったのが彼から元気を奪っているらしい。

 ものすごく美味しいだけに、量が少ないのは大食漢の彼にとって拷問に近い。


 コンコン。


「おはよう、どうかね」


 朝いちばんに来ると言ってくれた、昨日の医者がドアを開けて入ってきた。


「痛みは無いんですが……このまま歩いたりしてはだめですか」


 マークがおそるおそる聞く。


「骨が変形して荷重に耐えられなくなるぞ。歩けなくなるな、確実に」


 医師は断言した。


「安静にするか、それとも……」


「僕たちに時間はありません。決心しました、すぐ直してください」


 昨日の美月さんの様子を見たら、もう一刻の猶予もならない。

 あの悪魔に迫られる美月さんを思い出して、マークの胃はきりきりと差し込んだ。

 どうやら、相棒とは正反対で彼は胃の弱いタイプらしい。


「それじゃあ、一緒に行こうか、魔術師のところに。いいかね2500MP必要だよ」


 医者は念を押す。


「先生にはいくらお払いすればいいんですか」


 心配そうに尋ねるマークの肩を叩いて医者は微笑んだ。


「あの一つ目鬼を倒した勇者から診察代をもらおうとは思わんよ、それに魔法使いの奴から紹介マージンをふんだくるから心配するな」


 白衣の先生はウィンクした。実は案外商売もやり手のようだ。

 

「じゃあ、俺の肩につかまれ」


 チョッカーンの肩に右手をまわしながら左足でぴょこぴょこ跳ねるようなしぐさでマークは前に進んだ。


 コローン。


 そのはずみで彼のポケットから、鬼のドロップアイテムの七色の玉が転がり落ちる。


「ん? なんだ、それは。得体のしれないドロップアイテムは早々に鑑定してもらうことを勧めるぞ。中には扱いを間違うと呪いを持つものまであるからな」


 医者は興味なさそうに玉を拾い上げると彼らに渡した。


「ちょうどいい、魔術師のところで鑑定もしてもらいなさい」


「忘れてたよ」チョッカーンはその七色の玉をしげしげと見つめる。


 玉はチョッカーンに答えるかのように妖しく輝いた。


「なんだか、コレ……」


 チョッカーンの腹の虫が、断末魔の悲鳴を上げるかのように泣いた。






「よく来たね、私は魔法使いのセンド。入りなさい」


 金色の縫い取りのある黒いローブに実を包んだ背の高い魔法使いが彼らを迎えた。

 高い鷲鼻、釣りあがったネコ目、への字に曲がった唇を持つ、初老の魔法使いだが、服は一糸乱れぬ着こなしなのに、頭に寝癖が残っているのがなんだが可愛い印象をあたえる。


「先生から話は聞いている。正攻法の治療では時間がないということで僕の治療をチョイスしたんだね」


 医師は彼とアイコンタクトしたのみで帰って行ったが、後できっとなにがしかのお礼がとどくのだろう。

 薄暗い部屋だが、刺繍のある厚手のモスグリーンのカーテンをはじめ、シックな色ガラスを散りばめた小ぶりのシャンデリア、飴色の丸テーブル、背もたれに彫刻のある椅子など、調度品は、皆おしゃれなものだった。


 こいつ、結構稼いでいるな。

 チョッカーンの勘がそうささやく。


「君だね、座りなさい。申し訳ないんだけど、前金で2500MP頂くよ」


 もう、こうなったら先生とこの魔法使いを信じるしかない。

 マークはあらかじめ用意した2500MP分の札を差し出す。


「よろしくお願いします。僕らの姫君を一刻も早く助け出したいんです」


 あの、キザ野郎の魔の手から。

 マークにしては珍しいほどの罵りの言葉が頭に浮かぶ。


「施術のやり方は秘密なんだ。二人とも目を(つぶ)って」


 マークとチョッカーンが目を閉じるや否や、吐き気がするほどのひどい臭いが漂ってきた。それは、腐乱したような臭い。


「うええええっ」


 チョッカーンが吐きそうになった、その時。


 ごくっ。


「さあ、直ったよ」

「あああああああああああっ」


 センドの声と同時にチョッカーンの悲鳴が上がった。


「どうしたの?」


 ギプスも取れてきれいに元通りになっている自分の足をゆっくりと見る暇もなく、マークは取り乱す友人の方に駆け寄った。


「の、飲んだっ! 吐きそうになったから、それを止めようと思って、飲んでしまった」


「な、何を飲んだの?」


「鬼のドロップアイテム……」


「えええええええ~~~っ」


 マーク、そして傍らのセンドまでもが大声を上げた。


「腹が空いてたんだよ、そんな時何か口に入れてしゃぶると落ち着くから……だって、ドロップって名前、まるで飴みたいじゃん。で、きれいだし、思わず口に入れてなめちゃって……」


「もしかして、七色の丸い玉か?」


 センドの問にコクリとうなづくチョッカーン。


「ふつう、食わんぞ、ドロップアイテムを……」


 センドは天井を仰いだ。


「あれは、やっちまっ(たま)という玉だ。あれを体内に入れると『とんでもないことをしでかす』体質になるのだ」


「ど、どうすればいいんですかあ」


 情けない顔でつぶやくチョッカーン。


「まあ、そのうち排せつされるじゃろう。トイレで良く出たかどうか見ておくんだな」


「取り出せないんですか?」マークが尋ねる。


「600MP出せば腹の中からこちらに転送するが」


 現在マークは300MP、チョッカーンに至っては200MP、の所持金しか持ち合わせていない。

 懐の寒い二人は力なく首を振った。


「そうだ、君たちお金がないのなら、アルバイトをしないか」


 彼は『急募』と書かれた紙を持ってきた。


「知り合いの農家の手伝いだ。金ができたら私のところに来なさい」


 やっぱ、この人もかなりやり手だ。


 チラシの下に、紹介者には5%マージンと書いてあるのを見つけたマークは心の中でつぶやいた。


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