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姫様、脱獄してください! できれば、ご自分で  作者: 不二原 光菓
2章 戦いません、勝つまでは
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その4

「もうすぐ日も暮れる。宿だったら、狭いけど家に空いている部屋があるからどうだい?」


 なんの騒ぎかと出てきた居酒屋の主人が、二人を気の毒がって部屋を貸そうと言い出した。


「部屋代はタダでいいから、家で毎食ご飯を食べておくれ。もちろん格安にしておくよ」


 女将がいう事には、食べっぷりの良さに皆が覗き込みに来たらしい。

 えらく美味い料理のように見えるらしいよ、と小太りの女将は人のよさそうな赤い頬を膨らませて朗らかに笑った。






 清潔な部屋に、マークのために女将が呼んでくれた医者が駆け付けた。


「君達があの、一つ目鬼をやっつけたんだって?」


 医者はマークと、傍らに立つチョッカーンを見比べながら目を丸くしている。


「食糧が無い年は、あの一つ目鬼がこの村に食糧をあさりに来て困っていたんだ。もう消えてしまったとは、本当にめでたい。この村は、他の姫君を助ける別パーティとも共有のエリアだが、皆あの鬼に不意打ちされて夢破れるものが多いんだ。さぞや君達はすごい技を持っているに違いない。差支えなければ教えてくれないかい」


「百科事典……」


 マークのつぶやきに、足を触っていた医者が怪訝そうに顔を上げた。


「百科事典にすべてをつぎ込みました」


「……は、初めて聞いたよ、そんな設定。で、この怪我か」


 医者は次に、マークの足を細くて白い杖で触り、何か走査し始めた。


「君……痛覚がすごく鈍いね。痛くないかもしれないけど結構重症だからきちんと松葉づえを使って右足に荷重がかからないようにして安静にしておかないと直らないよ。じゃ、整復するから我慢して」


 医師の白いつえが足に当てられるとその部分が白く光った。 


 ごきっ。


 痛覚が鈍いはずのマークにすら、激痛に感じられるほどの衝撃が走り、彼はうめき声をあげた。

 が、なんとか足のねじれはもとに戻っている。


 マークの足には厚く包帯がまかれ、その上から石膏で塗り固めていく。

 彼の叔父がスキーに行って骨折したとき、水に浸して巻きつけるタイプのギプスをしていたが、この治療は一昔前の方法のようだった。

 ぐるぐる巻きにされた右足はまるで古代ギリシャの柱のようだ。


 成型している医師が、単純作業に入ったと見て取ったチョッカーンが話しかけた。

 

「俺は、キャプスレートと、花火、そして三人の妖精につぎ込みました。先生はけが人を沢山見ておられるはず、何かこの技についてお聞きになったことがありますか?」


「キャプスレート? あの自殺スキルと名高い、あれか?」


「まだ、どんなふうに使えばいいのかわからないんですけど……、自殺スキルですか?」


「オオカミの野で、オオカミたちをキャプスレートした青年が、内側からキャプスレートの膜を食い破ったオオカミに襲われて亡くなったよ。あまりパワーにポイントを入れてなかったようだが、バリアと違ってそれほど強くないからくれぐれも過信しないように気をつけなさい」


 鬼を退治してこの技に有頂天だったチョッカーンが黙り込んだ。


 医者は薬湯の入ったボウルで手をゆすぐと、用意されていたタオルで手を拭いた。


「さて、診察は終わりだ。幸いなことに、単純に物理的な怪我のようだ。何らかの呪いや、たちの悪い感染は起こしていない。ギプスを巻いておいたが、完全に治るまでは1か月はかかるだろう」


「ええっ」


 二人は同時に叫んだ。


「なんとか、なりませんか。姫君を早く助けに行かないと。もし、帰宅が遅くなって、事が大っぴらになったら、このゲームに参加していることがばれたら、僕ら停学なんです」


「でも、早く治す手が無いわけではない。スキルのヒーリングを使えば……な」


 医者は困ったような顔をした。


「でも、一発ヒーリングの値段は相当高いんだ。私にそのスキルは無いが、私の知っている魔術師なら施術できよう。ただし、安いと噂のある彼さえも2500MPはする」


 手持ちの少ない二人は顔を見合わせた。


 今、マークの手持ちは2800MP、チョッカーンはわずか200MP

 ほぼお金を使い果たして、骨折をなおすか。

 完全復調とまではいかなくてももう少しなおしてから、姫を救出に行くか。


「少し考えさせてください」


 医者は明日また来ると言い残して去って行った。







 外はすっかり日が暮れている。

 時計は夕方の6時を指していた。

 特にすることのない二人は並んだベッドの上で寝転がっていた。


「どうしようかなあ」


 マークが呟いた。その時。


「姫様通信、姫様通信」


 マルコムが騒ぎ出した。

 ベッドから、慌てて起き上り、ランプの近くでマルコムを覗き込む二人。


「画像をそのまま、脳内に転送します、目を瞑ってください」マルコムが告げる。


「う、うおっ」


 閉眼した彼らは絶句した。


 細い銀色の格子を掴んでいる、指先がほんのりピンク色の白い手が見える。


 そこから、二人の視線はなめるように先をたどる。

 金の腕輪がはめられた細い手首、金の腕輪の一部から続く緑色の薄絹がふわりと覆うすべすべの前腕、その絹は上腕の中ほどの宝石の散りばめられた太めの腕輪で留められている。

 こ、これはいつものセーラー服ではない。


 そこから先、それは二人の想像以上のシロモノであった。


「く、くうううっ。これは、た、たまらん……」


 思わず漏れるチョッカーンの本音。

 そっとうなずく、マーク。


 腕輪から先、抜けるように白い上腕と肩はむき出しで、陰影の強い鎖骨に続いている。

 首筋にはまるで首輪のような位置に金色の繊細な細工を施した首飾りが。

 しかし、彼らの視線は上方に向かわず、そのまま下へ。

 盛り上がった二つの急峻な峰は、ギャザーの入った緑の布で覆われてはいるがその中腹までは白い肌がむき出しで、谷間もくっきり見える。

 ちょっと指をひっかければ、ほろりと落ちそうな……。

 布はきっぱりとそこで肌を覆うのは止め、胸の下からへそに続く縦の窪み、そして急なカーブを描いてくびれた腰のラインがむき出しになっていた。

 腰骨のあたりには金色のコインの様な飾りが垂れ下がった鎖が幾重にも巻かれ、そこから下は細い足のラインが見え隠れするくらい薄い、少し濃い緑のスカートが垂れている。

 スカートには大胆なスリットが入っていて、揺れるたびに白い足がちらりと見える。

 ハイヒールのサンダルはラメの入った金色で、そのかかとは踏みつけられたら穴が開きそうに細い。

 これは、どこかで見たハーレムのお姫様の服装だ。


 マークは、言葉が出ない。

 胸が締め付けられるように苦しくて、息が止まるだけだ。

 彼の想像の域を超えた、官能的な女性美に、ただただ見惚れるマーク。

 チョッカーンも無言だ。

 彼らの頭の奥深くでは、大脳の太古の部分である大脳辺縁系が予想外の事態に暴発していた。


「遅かったな、ずいぶん待ったぞ」


 二人を現実に引き戻す、いつものリンとした声。

 その時初めて彼らは顔へと視線を向けた。


「なんだ、勘助、いやここではチョッカーンか、その頭妙に似合ってるぞ」


 グラデーションのついた緑色の薄いベールの下から笑い声があがった。

 ふわりと肩にかかる茶色の巻き毛。

 気の強そうな、大きな茶色の瞳と眉毛。

 艶めいた赤い唇。

 紛れもない、美月優理だ。


「来てもらって、申し訳ない。ネットで別のゲームをプレイしていたと思ったら、何の因果かこの体たらくだ、全く自分で自分が嫌になる」


 歯切れのいいセリフ。

 捕まっても男前、いつもの美月さんだ。

 なんだか別人を見ているような感覚に襲われていたマークは、ほっと息をついた。

 急に美月の表情がこわばる。

 どうやらマークの足に気が付いたらしい。


「誠、いや、ここではマークか……どうしたんだ、大丈夫か、痛いのか? 今まで、モニターを見せてもらえなかったもので、どうして足にギプスをしているのかわからないんだけど」


「見せてもらえなかった? 誰かそこにいるの、美月さん?」


 マークが叫ぶ。

 答えようとした、美月さんの細い顎のラインを、長い指が掴んだ。

 男の指だ。


「誰だっ」チョッカーンの声が震える。


「お前らもう無駄な努力は止めて、指をくわえて見ていろ。美月さんが、牢番の僕に惚れるのも時間の問題だからな」


 長身の男は彼らを背にして立っている。

 黒いマントから、覗く黒いブーツをはいた長い足。

 中世の騎士の格好をしたその男が美月の顔を自分の方に向かせた。


「失礼な、何するんだっ」


 相手の手を顎から振りほどこうとした美月の両手は、相手の素早い動きで反対に両手首とも掴まれ、頭上にまとめられる。

 そのまま、男によって身体ごと牢らしき部屋の壁に押しつけられた。

 白い脇の下があらわになり、思わず生唾を飲む2人。


「最低な奴っ」


「今にあなたも、嫌いじゃなくなる。こんな扱いを……」


 男がゆっくりと二人の方を向く。

 キラリと切れ長の美しい目が妖しく光った。

 息を飲むマーク達。

 次の瞬間。


「た、たかやなぎーーーーーっ」


 飲んだ息がそのまま暴発したかのような叫びが二人から発された。

 あの不良、なぜっ。マークはこぶしを握り締める。

 高柳はにやりと口角を上げると、姫に覆いかぶさる。

 抵抗する美月。

 その振動で顔にかかっていたベールがはらりと退いて、白い(うなじ)がむき出しになった。


「あまり、抵抗なさると最初みたいに縛り上げますよ」


 びくり、として美月の動きが、止まる。

 見ている二人は思わず縛られた美月を想像して、不謹慎な生唾を飲んだ。


「もう我慢できません。姫の唇を最初に味わうのは、まずわた……」


 どかっ。

 急所にヒットしたらしい。

 そのまま、悶絶して床に崩れ落ちる高柳。

 画面の中の姫君がにっこり笑ってピースする。

 そのまま、画面はブラックアウトした。


「姫様、俺達に頼るより、実は自分で脱獄できるんじゃないか……」


 マークとチョッカーンは顔を見合わせた。







「そ、それにしても羨ましい……じゃなくて、腹が立つっ!」


 ぶるぶると震えるチョッカーン。

 これは最大級の彼の怒りだ。


「くそーっ、高柳のヤロウ、もう許せねえ。今度会ったら××××を引っこ抜いて×××にしてやる」


 口汚く相手をののしり、噴火するチョッカーン。

 もちろん、マークも口には出さないが同意見である。


 そこに。


「ごしゅじんさまあ~」


 ふらふらと繋がって飛んでくる三妖精。

 よく見ると、こんがらがってもがいている。


「ど、どうした、お前ら」


「ご主人様がこんな趣向をお好みかと、お互いに縛りあってみたら、縄が絡みついて解けなくなりました~」


 結び目は小さく、マークが解いてやろうとしても、ランプの暗い灯りでは上手くいかない。


「ご主人様、ああ、被虐なのですう~」


 赤いチュチュのア・カーンが体をくねらせる。


「我ながら、色っぽすぎる。旦那、お代官様ごっこでくるくるしてもいいぞ」


 わざわざ、和服に着替えている、バ・カーン。


「旦那様、辮髪(べんぱつ)で叩いて叩いて~~」


 黄色いチュチュを着たコリャイ・カーンが自らの身体をチョッカーンの辮髪にぶつける。


「禁断の愛なのですう~」声を合わせる三人組。


「ええい、ただでさえ気分の悪い時に。うっとおしいんだよ、お前らっ」


 チョッカーンの一喝で、スカポンタン三人組は慌てて退散した。


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