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「加護こそ全てだと思っていた妹、姉に赦されるまで

作者: 夏目優希
掲載日:2026/08/05

炎の加護に目覚めたのは、五歳の誕生日だった。


庭で癇癪を起こした拍子に、掌から小さな火花が散った。それを見た父が、生まれて初めて私を強く抱きしめた。


「リゼット、お前は天才だ! 王国でも指折りの加護持ちになるぞ!」


その瞬間から、私の世界は一変した。誰もが私を褒め、誰もが私に期待した。姉のフィオナには、誰もそんな顔を向けなかった。


姉は、私より五つ年上だった。物心ついた頃には、姉はすでに「加護が反応しない娘」として、家の中で扱いを違えられていた。晩餐の席で名を呼ばれることも少なく、贈り物も私より一段簡素だった。私はそれを、当然のことだと思っていた。加護こそが全てのこの国で、加護を持たない者に価値などない。誰もがそう言っていたし、私自身、そう信じ込んでいた。


けれど、時々思うことがあった。姉は、いつも静かだった。癇癪も起こさず、我儘も言わず、ただ黙って自分の役目をこなしていた。誰にも褒められないのに、誰よりも一族の帳簿や領地の管理に詳しかった。


「リゼットは加護があるからいいわね」


姉がそう言ったのは、一度だけだったと思う。責めるような響きはなく、ただ静かな諦めだけがそこにあった。あの時の姉の目を、私は今でも覚えている。


私が本当に恐れていたのは、姉に加護が宿ることだった。


姉に加護が反応した瞬間、私が積み上げてきたものが、すべて意味を失う気がしていた。「無能な姉」がいるからこそ、私の「天才」は輝いていた。比較対象が消えれば、私はただの一人の令嬢に戻ってしまう。そんな恐怖が、ずっと胸の底にあった。


卒業の夜会が近づいた頃、討伐部隊の先輩から、瘴気石という禁制品の話を聞いた。


「加護持ちのそばに置くと、力の反応が過敏になる。まあ、扱いを間違えると暴走の危険もあるがな」


その言葉を聞いた瞬間、頭に浮かんだのは一つの光景だった。夜会の壇上で、姉が今度こそ、はっきりと「無能力」だと証明される光景。誰にも見えない場所にそっと石を忍ばせておけば、姉の無反応ぶりがより際立つはずだと、浅はかにもそう考えた。


まさか、あの石が私自身の炎に反応するとは、思いもしなかった。


「見ての通りだ。無反応の貴様に用はない。今日をもって、婚約破棄だ」


クラウス様がそう言い放った瞬間、私は勝ち誇った気持ちで、掌に炎を灯した。会場の視線が、姉ではなく私に集まる。その優越感に酔いしれていた、次の瞬間だった。


炎の色が、変わった。


赤かったはずの炎が、見る間に黒紫に染まっていく。制御しようとしても、指先すら思い通りに動かない。恐怖で頭が真っ白になった。


「きゃあっ……!? これ、違う……瘴気が混じってる……!?」


自分の声とは思えないほど、震えていた。シャンデリアに燃え移った炎は、私の意思とは無関係に膨れ上がっていく。招待客の悲鳴、逃げ惑う足音。全てが遠くに聞こえた。私は、自分が引き起こした災厄の中心で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


――ごめんなさい。


誰にともなく、そう思った瞬間、視界の端に光が広がった。


姉だった。誰かに抱きしめられた姉を中心に、淡い光の膜が会場全体を包んでいく。黒紫の炎が、白い光の粒となって静かに消えていった。


「同調の加護は、誰かに真に愛されて初めて反応する希少な加護だ」


辺境伯家の御方が、そう告げるのが聞こえた。会場中の視線が、姉に集まっていく。かつて私に向けられていた称賛の眼差しが、今は姉に注がれていた。


その光景を見た時、不思議と怒りは湧かなかった。ただ、ようやく分かった気がした。姉は最初から、無能などではなかった。誰にも愛されず、誰にも心を開けなかったから、力が反応しなかっただけだったのだ。


「リゼット嬢。この瘴気石は、討伐で押収された禁制品です。なぜあなたの部屋から」


魔導調査官に問い詰められ、私は震える声で全てを白状した。姉を陥れようとした浅ましい企みも、そのせいで会場を焼き尽くしかけたことも、隠しようがなかった。


謹慎先の療養院に送られる馬車の中、窓の外を眺めながら、私はずっと考えていた。加護こそが全てだと思っていた。姉より優れていることこそが、自分の価値だと思っていた。けれど本当に大切なものは、そんなところにはなかったのかもしれない。


療養院での日々は静かだった。加護を封じられた私は、ただの一人の娘として、庭仕事や炊事を手伝いながら過ごした。誰も私を「天才」とは呼ばなかったが、誰も私を蔑みもしなかった。ここでは、加護があるかないかなど、誰も気にしていなかった。


半年ほど経った頃、姉から一通の手紙が届いた。


『リゼットへ。辺境伯領での暮らしは、穏やかです。あなたも、体を大切に。フィオナより』


短い、素っ気ない文面だった。けれど、そこに書かれた文字を何度も読み返しながら、私は初めて、姉が私を「妹」として気にかけてくれていたのだと気づいた。加護があってもなくても、天才と呼ばれても呼ばれなくても、姉はきっと、ずっと私を見ていてくれたのだ。


窓辺に差し込む夕陽を眺めながら、私は静かに手紙を胸に抱いた。加護を失って、初めて手に入れたものがあると、その時ようやく分かった気がした。


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