独学の限界
明日が楽しみで目を瞑ったはいいものの、なかなか寝ることができない。何せ、今日実物の魔術をこの目で見てしまったからだ。果たして、あの直角に折れ曲がる一筋の光はどのような仕組みで出来上がっているのか。あの広大な図書館が、ただ広い以外に感じる違和感とは何なのか。その残像をノヴァは想像しながら、その仕組みを探っていた。
ゆっくりと目を開け、天井の木目を見つめる。その時、視界の端に入ってくる街灯の光が、空気中のチリによってどう散乱するのかなどという、どうでもいい考えも頭に浮かぶ。
そしてノヴァは、ふと思い立ち、本にあった魔術というものを見よう見まねでやってみることにした。
指先をわずかに動かし、空気の対流を操ろうと試みる。魔術はイメージが大事なようで、それこそ、原子や素粒子レベルでの動きを正確に想像し、捉える必要があるようだ。
ノヴァが意識を集中させると、指先数ミリの空間だけが陽炎のようにゆがんだ。これは熱による屈折ではなく、その空間だけの重力が変化したことによる空間のレンズ効果のようであった。
「なんだこれ……」
ノヴァ自身も本当にできてしまうとは思っていなかったようで、ぽつりとそのようなことをつぶやく。嬉しくなり、両親に見せに行こうとしたが、すでに両親は寝てしまっているため、起こしたら迷惑だろうと思い、やめた。
ゆがんだ空間はほんの数秒で元に戻った。それと同時に、ノヴァは軽い倦怠感を覚えた。
今日の図書館で歩き回ったことに加え、魔術師、それも上級クラスの人物の魔術を間近で見てしまったことによる驚きで、この軽い倦怠感だけでも十分に寝付けそうなくらいであった。
ノヴァは再びベッドに横になり、静かに目を閉じた。
それから様々なことがあった。帝都では、辺境で生きていたらまず絶対に見かけないような珍しい物を見かけた。帝都に住んでいる者からしたら、そこまで珍しくもないのかもしれないが、辺境暮らしであるノヴァからしたら、興味深いものであふれていた。
ノヴァの心惹かれるものは、今やすっかり宇宙から魔術に変わっていた。
魔術を扱うのを助ける魔石が組み込まれた杖や、馬車のような通行手段。だが、馬が存在せず、その外装は馬車のような木で作られたものではない。馬がいないので、少々安直な気もするが『車』と呼ぶことにした。
どうやら帝都での主な通行手段は馬車ではなく、この車のようであった。その証拠に、多種多様な車が車道の真ん中を通っており、馬車を見かけることはなかった。
クレープと呼ばれる帝都で販売されている食べ物も食べた。味は非常に甘く美味であった。いちごと呼ばれる果物が乗っており、家で毎日食べたいと思うほどだ。
そんなこんなで帝都での暮らしを満喫し、ついに辺境へ帰ることになってしまった。馬車に乗り、帝都が離れていくのをただ眺めていることしかできない。馬車の窓から流れる景色は、帝都の舗装路から次第に土のにおいが混じる街道へと変わり、さきほどまで栄えていた帝都にいたのが嘘のように、あっという間に土の道、木造のぽつぽつと並ぶ一軒家という、昔から見慣れた風景に変わっていった。
どうやら帝都が栄えている理由は、この帝国が帝都を中心に技術を取り入れているためで、辺境には予算をなかなか回せず、技術提供もできないため、辺境は数千年前ほどの文明レベルだという。王は国の運営が苦手すぎるのだか何というか。だがそれはノヴァには関係ない話なので、すぐに考えるのをやめた。
図書館で購入した本は、馬車の中で一応すべて読了していた。これほどすぐ読み終わるのであれば、購入ではなく貸出のほうがよかったなと軽く後悔しつつ、魔術に対しての知識が今や格段に上がったノヴァの瞳には、空気の動きやそこら辺の土の構成物質など、あらゆる物質を原子レベルで捉えることができた。
帝都へ向かうときには景色の変化としてしか捉えられなかった景色も、今やノヴァにとっては覚えた魔術知識のアウトプットの場であるということだ。魔術を行使するには、原子レベルの空間認識能力と相応のイメージ力、そして魔素という、観測こそされていないがそこに実際にあるとされている形而上学的な何かがある。この魔素は生まれつき決まっており、その質によって魔術師としての適性が測られるようだ。もちろん、空間認識能力も、その現象を起こすために必要な想像力も必要なことがわかっている。ただし、完全な原子レベルでの把握は不確定性定理によって不可能であるということもわかっている。だが、限りなく精密に想像することはできる。一説によると、足りない部分は魔素が補っていると考えられている。
直感ではあるが、ノヴァはこの説は正しいと感じた。そのため、ノヴァは魔素の正体は量子力学的な観点から見ることができれば、その性質を完全に把握し、観測すらもできるのではないかと考えたが、現時点の量子力学でそれができているのならばとっくにできているだろうし、まだ人類の理解はそこまでは発展していないのだろうと考えた。
そんな風に、馬車の中で読んだ本の内容を整理しながら揺られていると、あっという間に家路についた。
魔術についての参考書として本を複数買ったが、魔術の行使の仕方などの本は、やはりどこを見ても見当たらなかった。学校専用の教科書しかないのかはわからないが、帝都で回った本屋には、魔術の行使方法について書かれた本は少なくとも見た中では存在していなかった。
ノヴァは、独学で勉強できる範囲はここまでかと判断する。無理に独学で魔術を覚えても、それは独学であり、しっかりとした型ではない不自然な型であるからだ。しかも、それが癖づいてしまったら、その癖を直すために時間を要することになる。そうなってしまっては後々上達が遅くなると判断し、まずは想像力を鍛えたり、魔術を行使するのに必要な学問をひたすらに勉強する方向にシフトするのであった。




