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身近な魔術

 食事を終え、満足げに微笑む。ようやくお目当てである図書館へ行けるのだという実感が湧いてきた。

 幸いにも、ここから国立図書館まではそれほど距離がなく、徒歩でも大した疲れは感じなかった。

 さすがと言うべきだろう。図書館は、幼少期に両親に連れられて行った古本屋よりもはるかに広く、新しさを感じさせる装飾が施されていた。


「すっげぇ……」


 思わずそんな声が漏れる。


「俺たちも初めて入るけど、すげぇ広いなぁ」

「帝都の図書館ってこんなにすごいのね~」


 あとから入ってきた両親が感嘆の声を上げる。

 図書館に入った瞬間、俺はある“違和感”を覚えた。しかし、その正体がすぐに分かったわけではない。ただ、空間的に何かがおかしいのは明らかだった。そして、最初に気づいた違和感の正体を理解する。

 まず、この図書館には埃――つまりハウスダストがまったく存在しない。

 いくら清潔に保っているとはいえ、一般人が出入りする場所で埃がゼロなど、普通はありえない。埃を払うような装置も見当たらない。

 次に、この図書館は異常なほど広いということだ。

 入り口付近に設置された館内地図を見ると、外観で見たときよりはるかに巨大な内部構造になっていた。


「こいつは驚いた……」


 自然と声が漏れる。


「どうしたの? ノヴァちゃん」


 母が心配そうに声を掛けてきた。


「いや、この図書館、何かおかしいんだよ。まず、この広さ。外観よりも遥かに大きい。それに、この館内には埃が一切ないんだ」


 そう説明すると、母は驚いたように館内地図を確認し、次に本棚の上に指を滑らせる。指には埃ひとつ付着しなかった。


「本当に帝都って、不思議なものね……」


 母が目眩でも起こしたようにふらついたので、近くの椅子へ誘導し座らせて休ませる。本当は父に声を掛けようと思ったが、父の姿はすでになかった。

 母を休ませたまま、俺は図書館の地図に従って目的の本棚へ向かう。目的は天文・宇宙の論文、そしてこの世界――いや、この帝都で生きるうえで欠かせない魔術についての本だ。

 幸いにも宇宙コーナーと魔術コーナーは隣り合っており、果てしなく広い館内を何日も歩き回る必要はなかった。しかし、一つのコーナーの本棚の並びが異様に長いため、そこだけでも数時間は歩くことになった。

 ここまで広いなら、お目当ての本が存在する可能性は高いが、徒歩で探すにはあまりにも広すぎる。しかも数時間歩いたというのに、館内の一割すら探索できていない。

 俺が三歳児の身体で歩幅が狭いということを差し引いても、大人でもこの広さは異常だと感じる。

 とはいえ、魔術や宇宙のコーナーは入り口付近にあったため、数時間の探検で済んだ。最奥がどれほど遠いのか、想像もつかない。あそこまで行く者がいるとは思えないほどだ。

 そんなことを考えながら、まだ読んだことがなく、直感的に惹かれる本を片っ端から手に取っていった。

 

ひと通り集め終え、入り口の母のもとへ戻る。正直、もう一歩も歩きたくないほど足が張っていたが、歩かないと心配をかけるだろうと思い、重い足を引きずるように戻っていく。

 数時間ぶりに入り口へ戻ると、母はまだ座っていた――と思ったが、近づいてみると眠っていた。

 身体を揺らして起こす。


「ん~? 目当ての本は見つかった?」

「うん。それにしても、寝すぎだよ」

「ちょっと驚きの連続で、まだ一日目なのに疲れちゃったみたい」

「父さん、まだ戻ってきてないみたいだけど、探しに行く?」


 そう言った瞬間、タイミングよく父が姿を現した。噂をすれば影、とはよく言ったものだ。


「父さん、この図書館はもう来たくないって思ったよ」

「だよな。さすがに広すぎる……」

「そうだ、目当ての本は見つかったのか?」

「見つかったよ。結構多くなっちゃったけど、これ買ってくれる? 無理には言わないけど……」


 近くの机に、本の山を置く。幼い身体には相当な重さで、本を置いた瞬間に身体が軽く感じた。


「うお、これはまたすごい量だな……」

「値段を計算したけど、一万五千ローネは必要みたい」

「まぁ……それくらいなら買えるぞ」

「ありがとう!」


 ローネとはこの帝国の通貨である。

 昔のように金貨や銀貨など貴金属を使うのではなく、アルミ製の硬貨や、紙に直接プリントした紙幣が流通している。

 こうして本を買ってもらい外へ出ると、驚くべき光景が広がっていた。

 館内では五~十時間は過ごしたと思っていたのに、太陽の位置は食事をしたときとほとんど変わっていない。腹も減っていない。

 どうやら、あの図書館の内部では時間が遅く流れているらしい。完全に止まっているわけではないが、館内の広さを考えれば納得できる。

 ただ、疲労が消えるわけではないため、両親は馬車置き場から馬車を出し、宿へ向かうことにした。

 俺自身はまだ元気だったので町を歩きたかったが、子供が一人で歩けば両親が心配するだろうから素直についていく。


 宿への道の途中、道が封鎖されている場所に出くわす。馬車では通れない。そこにはゴツゴツした制服を着た人物が何人もいる。

 そのうちの一人が馬車に気づき、近づいてきた。


「ここは危険です! 引き返すことをおすすめします」

「どうしてですか?」


 両親を押しのけて尋ねる。


「立てこもり事件が発生しています。犯人は銀行に立てこもり、銀行員を人質にしている状態です」


 銀行が何かは分からないが、大事な施設なのだろう。

 引き返そうとしたその瞬間、天から光が降り注ぎ、地面に落ちる前に直角に折れ曲がって銀行内へ、思わず耳を塞いでしまうような轟音が響き渡る。

 直後、犯人が戦闘不能になって外へ放り出され、人質らしき人々がわらわらと出てくる。


「魔術師が来てくれたぞ!」

「やっぱ俺も魔術師になりたかったなぁ」

「一瞬で制圧かよ。俺たち警官の出番なんてもうないんじゃね?」


 どうやらゴツい服の人たちは警官らしい。

 そして天からの光が魔術なのだろう。

 両親は馬車を動かすのも忘れて呆然と見ていた。非日常の連続に脳が追いつかないのだろう。

 人質の避難が終わり、黒いコートをまとった白髪の男が銀行から出てくる。恐らく魔術師だ。


「ご協力感謝します。まさか上級魔術師様が来てくださるとは……本来なら初級か中級の魔術師が来るはずですが、どうしてでしょうか?」

「気にするな。たまたま通りかかっただけだ。私は今、自分の魔術研究で忙しいのでな。これで失礼する」

「承知しました。改めて、ありがとうございます!」


 そう言って魔術師は去っていった。

 俺はその背中を見て、魔術というものに強く興味を覚えた。どんな原理で発動し、どういう仕組みなのか――知りたい。

 両親はまだ時間が止まったかのようにぼんやりしていた。


「父さん! 母さん!」


 強めに呼びかけると、ようやく我に返った。


「もう疲れてるんじゃない? 早く宿に行こうよ!」

「そ、そうね……私たち、疲れてるみたい」


 ようやく目的の宿へ入り、馬車を預けて受付に向かう。


「三名様ですね! ではこちらの四〇五号室をご利用ください」


 鍵を渡され、案内図に沿って進む。

 この宿は、一階が一〇〇~一九九号室、二階が二〇〇~二九九号室という構造らしい。なぜ〇〇一号室がないのか一瞬だけ疑問に思ったが、どうでもよくなった。

 部屋に入ると、整えられた内装に驚く。辺境の宿は木造で、暑さ寒さも厳しいと聞く。それに比べ帝都の宿は外観も内装も豪華だというのに、高級宿ですらない。


「やっぱり帝都に暮らしたいなぁ……」


 そう呟くと、


「あら、じゃあ六歳になったら帝都に引っ越しちゃう?」


 母からそんな提案が飛んできた。


「なんで六歳?」


 六歳という区切りには何か意味があるのだと思い尋ねる。


「この帝都には六歳から入れる学校があるみたいなの!」

「学校か……どんな学校なの?」

「いろいろ調べたけど、魔術を学べる学校らしいのよ? ノヴァちゃんは天才だから絶対に通えるわ!」


 魔術――先ほどの魔術師の姿を思い出すと、自然と興味が湧いた。

 両親も帝都の快適さに魅了され、すでに移住を視野に入れているらしい。

 一階のビュッフェで夕食を取り、風呂に入り、歯を磨く。気がつけば二一時を回っていた。

 ベッドに潜り込み、ゆっくりと目を閉じる。

 明日はどこへ行こうか――そう考えるだけで自然と頬が緩む。帝都にいられるのはあと一日。離れたくないと願いながら、俺は静かに夢の世界へ落ちていった。

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