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愛されたいと願うのは罪ですか?〜愛されたい少女が、もしも一度でも「愛している」と言ってもらえたのなら……〜  作者: あいみ


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3/3

愛している

 「公……爵?」


 私は思わず声を漏らした


 噂とは似ても似つかない姿。

 こんなにも美しいのになぜ、真逆の人物像が出来上がり、誹謗中傷するような噂が流れているのか。


 「お前達。普段は出迎えなんてしないくせに、今日に限ってよくも。おかげで俺の正体がバレてしまったじゃないか。こんなにすぐバラす予定じゃなかったんだぞ」

 「何を仰いますか。後でバレて面倒になるより、よっぽどいいと思いますが」

 「俺には俺のタイミングってもんがだな」

 「知りませんよ、そんなもの」


 公爵様?相手に強気な態度。ご兄弟、かな?


 「どうせ勝手に人の名前を語ったのでしょう」

 「ネヴィル様?」


 言い争っていた男性はニコッと笑ってくれた。


 ──この方が執事のネヴィル様。


 使用人が主人に口答えするなんて許さない暴挙。でも、ここは許されている。


 本来あるはずの、雇い主と使用人の線が引かれていないんだ。

 まるで大家族のような空気が漂っていた。


 益々わからない。そんな優しい人が、よりにもよってうちなんかに結婚を申し込んできたのか。


 私と同じく、あの家には本当に何もない。あるのはセル様への借金だけ。


 「レシィー。妻を風呂に」

 「妻」


 ニヤニヤと笑う女性を睨む公爵様は怒っているようだけど、本気で怒っているわけでない。


 「奥様。こちらです」

 「は、はい」


 どこもかしこも広くて、廊下も長い。天井もあんなに高くて、御伽噺の世界。


 お風呂場は実家のやや狭い部屋を三つほど合わせた広さで、その中央に小さな湖のような浴槽が見える。湯船には花が浮かんでいてとても良い香り。


 「案内してくれてありがとうございます」

 「はい?」

 「え?」

 「公爵様にお風呂に入れるよう仰せつかっておりますので、入浴のお手伝いを致します」

 「い、いえ!大丈夫です!!」


 傷だらけの体なんて見られたくなかった。


 レシィー様の仕事を奪うことになったとしても。


 これは私のワガママでレシィー様が怒られて罰せられないように、私が罰を受ける覚悟はある。


 これでも痛みには慣れたほうだ。


 鞭打ちも、雪の降る寒い日に水をかけられ裸で外に追い出されることも、全部慣れた。


 どんな罰だろうと耐えてみせる。


 「それでは、外で待機しておりますので、何かあったらお呼び下さい」


 反発して殴られなかったのは初めて。


 朝、顔を合わせただけで叩かれるときもあった。


 リリー姉様の夢見が悪いと、いつもそうなる。お父様は機嫌が悪いとき、お母様は目当ての物が買えなかったとき。

 セル様の気分次第で、いつまででも。

 痛いと思うことなく、ただ終わるのを待つだけの時間に何も感じなくなっていった。


 「温かいお湯」


 体を洗うときは井戸から汲んだ水しか許されなかった。


 冬場は特に冷たいから、日中に溜めておいて太陽で温めていた。

 夜になると冷めてしまうため、陽があるうちにお風呂を済ませる。


 石鹸を使うことは許されないから、目に見える汚れを落とすだけ。


 指をお湯に浸けると温かかった。


 レシィー様を待たせているから急がなくてはならないけど、汚れは全部洗い流しておかないと。


 短時間で体を洗うのは得意。時間をかけていると、家族の呼び出しに間に合わないから。


 お風呂から出ると、自分の体から花の香りがした。初めてのことに戸惑ってしまう。

 まるで庭に咲く花が体にまとわりついているような不思議な感じ。


 「お待たせしました」

 「……」

 「あの?」


 新しい服が用意されていたから着たけど、ダメだったかな。


 私のことを考慮してくれてワンピース。袖があるやつだから腕は隠れる。これなら傷が見られる心配もない。


 「食堂にご案内致します」


 レシィー様の姿勢は背筋が伸びていてとても綺麗。


 私も意識して真似をするも、すぐに猫背になってしまう。


 ──今まで姿勢を気にすることなんてなかったからな。


 公爵家は全てが規格外。屋敷だけでなく人も。


 こういう人を優秀の人材と呼ぶんだ。


 食堂では既に公爵様が席についていて、料理が並べられている。どれも見たことのないものばかり。


 「奥様。こちらへ」


 椅子が引かれる。


 困惑していると、座っていいのだと理解した。


 食事はいつも地べたに座って食べていた。パンを一つと冷めてしまったスープを。


 毎日、毎食、変わらない。


 お父様達が外出しているときに火を使おうものなら、使用人から怒られる。伯爵家の物を無駄で使うなんて身の程知らずと。


 彼女達は私の監視役として常に目を光らせていた。


 貴族の作法もマナーも教わらず、私は平民以下の扱いを受けてきた。だから、食事のマナーなんて到底知らなかった。


 「好きなように食べればいい」


 そんな私の前で、公爵様はパンに手を伸ばし、躊躇なくワイルドにかぶりついた。


 「食事は楽しいのが一番だ。無理に貴族らしく振る舞う必要はないし、かしこまった場所でマナーを守っていればいいと俺は思う」


 パンを手に取り、ちぎって口の中に放り込む。フワフワだ。ほのかに感じる甘さ。


 こんな美味しいパンは生まれて初めて。


 スープも湯気だ立っている。温かいスープを飲むのも初めてだ。


 存在価値のない私なんかのために、こんなにも美味しい料理を作ってくれた。


 「ど、どうした!?」


 公爵様はギョッと目を見開いて驚いた。頬をつたってテーブルに滴が落ちる。


 涙が零れていた。


 「私、料理は得意ではありませんが作れます。掃除も毎日します。刺繍は得意です。薪割りは遅いですけど、ちゃんと全部やりきります。要領は悪いですが与えられた仕事は必ず終わらせます。それから……」

 「ま、待て!何の話だ」

 「公爵家の使用人として恥ずかしくない働きはします」


 公爵様の妻として役に立たない私が出来るのはこれぐらい。


 せめて、誰の邪魔もしないように立派に仕事をこなさなければ。


 「待てと言っている。使用人?俺は君を妻として迎えたんだ。君を愛しているから!」


 ──あぁ……やっぱり公爵様は優しい人。


 妻として連れて来てしまった私の立場を考えて、使用人の前で、ありもしない愛を口にしてくれるなんて。


 例え嘘でも、欲しかった言葉が聞けた。


 公爵様には感謝しかない。この恩は一生かけて返していかなくては。

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