NTR命
僕の名前は小泉遼。高校二年生だ。遼には、ある奇妙な願望があった。寝取られ――言葉にすると少し恥ずかしいが、僕は他人に恋愛や親密さを奪われる状況に、心の奥でどうしようもなく惹かれていた。いや、「惹かれる」なんて生易しい言葉では足りない。もっと正直に言えば、心の底からそれを欲していたのだ。
もちろん、現実の世界でその願望を叶えたことは一度もなかった。幼馴染の高木澪が隣にいる日々は、平穏であり、心地よく、しかし僕の欲望を満たすものではなかった。澪はいつも僕に笑いかける。けれど僕はその笑顔の裏で、絶えず焦り、虚しさを感じていた。
ある夜、僕は部屋でラブコメ漫画の原稿を描きながら、ため息をついていた。
「どうして、俺は一度も…」
机に向かう僕の言葉を、無機質な存在が遮った。
「小泉くん、それは当然のことだと思いますよ」
机の上に置かれた鏡――僕は勝手に「カガ」と呼んでいた――が静かに答える。
「え、どうして?」
「だって、あなたには彼女がいないでしょう。そもそも、誰にも所有される立場になったことがないんですから」
その瞬間、僕は自分の願望と現実の間にある深い溝を改めて認識した。そう、僕はずっと寝取られたいのに、実際には何も起こらない。心の奥で静かに悲鳴を上げながら、僕は布団に身を沈めた。
「誰でもいいから…俺と付き合ってくれた後に、速攻で奪われてほしい…」
そんな馬鹿な願いを呟きながら、意識はゆっくりと沈んでいった。
そのときだった。
「うふふ、いいよ。大好きな君の願い、叶えてあげる」
声は甘く、柔らかく、まるで夢の中から響いてくるようだった。次の瞬間、目の前には見知らぬ少女が立っていた。髪は淡い桜色で、瞳は澄み切った湖のように深い。服装はシンプルで、けれどどこか神秘的な雰囲気を纏っていた。
「お、お前は…?」
「はーい、私はネトコ。あなたの願いを聞きに来たんだよ」
僕は言葉を失った。妹…? いや、僕には妹などいないはずだ。しかしその少女は、迷いもためらいもなく僕に近づき、布団の中に滑り込んできた。まるで、ここが自分の居場所であるかのように。
「…えっと、つまり、君は…」
「寝取られの神さ。あなたの願望を現実で感じるために、妹として下界に降りてきたの」
僕は頭を抱えた。寝取られの神…妹…下界…全部一度に来るとは、どう考えても常識の範囲外だ。けれど、不思議と恐怖よりも興奮に近い感覚が胸をかすめる。
「そんな…どうしてこんなことに…」
「だって、遼くんが欲しがってたんだもん。だから私は来たの」
僕の幼馴染、澪がそのタイミングでドアを開けた。表情は驚きと怒りで硬直している。
「小泉くん、これは一体…どういうこと?」
言葉を失う僕を横目に、澪は黙ってベッドに近づこうとした。彼女の瞳は決意に満ちていて、まるで僕の寝取られを阻止するためだけに動いているようだった。
「待って! 事情があって…!」
「言い訳は聞かないわ。私が寝取り返すから、すぐに行くわよ」
その瞬間、部屋は奇妙な緊張感に包まれた。僕はまるで漫画の登場人物のように、自分の意志とは別の力に引きずられている気分になった。
「ね、ネトコ…これは…」
「心配しなくていいよ。あなたが感じること、それが全ての意味なんだ」
ネトコは淡々と、しかしどこか楽しげに言った。僕の心は少しずつ落ち着きを取り戻し、同時に不思議な安心感が広がった。寝取られ…いや、これは奪われることではなく、願望が現実になる瞬間だと理解したのだ。
カガが小さくため息をつく。
「やれやれ…またこのパターンですか」
僕はベッドに座り込み、深呼吸をする。澪は眉をひそめながらも、どこか気遣うように距離を保つ。ネトコはその間に、静かに僕の隣に座った。
「…わかったよ。もういい。君が神で、妹で、願望を叶えてくれる存在なら…受け入れる」
「そう、それでいいの」
僕はようやく心の底から納得した。寝取られの神が存在するなら、僕の欲望は夢物語ではなくなる。そして、澪の嫉妬も、僕の心をかき乱す刺激も、すべてがひとつの物語の一部として意味を持つことに気づいた。
「でも、これは…どうなるんだろう」
「なるようになるよ。それに、解釈は広げれば自由なんだ」
ネトコの言葉は、まるで村上春樹の小説に出てくる淡々とした哲学のようだった。現実と夢、欲望と理性、すべてがゆるやかに交錯する。僕はその混沌を受け入れ、静かに微笑んだ。
朝の光が窓から差し込み、部屋を淡い色で包む。遼、ネトコ、澪、そしてカガ。それぞれが微妙な距離感を保ちながらも、確かに同じ空間に存在していた。
僕はベッドに座ったまま、これから起こるであろう奇妙で心地よい日常を想像した。寝取られの神、幼馴染の嫉妬、魔法の鏡の静かな監視。すべてが入り混じるこの日常は、間違いなく僕の人生に新しいページを刻むだろう。
そして、僕は思った。
「…悪くないな。これが俺の望んでいた世界かもしれない」
外の風がカーテンを揺らし、静かな朝がやってきた。日常と非日常の境界は曖昧で、だけど僕は確かにその中で生きている。寝取られの神と、幼馴染と、魔法の鏡と――僕の高校生活は、これから少し奇妙で、少し幸せな方向へと動き出すのだった。




