**第6話 メイド様、消える (そして“俺だけが覚えている”)**
朝、目が覚めた。
……静かすぎる。
いつもなら、
キッチンから爆発寸前の音か、
「ご主人様ぁっ!!」という叫び声が聞こえるはずなのに。
「……エルシア?」
返事は、ない。
リビングに行く。
そこには――何もなかった。
壊れていたはずの天井。
吹き飛んだソファ。
割れた食器。
すべて、最初から存在しなかったかのように、元通り。
「……冗談だろ」
クローゼットを開ける。
銀髪の痕跡はない。
メイド服も、サングラスも、ない。
だが――
ポケットに、何かが触れた。
取り出すと、
一本の 銀色の髪。
「……いたんだ」
俺だけが、覚えている。
スマホを開く。
SNS。
昨日まで溢れていたはずの動画は――
すべて削除されていた。
検索しても、
「銀髪メイド」は存在しない。
履歴は、空白だ。
「……都合よく消しやがって」
その日、買い物に出た。
商店街。
昨日、騒ぎになった場所。
誰も、覚えていない。
「ああ、猫?
昨日もここにいましたよ」
「銀髪の……人?」
「さあ……コスプレイベントでもあったんですか?」
否定の言葉が、胸に刺さる。
帰り道。
ふと、違和感に気づいた。
――影。
俺の影だけが、
一瞬、二重になった。
「……来てるな」
夜。
部屋の電気を消し、
机に銀髪を置く。
「……エルシア。
お前、どこに行った」
答えはない。
だが――
カタン。
窓が、ほんの少しだけ鳴った。
振り向く。
カーテンが、風もないのに揺れている。
その隙間から――
碧い光。
一瞬だけ、
確かに見えた。
『……ご主人様』
声は、頭の奥に直接響いた。
『覚えていてくれて……ありがとうございます』
「当たり前だろ……」
喉が詰まる。
『……この世界は、私を“いなかった”ことにしました』
『でも……あなたの記憶までは、消せなかった』
「迎えに行く」
そう言うと、
碧い光が、少し揺れた。
『……来ないで、とは言いません』
『ですが……戻るには、代償が必要です』
「何でもいい」
即答だった。
沈黙。
そして――
『次に会う時、
私は……“メイド様”では、いられないかもしれません』
光が、消えた。
カーテンは、静止した。
だが――
机の上の銀髪が、淡く光っている。
「……それでもいい」
俺は、髪を握りしめた。
日常から消された存在。
それでも――
記憶だけは、消えなかった。
そして俺は、
“境界”の存在を、初めて意識する。
ここから先は――
もう、元の日常には戻れない。




