**第5話 メイド様、追われる (そして異世界の影が近づく)**
その違和感は、夜になってからだった。
「……ご主人様」
テレビを見ていたエルシアが、急に声を潜めた。
「どうした?」
「……“視られています”」
「また精霊的なやつ?」
「今回は……違います」
銀髪の間から覗く碧い瞳が、明らかに警戒していた。
俺はスマホを手に取る。
SNSには相変わらず、エルシアの話題が流れている。
だが、その中に――
『この子、昨日と今日で“影”が違う』
『動画フレーム解析したけど、影の揺れ方が物理法則と合わない』
「……ガチ勢、怖いな」
「影……」
エルシアが小さく呟いた。
「ご主人様。
この世界にも……“境界を観測する者”がいます」
「つまり?」
「私の存在に、
“気づいてはいけない人たち”が、気づき始めています」
その瞬間――
カチッ。
玄関のドアノブが、回った。
「……え?」
次の瞬間、インターホンが鳴る。
――ピンポーン。
表示された映像には、
黒いコートの男が二人。
顔は見えない。
だが――影だけが、やけに濃い。
「宅配です」
声は、機械のように平坦だった。
「……違います」
エルシアが俺の腕を掴む。
「彼らは……“回収者”です」
「回収って、何を?」
「……私を」
次の瞬間。
ドンッ!!
ドアが、内側にへこんだ。
「ちょっと待て待て待て!!」
エルシアは一歩前に出る。
「下がってください。
……本来なら、私はここで力を使うべきではありませんが」
銀髪が、ふわりと宙に浮く。
空気が歪み、床に淡い魔法陣が浮かび上がった。
だが――
「ダメだ!」
俺は、彼女の手を掴んだ。
「ここは俺の世界だ。
勝手に連れて行かせない」
エルシアは、目を見開いた。
「……ご主人様……」
その瞬間、
窓の外で“何か”が動いた。
隣の屋根。
街灯の影の中。
人の形をしているのに、
影だけが、遅れて動く。
『――対象、確認』
声は、直接頭に響いた。
『境界違反個体・エルシア=フォン=リヴィア』
『回収、または――消去』
「……消去?」
エルシアは、静かに息を吸った。
「……やはり……
この世界に、長く居すぎました」
「そんなの、認めない」
俺は一歩前に出る。
その時――
エルシアが、初めて“メイドとして”ではなく、
一人の少女として、微笑んだ。
「……ありがとうございます。
ですが……これは、私の問題です」
彼女の指先が、俺の額に触れる。
「少しだけ……
“見えなく”なっていてください」
世界が、白く滲んだ。
――そして、気づけば。
エルシアの姿は、消えていた。
玄関のドアは、壊れていない。
侵入者も、いない。
まるで、何も起きなかったかのように。
ただ――
床に残された、小さな銀色の髪。
それだけが、
彼女が確かに“ここにいた”証拠だった。




