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**第10話 メイド様と観測者 (そして新しい日常が始まる)**



境界は、静かだった。


先ほどまで悲鳴を上げていた空間は、

何事もなかったかのように落ち着いている。


「……終わった、のか」


俺がそう呟くと、

エルシア――境界管理官は、ゆっくりと頷いた。


「はい。

 少なくとも、今は」


彼女は空を見上げる。


「ですが……

 あなたが“定点観測者”として選ばれた以上、

 境界は、あなたを中心に回り始めます」


「つまり?」


「“日常に戻る”ことはできます」


一拍、間を置いて。


「ただし――

 何も起きない日常では、なくなります」


……予想はしていた。


「まあ、銀髪メイドが空から落ちてきた時点で

 普通は諦めてた」


「そ、そこからですかっ!」


少しだけ、声が高くなる。


懐かしい。


その反応を見て、

ようやく実感が湧いてきた。


「……なあ、エルシア」


「はい」


「もう“メイド様”じゃないんだよな?」


彼女は、一瞬だけ視線を逸らした。


「……役割としては、そうです」


「でも」


俺は、指差す。


「さっきから、無意識に

 “ご主人様の後ろ半歩”に立ってる」


……沈黙。


「……っ」


耳まで赤くなった。


「そ、それは!

 身体に染み付いた行動様式というか!

 職業病というか!」


「じゃあさ」


一歩、近づく。


「役割が変わっても、

 一緒にいればいいだろ」


彼女は、少しだけ驚いた顔をした後――

ふっと、力を抜いた。


「……困った人ですね」


そう言って、

ほんのわずかに笑う。


「では、改めて」


彼女は、胸に手を当てる。


「私は、境界管理官。

 世界を守る側」


そして、俺を見る。


「あなたは、定点観測者。

 世界を繋ぎ留める側」


「コンビじゃん」


「……ええ」


素直に認めた。


その瞬間――

世界が、ゆっくりと切り替わった。


景色が、

俺の家のリビングに戻る。


壊れていたはずの天井。

すべて、元通り。


ただ一つ違うのは――

エルシアが、そこにいること。


「……戻ってきたな」


「はい」


彼女は、少し照れながら言う。


「ここが、あなたの“基準世界”ですから」


キッチンから、音がする。


「……あ」


嫌な予感。


「ご主人様。

 “新しい日常”の最初として、

 朝食を用意しました」


テーブルの上。


……焦げていない。


爆発もしていない。


「奇跡?」


「失礼ですね!

 これでも管理官です!」


だが、皿を置く時――

少しだけ、手が震えていた。


「……緊張してる?」


「し、してませんっ!」


即答。


でも、続けて小さく。


「……ただ……

 “戻る場所”があるのは、

 初めてなので……」


俺は、席に座る。


「じゃあ、ゆっくり慣れよう」


「……はい」


その時――

窓の外で、影が一瞬だけ揺れた。


だが、何も起きない。


エルシアが、ちらりと見る。


「……問題ありません。

 私たちが、いますから」


「だな」


守る側と、繋ぐ側。


役割は違う。


でも――

並んで、同じ日常を生きていく。


それが、

**俺たちの“新しい日常”**だった。



---


――第一部・完――


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