第五話「訓練場」
ラス「朝か…」
いつぞやの朝とは違い、ベットの上で起床した。
昨日ジュリが味方になると宣言したことにより、自分の世話係の任は解かれた。
正直なぜ彼女が気持ちを変えたのかはよくわからない。
けれど結果的に上手くいったのだから、それで良しとするべきか。
そんなことを考えながらランニングへ行く。
朝の日課である。
’力'を扱うためには、結局のところ人体の基礎体力が必要不可欠であるというのが、闇の国の結論である。
そのため、闇の国の兵士は、’力'の扱い方よりも先に基礎的な運動能力の向上を目指している。
隊長のラス自身も、毎日のランニング、その後の腕立て伏せ、腹筋は欠かさない。
ランニング、筋トレを終えると、朝食を取る。
闇の国では、米がよく取れるため、基本的に朝食はお米だ。
容器に米を入れ、水を入れる。
蓋をして、窯の上に置いたら、窯に向けて’力'をこめる。
すると、窯から火が生まれ、容器を温める。
通常’力’から火を生み出すのはかなり難しいが、人類は早い段階からこのプロセスを簡素化することに成功した。
火を生み出せないものでも、窯に’力’をこめるだけで簡単に温めることができる。
米を炊いている間に身支度をする。
昨日イスカンダルから帰り際に、ジュリを訓練場に連れて行き、’力’の使い方について教えろと言われた。
訓練場には軍服がふさわしい。
そうこうしているうちに米が炊けると、器に盛って食べ始めた。
器を片付け、家を出る。
訓練場に向かう前に、まずは王宮へと向かった。
王宮に着いたら、門番に挨拶をした後に建物の中に入る。
広間の階段を登り、廊下を東側に進んだ一番奥の部屋に、ジュリがいる。
ラス「失礼します。ラスです」
ジュリ「入っていいよ」
今まで聞いていなかった返事を聞いて、少し慣れない感じがしながらも、扉に手をかけた。
ラス「入ります」
いつもの椅子には座っておらず、鏡の前に立っていた。
おそらくは身支度をしていたのだろう、新品の軍服に身を包んでいる。
ラス「着心地はいかがでしょうか」
ジュリ「…いいね。バッチリ」
そういって鏡の前でくるりと回る。
彼女にとっては敵国の軍服であるが、よく着こなしているように感じた。
ラス「昨夜はよく寝れましたか」
ジュリ「ぐっすり寝れた。久しぶりに熟睡できたよ」
ラス「そうでしたか。何よりです」
ジュリ「…」
ラスはジュリの目を見たが、ジュリは視線を外す。
ラス「どうかしましたか?」
ジュリ「…いや、なんていうか」
ジュリは背筋を伸ばし、しっかりとラスの目を見つめ直した。
ジュリ「これまでの失礼な態度を謝まります。ご迷惑をおかけしました。」
ラス「…!、いえ、気にしないでください。これまでのことを考えればー」
ジュリ「けど、これからは協力する。改めてよろしくね」
ラス「ーはい。よろしくお願いします」
ほっとして胸を撫で下ろした。
どうやら昨日の出来事は確かであったらしいと安心していたが、ジュリは少し不満そうな顔をしていた。
ラス「…なんですか」
ジュリ「敬語はやめてほしいな。年はあまり変わらないでしょ。私は19だけど、君は?」
ラス「私は18です。あなたの方が年上なので、敬語を使わせていただきます」
ジュリ「年下…どうりで」
ジュリはどこか納得したような顔をしている。
ラス「逆に言わせてもらいますが、君と呼ぶのはやめていただきたいです。私はラスです。」
ジュリ「なら、私のこともジュリって呼んで。じゃなきゃ不公平でしょ?」
ラス「…まぁそれで良いでしょう」
ジュリ「ふふっ。決まりね」
ジュリが笑った。
出会ってから1ヶ月と半月ほど経っているが、まともに笑うところを見るのは初めてに感じた。
ジュリ「どうかした?」
ジュリがこちらの顔を覗き込んでくる。
ラス「…いや、よく喋る方だと思いまして」
ジュリ「。。すいません」
少し気まずそうな顔をした。
ラス「あー、誤解です。嫌味を言ったわけではないです。」
ジュリ「…本当に?」
決してそんなつもりはない。
ラス「…一つだけ確認しても良いですか?」
ジュリ「いいよ」
ラス「昨日話していた、おじさんとは誰ですか?どういった人物なのでしょうか」
ジュリ「知らない。年も、出身も、名前すら知らないよ。互いに素性を探らないっていう約束で行動していたから…まぁ、バレてたみたいだけど」
ラス「、、なるほど」
ほとんど情報は得られなかった。
ラス「…ひとまず、訓練場に向かいましょう」
王都の外れ、王宮から東側に進んだところに訓練場がある。
訓練場の中は、そのほとんどが体力向上のための施設である。あらゆる重りの置いてある部屋や、周回のランニングコースなどもある。
また、一部’力’を実際に行使することができる場所も用意されている。
模擬戦のできる闘技場と、物体に向けて’力’を打てる試射場がある。
2人はまず闘技場に向かった。
ラス「まずは’体の力’から確かめましょう。私と模擬戦をしてもらうので準備をしてください。」
ジュリ「分かった」
2人は闘技場で向き合う。
ー
’力’は、世界中に満ちている。
人の体内にもまた’力’が込められているが、その総量には限りがある。
体内の’力’を消費すると、自然と体外の’力’を取り込み回復する。
しかし、その回復は遅く、枯渇したあと全快するには2〜3日ほどかかる。
火や水など、この世の現象のほとんどは、自らに込められた’力’を変換することで発生させることができるが、消費が激しく長期の戦闘には向いていない。
そのため戦闘では多くの場合’体の力’が使われる。
体外の'力'を現象に変更することは人間にはできないが、世界に満ちている体外の’力’と体内の’力’を結び取り込むことはできる。
取り込んだ体外の力を、体内の力を介して身体能力の向上につなげること、それが’体の力’である。
そうすることで、体内の’力’を消費することなく、岩を砕くほどの力や、どの生物をも上回る速さなどを手に入れることができる。
ーロトスの「力の指南書」、基本編より引用
ラスとジュリの模擬戦はすぐに終わった。
ラスによってジュリは地面に伏されている。
ジュリ「…参りました」
ラスは拘束を解き、ジュリも立ち上がる。
ラス「やはり王族なだけはありますね。かなり多くの’力’を取り込むことができています」
ジュリ「…そうですか」
不貞腐れた様子である。
ラス「しかし、まだ多くの’力’を取り込むことができるでしょう。素の身体能力自体をもう少し向上できれば、さらに強くなれます」
ジュリ「そうね」
ラス「あとは瞑想が必要ですね。体外と体内の’力’を結びつける感覚を養って、許容量限界の’力’を取り込めるようにしましょう。」
ジュリ「…瞑想?初めて聞いた、、」
ラス「すでに成果は出ています。特に二番隊隊長は史上最強の’体の力'の使い手と言われています。彼は若い頃はひたすらトレーニングと瞑想をしたと話しています。」
ジュリ「…なるほど、試してみる」
ラス「では、次は試射場へ行きましょう」
試射場へ向っていると、そこから特大の火の玉が見えた。遠くからでも感じる熱さである。
ジュリ「熱っ!」
ラス「あの火は、おそらくロウですね」
試射場に着くと、案の定ロウがいた。
ロウ「おっ、ラスと…こないだの子か!」
ジュリ「こんにちは。私は水の国王女のアクア・ジュリです。」
ロウ「今度はちゃんと話してくれんだな。改めて、三番隊隊長のフィジル・ロウです。ロウって読んでくれ」
ジュリ「私もジュリで良いよ、よろしくね」
ロウ「おう!」
楽しそうに話している。どうやら相性は良いようだ。
ジュリ「ちなみにさっきの火って…」
ロウ「あれは俺のだぜ。火だけは得意なんだ」
そういうと、ロウは手のひらで火の玉を作った。
どんどん大きくなると、それを土の塊の的に向けて放つ。
大きな音と共に、的は跡形もなく崩れた。
ジュリ「すごい…まるで’火の力’ね」
ロウ「ははっ、そこまでじゃないさ。俺には街を焼き尽くすほどの火は出せないし、出せる量にも限りがある」
ラス「だけど属性攻撃の基本は火です。このレベルで扱える人間はそういません」
ロウ「おっ、めずらしく褒めてくれるじゃん」
ラス「事実だろ」
ロウ「やっさしい〜」
ラス「うるさい」
ー
神から原初の王の臣下五名に与えられた’力’、そのうちの一つが’火の力'である。
他にも、’水の力’、’木の力'、'光の力'、'闇の力'がそれぞれ与えられた。
神から与えられた’力’の最も大きな特徴は、世界に満ちた’力’、体外の’力’を直接変換可能であるところである。
そのため長期の戦闘も可能であり、その規模も桁違いである。
戦争において、どれだけ多くの兵が束になろうとも、王には敵わない。
ーロトスの「力の指南書」、神編より引用
ロウ「俺の’力’は真似できるかもだけど、あいつの’力’は特別だぜ」
ロウがジュリに火の力を使うコツを教えながら、ラスに向けて言った。
ラス「…いや、別に今じゃなくても」
ロウ「こういうのは早めに言った方がいい。それに戦闘が始めれば使うほかないんだから」
ラス「…そうだな」
ジュリ「…’力’って?こないだも話してたよね?」
ラス「、、百聞は一見に如かず。今使って見せます」
ラスはそういうと、手のひらを的に向けた。
ーー次の瞬間、的が消滅した。
言い表すことのできない何かが的に向かう様子だけが見えた。
的があった場所の周りには、土の崩れた跡すらなく、消滅したと表現するのが正しいようであった。
ラス「…これが私の’力’、’憎しみの力'です」




